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何十年もボヤーッとバレー見ていました!

「史上最強」の呼び声高い昨今の全日本男子バレー。もちろん知識としてはミュンヘン五輪で金メダルを獲った栄光の全日本男子の存在は承知しています。世界一のセッターと讃えられ天井サーブの生みの親としても知られる猫田勝敏さん、世界の大砲と称され監督としても長く全日本男子を率いた大古誠司さん、やはり全日本の監督をつとめ南克幸さんのお父様としても知られる南将之さんら、幾多の名選手たちが存在したことも知識としては知っています。リアルタイムに試合を見た世代ではありませんが、当然「金メダルチームを差し置いて史上最強とは何事か」という意識はあります。

ただ、「昔のバレーより現代バレーのほうが強かろう」ということだけではなく、その栄光の選手たちの存在を念頭に置いてもなお、今のチームこそが史上最強であろうと僕は感じています。石川祐希さん、高橋藍さん、西田有志さんらひとりだけでも一時代を支えたであろう才能たちが同じ時代に集ったという奇跡の選手層、そこに加わった美しささえ漂わせる連動した戦術的な動き、現代バレーのなかでサイズの不利を跳ね返して実際に起こしてきた勝利の数々…もはや足りないものは「証明」だけだと感じています。時空を超えて史上最強を示すための「金メダル」だけが足りていない、そう思います。

30日のネーションズリーグ決勝戦、全日本男子は強かった。向こうにまわした相手は東京五輪金にしてパリ五輪の開催国であるフランス、まさに世界一を争うにふさわしい対戦相手でした。その相手に対して、セットカウント1-3、ただし失った3セットはいずれも「23-25」の紙一重であったことからトータルスコアでは「94-93」と負けた日本が上回るという超惜敗は「互角」と言って差支えのない戦いぶりでした。互いにすべてを出し尽くす決勝戦でこの戦いならば、これはもう掛け値なしの「実力伯仲」です。22日の対戦では日本が勝利をおさめていることも含めて、金は手の届く場所にあると確信しました。必ず負ける相手は世界のどこにもいない、と。

↓プレー自体はもちろん、ベンチからの交代指示やチャレンジ、タイムアウトの行使までひとつも無駄にしないで競り合う激戦でした!


ちょっとでも流れが傾けばタイムアウトと選手交代で試合を動かすベンチワーク!

選手がアピールしてても「ないよ」と思ったらチャレンジをスルーする目利きの監督(※VTRで見たらスルーで正解)!

選手だけでなくお互いのベンチも高い次元で戦っていました!



この素晴らしい全日本を自分たちのチームとして見守ることで、何十年もバレーをボヤーッと見ていたんだなぁということを日々実感しています。攻撃のときにレシーブしてトスしてスパイクすること。守備のときにブロックしてレシーブしてトスしてスパイクすること。何となくルールと流れはわかっていましたが、それは漫画のコマ割りのように流れの途中だけを寸断して見ているチラ見でしかありませんでした。

実際にはすべてのプレーの合間合間に時間があり、その時間のなかでいくつもの選択肢を思い浮かべながら布陣を変え、選手たちは動き直しているというのに。「トス」「スパイク」「ブロック」と呼んでいる行為の合間にも時間が流れ、空中で自分と味方と相手の態勢を見極めながらいくつもの選択肢を吟味して駆け引きしていたのに。どれもこれも「当たって跳ね返る」だけの一瞬の行為かのように思い込んでいたのだと痛感しています。

これまでの歴代の選手たちも実際にはそうしていたのでしょうが、「高いブロックにそのまま打ち込んでドシャット」的な「一度跳んだらもういくしかない」みたいなプレーをたくさん見てきたもので理解が及んでいなかったのかもしれません。そして、稀に存在する相手の空きスペースにポトリと落とせる選手は特別な才能の持ち主として片付けてしまっていたのかもしれません。

ひとつわかりやすいプレーが、「スパイクの強打をせずに、相手のブロックに柔らかく当ててリバウンドを拾う」プレーです。試合中、とても頻繁にこのプレーは起こり、顔だけ見ると強打が好きそうな選手(←失礼)も状況に応じてリバウンドを狙っていきます。跳んだあと、相手のブロックやフロアディフェンスの状況を見ながら判断を変えているし、そうすることがチームとして当然のこととして徹底されているからこそ繰り出されるプレーです。誰かが拾ってくれなければ意味がないわけですから。

↓みんな大好きなフェイクセットの動画も手前のリバウンドから始まっていました!


リバウンド拾ってそのままバックアタックを打てるトスにしたからこそ、フェイクセットもできた!

リバウンドで落ちてくるイメージ、すぐさまトスを上げるイメージ、トスが上がるイメージ、フェイクセットがくるイメージ、全部があって生まれたプレー!



リバウンド自体はまぁすごいプレーということでもないのですが、それをチームとしての狙いとする戦いを見守るなかで、自分のなかの「跳んだら打つ(打てなかったらフェイント)」という古い固定観念のようなものは拭い去られていきました。そして、そういう「作り直し」の判断を見守るなかで、かつては単に「壁」としてイメージしていたブロックも2人か3人の人間が両腕と頭で作る柵のようなイメージへと変わっていきました。

壁ならば上から越えるか端に当ててヘンな方向に跳ね返すかチカラでブチ抜くしかありませんが、柵であれば抜け方はいくらでもあるのです。2本の腕の間を狙ってもいいし、腕の内側に当てたり外側に当てたり指先に当てたりして飛ばす方向を操作してもいいし、人と人の間に隙間があればそこを狙ってもいい。柵の間を抜くゲームだと思えば「高さ」は決定的な要素ではなかったのです。もしも「高さ」が理由で柵を抜きづらい場面があったら、柵の隙間が大きくなるまで何度でも作り直せばいいのですから。「高さ」は大事だけれど、それ以上に柵の「出来不出来」が重要だった。

そして、柵抜けゲームとしてのイメージを持ったとき、何よりも重要なのは打つ選手の「持ち時間」だなと意識できました。柵は遅かれ早かれある程度は出来上がります。速攻のように早いテンポで繰り出す攻撃なら相手のブロックが最高点に到達する前に問答無用で上から打てるかもしれませんが、それとてまったく柵が生えてこないわけではありません。結局何本かは柵が生えてくるのなら、よく見て打つことは必要です。

「よく見て打つ」ためには時間が必要です。その時間を決めるのはトスです。スパイカーがなるべく多くの選択肢を吟味して、そのなかで最適のものを選べるようにするには、横方向は距離が届く範囲で速度をなるべく抑えて、縦方向は十分に高く上げて時間を作るのがよい。そうすれば、跳び上がってから腕を振って当てられる程度の範囲に長くボールが留まり、相手の状況を見ながら選択肢を吟味する時間が作れます。つまりしばしば議論にもなる「低くて(横に)速いトス」ではなく「高(くて遅)いトス」こそが、時間を生み出す「よく見て打てるいいトス」なのだと咀嚼しました。

もちろんスパイカーに時間があるのであればブロック側にも時間はあるわけで、高いトスにはある程度ブロック側もついてはくるでしょうが、ミドル・レフト・ライト・バックアタックと4枚の選択肢がある状況ならブロック側もトスが上がるまでは答えを絞り切れませんし、遅いトスと言っても人間よりはボールのほうが速いでしょう。しっかりと攻撃枚数を用意してブロック側の自由を奪っておけば、ブロック側は常に出遅れたところから始まりますので、「先に飛んで」「先に高い位置に到達して」「よく見て打つ」攻撃こそが攻撃側に優位を生み出す組み立てであり、そのためには「低くて速いトス」よりも「高いトス」のほうが有効なのだと、ようやく自分のなかで議論を決着できた気がしました。

↓セッターに選択肢さえあれば、トスの速さでブロックを振り切る必要はないですからね!


そうしたわずかな時間のなかでも「よく見る」とか「考え直す」とか「移動する」とか、できることはたくさんあったのだなと思います。スパイカーが跳んだときの身体の角度とブロックが消したコースから打ち込める範囲を絞ってボールが来そうな場所まで移動しておけば、反応できない速度のボールでも身体でレシーブできたりするでしょう。野球でも普段なら絶対に抜けたはずの打球が相手の守備位置調整でアウトにされたり、外野手の一歩目の判断でフライが捕れたり捕れなかったりしますが、バレーの短い時間のなかでもそういうことはちゃんとあるのでしょう。

極端な話「相手がスパイクを打ってからブロックに当たるまでの時間」でも腕1本ぶんくらいは柵を動かせるわけで、野球の打席みたいなものだと思えば、スパイクを打たれたあとでもバットを動かして当てられそうな気もしてきます。ネーションズリーグの決勝戦で見たプレーでは、関田誠大さんがネット際のボールの競り合いに跳んだ際に、相手選手がチョンと足元に落とそうとする狙いだと察知するや、トスのために出していた手を引っ込めて空中でレシーブに切り替える動きを見せていましたが(※惜しくも拾えず)、空中の一瞬でさえも考え直したり動き直したり、できることはたくさんあったのです。野球でもピッチャーがボールを投げてからバッターに届くまでの間にたくさんのことを考えてプレー選択を変えられるように。

跳んだら終わり、打ったら終わり、なんてことではなく跳んでいる間にも打ったあとにも使える時間があってできることがある。自分たちの時間をどれだけ作って、相手の時間をどれだけ奪って、その時間のなかにどれだけの選択肢や可能性を考えて詰め込めるのか。体力と技術があることは大前提ですが、それを隙間なくビッシリと詰め込むことができているのが、今の全日本男子の強さなのかなと思いました。常に状況を見ていて、常に考えていて、常に選択肢を用意しているからこそ、ラリー中にも多彩なコンビネーションが繰り出せるし、ツーアタックだのフェイクセットだのといった「味方が反応しなかったら大チョンボ」になる攻撃も即興でポンポン出せるのかなと、そんなことを思うネーションズリーグでした。トスが上がるまでは「よしなにやっといて」、スパイクの態勢に入ったら「お祈り」という気持ちでボーッと見ていた数十年のバレー観戦を、今猛烈に反省しています。それって野球で言えば、バット振ったところだけ見てる、みたいなものだったんだなと思いました!

↓思考を詰め込み、時間を独占した石川祐希さんのツーアタック!


フェイクセットの選択肢を持ちつつ、相手が跳ばなければそのままツーで打つ!

石川さんは跳んでいる間全部見て考える時間に充てられて、相手には打たれたあとの一瞬しか時間が与えられなかった!

跳ぶことすらできない会心の攻撃!



時間を制することができれば、どれだけ相手が高くとも関係ない!