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家族、それは元気の源!

僕は、現代日本の陰鬱とした空気の根源は、家制度の崩壊にあると思っています。自分の親、自分の子供、配偶者とどれだけ同じ食卓を囲っているでしょうか。故郷の年老いた両親を置き去りにしてはいませんか。忙しさにかまけて、子どもたちの寝顔しか見ていない日はありませんか。正月に3日だけ両親に会うとしたら、あと正味1ヶ月か2ヶ月しか父母と一緒にいられないのではないですか。かつての日本人を強固に縛り付けた家制度が跡形もなく消滅し、疎遠な血縁関係に矮小化されてしまったことで、日本の元気が失われのではないかと思うのです。

「お家の繁栄こそすべて」とまでは言いませんが、自分の命脈を守り、次代につなぐことは、生命として生まれた重大な理由のひとつでしょう。両親を大切にし、子孫を大切にする…そうした当たり前のことが疎かになっているのが現代だと感じるのです。少子化・晩婚化などもそう。太古の昔から脈々と受け継がれてきた家系=DNAを、自分の代で「面倒臭いから」「一人が楽しいから」「相手もいないし」と断ち切られては、未来も薄暗くなって当然。たかが100年程度の老舗和菓子屋だって、店をたたむときにはもう少し考えるという中で、そんなに軽ーく決断させてもいいものでしょうか。

国立社会保障・人口問題研究所が発表した出生動向基本調査によれば、18〜34歳の未婚者が男性で61.4%、女性で49.5%もいるとか。さらに、性経験のない未婚者は男性で36.2%、女性で38.7%もいるとのこと。これを本人たちの問題ととらえてはいけないと思うのです。結婚は素晴らしい、家族は素晴らしい、子を持つ喜びの大きさを知る先人たちがいるなら、こんな現状を放置していられるはずがない。そんなに素晴らしいものなら「これ美味いんだよ、食ってみろ」というオススメをせずにはいられないのが人情でしょう。全員が食わないまでも、オススメされたら食べようかなくらいの人に対しては、もっとオススメしてこいよと。

僕は未知なるものに臆病です。面倒臭さを感じます。俗に言う「賢い消費者」系の慎重さがあります。容易にモノは買わず、じっくりと試食・試着をし、クチコミまでチェックしてから決断するのが常。しかし、ドラマなどでも1話見たらつづきが気になり、書籍の1章を立ち読みしたらつづきが気になり、シリーズ映画の旧作を見たら最新作が気になるもの。結婚や異性との交際・性経験などでも、最初の一歩を踏み出すキッカケとして「無料お試しセット」があってしかるべきなのではないでしょうか。

少し強引に、少し押しつけがましく、「無料だから」「いいから試してみて」「会ってみなきゃわかんないだろ」と押しつけられる交際。かつての日本では家制度が果たしてきたその役割を、誰かが意識的に代行していかないと、少子化・晩婚化による衰退は避けられないのではないでしょうか。例えば、学校などで「恋愛」を必修科目に取り入れるのはどうでしょう。1ヶ月間クラスの異性とペアを組み、デートのレポートやラブレターの発表会などを行なう。夏休みには少し遠くに出かけて、恋愛を「自由研究」する。その経験は貴重な第一歩となるはずです。

現在の30代が年老いたとき、「恋愛なんてつまらんよ(したことないけど)」「セックスなんて面倒なだけ(したことないけど)」「結婚・出産って重たいよね(したことないけど)」なんて言い出したら、だいぶ世も末。中学校の保健体育で「武道」「ダンス」が必修科目になるようですが、本当に大切な保健体育とは何なのか、考え直す時期なのではないでしょうか。家も学校も逃げ出したら、僕らはどこでそれを学べばいいものか。自然発生的に学ぶ機会などないということを、僕も実体験として声高に叫ぶものであります。

ということで、まずは家族の大切さを再認識すべく、柔道家・内柴正人さんから家族愛の何たるかを学んでいきましょう。



◆名言「オヤジの仕事をしっかりやりました」は今も変わらない理想の父親像!

北京五輪、男子柔道66キロ級。前回大会アテネにつづき、表彰台の頂点に立った内柴正人さん。五輪2連覇という偉業を果たした内柴さんの原点は、家族への熱い想いでした。5歳年上のお兄さんとの兄弟ゲンカに勝つために始めた柔道。小学校4年生の時分には、お父さんから「柔道を仕事にするか」と問われ柔道家としての歩みをスタートさせます。小4にして親元を離れて強豪校での寮生活を始めた内柴さんは、離れているぶん親の大切さが身に染みてわかったと後述しています。

印象的だった金メダル獲得直後の姿。妻・あかりさんと、長男・輝クンへ向けたガッツポーズ。試合後すぐにスタンドに駆け寄り「あかりは?あかりは?」「ヒカルー!ヒカルー!」と呼び掛ける姿。輝クンの「チャンピオンなのにどうして勝たないの?」という一言が、アテネ後の不振を脱する発奮材料だったと言います。

インタビューで飛び出した名言「オヤジの仕事をしっかりやりました」。その一言に、全国の父親は奮い立ったものです。その後も「支えとなったのはやはり家族です」「(妻と息子が)いてくれるだけで力になる」「二人が会場にいたので、つまんない試合はできないと思った」と家族への想いを語った内柴さん。会場で見守る奥さんの涙と、パンツ姿の輝クンは今も印象に残っています。

↓内柴正人さん、堂々五輪連覇を果たした雄姿!



試合直後の内柴さん:「やっちゃいました」
試合直後の内柴さん:「コレが僕の仕事なんで」
試合直後の内柴さん:「終わってるとわからず一生懸命押さえ込んじゃった」

改めて当時を振り返ると胸が熱くなるな…。


そんな内柴さんの偉業を陰で支えたのは妻あかりさんと、3人の母親たち。内柴さんが家族というものへの想いを強めることとなった複雑な家庭環境がありました。2011年3月23日にTBSで放映された「スポーツ感動の絆SP あの涙の物語を再び」では、内柴さんの家族愛を物語る感動秘話が紹介されています。

北京五輪の1ヶ月前、熊本県の実家を訪れた内柴さん。「みさ子さん、俺ラーメン食いたい!」「みさ子さん、ラーメン食いに行こう」と呼び掛ける内柴さん。みさ子さんが作ったラーメンをすする内柴さんと、それを見守るみさ子さんの姿は親子そのものです。しかし、みさ子さんは内柴さんが25歳のときに内柴家に嫁いできた「現在の母」。内柴さんには、産みの母・育ての母・現在の母と3人のお母さんがいたのです。

↓3人の母それぞれに感謝を捧げる内柴さん!
番組:「産んでもらったお母さんには特別な想いとかあるんですかね?」

内柴:「産んでくれたから感謝してますよ」

内柴:「けど、育ててもらったっていう感謝は、やっぱり2人目のお母さんにしてるし、僕が現役つづけてて辛いときとか、家帰ってきて優しくしてくれたのは3人目のお母さんだし」

内柴:「だから、うん。誰がどうとかじゃなくて、みんな大事な母ちゃんっす」

ひとりじゃなく三人を大切にする「常人の3倍の母への愛」。

僕も、ひとりくらい大切にしないとダメだな…。


内柴さんが6歳の頃、家を飛び出していった産みの母。何をするにも抱っこされていたと述懐する内柴さんは、産みの母が家を飛び出していく姿も見ていたといいます。年の離れた姉・兄は現実を受け止める中、内柴さんは断ち切れない母への想いを抱えていました。毎週土曜日、小学校の裏の公園で父には内緒で産みの母と会っていた内柴さん。ときに仕事で会えない日には、手作りのお弁当が木に吊るされていたといいます。「それだけが二人の絆だった…」そう振り返る内柴さんの目は、6歳の少年のものでした。

しかし、産みの母との絆は父の再婚によって断ち切られます。「正人、もうタヨ子(産みの母)には会うな。お前には新しいお母さんがいるんだぞ」という、ある意味当然であり、ある意味残酷な父からの言葉。新しい母がどれだけ愛してくれても、断ち切れない産みの母への想い。それでも内柴さんは現在の父と母を想い、自分の心にケジメをつけたのです。

↓産みの母に別れを告げた内柴少年の強さ!
内柴少年:「俺、母ちゃんとはもう会わない。母ちゃんのところに死んでも行かない!」

産みの母:「涙声で言ったから、抱き上げて顔を拭いてやって、それが最後ですよね。じゃあ会うべきじゃないんだなと思っただけです…」

内柴さん:「甘やかしてくれるお母さんのところに行くか、『子どもがいたからお父さんは仕事を頑張れた』って常に言ってくれてて、そんな想いがあるオヤジのところから出て行くわけにはいかないし。オヤジかっこいいと思ってたし」

内柴さん:「寂しかった」
内柴さん:「今でも大人の都合としか思えない」
内柴さん:「でも、そのおかげで僕は強くなったかもしれない」

「柔道で頑張って新聞に載るから、それを見ててね」と、産みの母との細い絆を柔道でつないだ内柴さん…男だ…。


20歳のとき、柔道の大会で優勝した際に10年ぶりに産みの母に電話をしたという内柴さん。電話口で泣きながら「ごめんね」と繰り返した産みの母。内柴さんはアテネ五輪の会場に産みの母を招待し、勝ち取った金メダルを産みの母に捧げたといいます。柔道が内柴さんを強くし、柔道が母との絆をもう一度紡いでくれた…単に勝った負けたではない想いが、あの金メダルには込められていたのです。

↓内柴さんを柔道に向かわせるのは、家族への想い!
内柴さん:「普通の選手と僕と、多分スポーツに対する想いが違うんですよね」

内柴さん:「僕のためなんですけどね、もちろん。でもモチベーションが違うんですよね」

内柴さん:「だから、もっと身軽に構えてもいいはずなんですけど、それじゃ僕は力が出ないんで」

なるほど強いわけだ!

自分のためだけなら、そんなに頑張れない!


そんな内柴さんは24歳のとき、妻・あかりさんと結婚。「早く父ちゃんになりたかった」「柔道を仕事として家族を養いたかった」と語る内柴さん。2つ目のメダルを家族に捧げる、戦う男の姿を子どもに見せる、それが複雑な家庭環境で育まれた内柴さんの連覇へのモチベーションだったのです。「オヤジの仕事をしっかりやりました」も、単に小銭を稼いでくるという意味ではないことが、こうした家庭環境を知れば理解できるというもの。父、三人の母、妻、息子。たくさんの家族に囲まれているからこそ、その家族を守り、家族の想いに応えるために自分を越えた力を出さなくてはいけない。それが「オヤジの仕事」なのです。

現代の薄くてドライな家族関係で、僕らはどれだけの力が出せるでしょうか。自分のための金メダルはひとつで十分。2つ目・3つ目を狙って頑張れる欲張りはそうそういないでしょう。次のメダルを捧げる相手は誰なのか、それを考えながら生きていきたいもの。内柴さんのように人より多い家族は持てないまでも、父・母・パートナー・子どもと4人くらいは集められるのではないでしょうか。4人の家族がいれば、自分ひとりで生きているつもりのときより5倍頑張れるはず。そうしたら世の中も5倍よくなる気がしませんか。そんな未来を作っていきたいものですね…。



「普通の家族」がいかに得難く尊いものか、今こそ噛み締めるときです!