- カテゴリ:
- 競泳
2012年04月09日12:46
オリンピックは参加することに意義がある!
とは、近代五輪の父として知られるクーベルタン男爵が世に広めた有名な言葉。何でも、もともとこの言葉は1908年のロンドン五輪当時、開催国イギリスとアメリカの選手が勝敗を巡って大揉めとなる事件が起こった際に、アメリカ代表選手たちに対して贈られた言葉だとのこと。険悪なムードの中、敵地で嫌がらせを受けるアメリカ代表選手たちに、現地の神父が贈った「今回の五輪で重要なのは、勝つことより、参加することだろう」という説話が元となっているそうです。勝利云々よりも、こうした状況にも負けず大会を全うすることは尊い…そんな教えの言葉だったのです。
ここで重要なのは「五輪に出場することをことさら重視する」言葉ではなく、結果よりも重要なことがあると示唆する言葉だったということです。しかし、最近はどこで解釈を間違えたか、出場することのみに全精力を傾け、本番で相手に勝つとか自分に克つとか一切考えず、出場決定そのものをゴールとして、裏道・獣道はないかと必死に探し回り、ついにはカンボジアにまでたどりついてしまう輩もいます。改めてこの言葉の原点を振り返るべきときではないでしょうか。
僕は競泳の日本選手権を見て、その想いを強くしました。ロンドン五輪選考を兼ねた一発勝負。五輪の参加標準記録を上回る派遣標準記録を設定し、それを突破した上位2人までを五輪代表とする仕組みは、ほかの国に比べて相当に厳しいもの。参加標準記録自体がレベルの高い記録であるのに、さらにそれより速い「準決勝出場相当」の派遣標準記録を設定しているのです。五輪側からは出てOKだよと言われている選手でも、日本側の独自の基準で本大会に出場できなかったりするのですから。
しかし、高い意識のもと、厳しい選考基準と戦う選手たちの姿は本当に美しい。他人より高い目標を設定した上で低い位置で敗れた選手の尊い涙。もしその選手が翌日、「よっしゃ国籍変更して赤道ギニアから五輪目指すわ」なんて出場すること「だけ」に意義を見出していたらスッキリしませんよね。生き方上手かもしれませんが、人類の限界に挑戦する尊さは感じられませんよね。勝つにせよ、負けるにせよ、高い目標を目指し、出た結果を甘んじて受け止める…僕はそんな姿をこそ愛したいと思うのです。
ということで、五輪出なかった人のことはすぐ忘れちゃうんだけどね…などと思いつつ、競泳日本選手権での代表選考のもようをチェックしていきましょう。
◆0.02秒に泣いたあと、0.13秒に泣く!時計に文句をつけたくなる世界!
北島康介、入江陵介、松田丈志といった実績ある選手が着実に五輪出場を決める中、力を持ちつつもたまたま調子が悪く五輪を逃す選手も生み出す厳しい戦い。競泳の代表選考は高い設定タイム・一発勝負という独特の難しさがあります。しかし、結局本番も一発勝負。その日その時にチカラを出せるかどうかは、ある意味で持ちタイム以上に大事なこと。選手たちもそのことは納得ずくでの参加ならば、黙って応援するしかありません。
今回の選考で、その厳しさに打ちのめされたのが女子100メートル・200メートル背泳ぎで五輪出場を狙った酒井志穂さん。短水路(25メートルプール)では100メートル背泳ぎの世界記録もマークした有力選手で す。2008年北京五輪の選考会では高校日本記録となる好タイムをマークしながら、伊藤華英さん・中村礼子さんに敗れて代表入りはなりませんでした。今回こそは、そんな想いを抱いての挑戦でした。
↓しかし、100メートル背泳ぎでは派遣標準記録に0秒02及ばず五輪代表を逃す!
水面を殴りつけて悔しがる姿!
日本2位でも嬉しさのカケラもない号泣!

女子の五輪参加標準記録はA標準が1分00秒82で、B標準が1分02秒95。酒井さんの記録はA標準をもラクラク超えるものでした。日本以外の国でなら五輪代表となっているのが自然な結果です。それでも、五輪には出られないという厳しさ。本当に爪の長さほどのわずかな差ですが、それは遠い遠い遠い爪の差です。何せ、競泳選手はすでに伸ばせるだけ爪を伸ばしているのですから…水かきに使うために…。
100メートルで敗れたあと、酒井さんは深夜3時すぎまでわんわん泣いたと言います。しかし、「私は涙の一滴も出ない。まだ200があるじゃない」というお母さんの言葉に励まされ、立ち直ったのだとか。そして臨んだ200メートル背泳ぎ。100メートルで代表をつかんだ寺川綾さんは「100に専念」ということで不出場。準決勝は全体1位で突破。もはや順位は問題ではなく、派遣標準記録を破れるかどうかだけの戦いです。
日本選手権全レースの中で最後に行なわれた女子200メートル背泳ぎ決勝。4コースに入る酒井さんは静かに集中を高め、大歓声にも笑顔で応えます。緊張をほぐすための作り笑いなのか、リラックスした状態で臨めている証なのか。答えがどちらであったとしても、本当の笑顔は派遣標準記録を突破するまではお預けです。
そして始まったレース、酒井さんは得意のバサロで前半からリードを築き、好タイムで最初の50を入ります。身体半分ほどリードして100のターン、150のターンでも派遣標準記録ペースを大きく上回ってきます。しかし、最後の50が伸びず。選手には見えない、観衆だけが見ている派遣標準記録を示す黄色いラインが、酒井さんを追い越して行ったのです…。
↓レース後の酒井さんは掲示板を見上げ、その場から動けず!
記録は2分9秒59!
ちなみに五輪参加標準A記録は2分10秒84ということで、こちらもほかの国なら余裕の五輪切符でした…。

そんな彼女を待っていたのは、「日本選手権優勝者」としてのインタビュー&表彰式。これほどおめでたくない優勝会見もないもの。「言葉が出ない…」「五輪に行きたかった…」「気持ちの整理がつかない…」と絞り出すように答えた酒井さんは、表彰式後の会見も断り控室で号泣したのだとか。
目標に向かって努力し、厳しい戦いに臨み、出た結果を受け入れたからこそ、絶望の深みに沈んでいった酒井さん。五輪が人間の限界に挑戦する舞台であるとするなら、高みを目指して敗れた人は、たとえ五輪に出場していなくとも「五輪に参加した」と言えるのではないでしょうか。日本のプールで涙を流す人と、五輪の入場行進で手を振る人。どちらも「五輪参加選手」だ…僕はそう思いたいのです。出場者だけが五輪参加者じゃあ、酒井さんのような選手があまりに報われませんからね…。

開幕前に大会を去る選手も、人生はまだつづく!次の高みを目指せ!
とは、近代五輪の父として知られるクーベルタン男爵が世に広めた有名な言葉。何でも、もともとこの言葉は1908年のロンドン五輪当時、開催国イギリスとアメリカの選手が勝敗を巡って大揉めとなる事件が起こった際に、アメリカ代表選手たちに対して贈られた言葉だとのこと。険悪なムードの中、敵地で嫌がらせを受けるアメリカ代表選手たちに、現地の神父が贈った「今回の五輪で重要なのは、勝つことより、参加することだろう」という説話が元となっているそうです。勝利云々よりも、こうした状況にも負けず大会を全うすることは尊い…そんな教えの言葉だったのです。
ここで重要なのは「五輪に出場することをことさら重視する」言葉ではなく、結果よりも重要なことがあると示唆する言葉だったということです。しかし、最近はどこで解釈を間違えたか、出場することのみに全精力を傾け、本番で相手に勝つとか自分に克つとか一切考えず、出場決定そのものをゴールとして、裏道・獣道はないかと必死に探し回り、ついにはカンボジアにまでたどりついてしまう輩もいます。改めてこの言葉の原点を振り返るべきときではないでしょうか。
僕は競泳の日本選手権を見て、その想いを強くしました。ロンドン五輪選考を兼ねた一発勝負。五輪の参加標準記録を上回る派遣標準記録を設定し、それを突破した上位2人までを五輪代表とする仕組みは、ほかの国に比べて相当に厳しいもの。参加標準記録自体がレベルの高い記録であるのに、さらにそれより速い「準決勝出場相当」の派遣標準記録を設定しているのです。五輪側からは出てOKだよと言われている選手でも、日本側の独自の基準で本大会に出場できなかったりするのですから。
しかし、高い意識のもと、厳しい選考基準と戦う選手たちの姿は本当に美しい。他人より高い目標を設定した上で低い位置で敗れた選手の尊い涙。もしその選手が翌日、「よっしゃ国籍変更して赤道ギニアから五輪目指すわ」なんて出場すること「だけ」に意義を見出していたらスッキリしませんよね。生き方上手かもしれませんが、人類の限界に挑戦する尊さは感じられませんよね。勝つにせよ、負けるにせよ、高い目標を目指し、出た結果を甘んじて受け止める…僕はそんな姿をこそ愛したいと思うのです。
ということで、五輪出なかった人のことはすぐ忘れちゃうんだけどね…などと思いつつ、競泳日本選手権での代表選考のもようをチェックしていきましょう。
◆0.02秒に泣いたあと、0.13秒に泣く!時計に文句をつけたくなる世界!
北島康介、入江陵介、松田丈志といった実績ある選手が着実に五輪出場を決める中、力を持ちつつもたまたま調子が悪く五輪を逃す選手も生み出す厳しい戦い。競泳の代表選考は高い設定タイム・一発勝負という独特の難しさがあります。しかし、結局本番も一発勝負。その日その時にチカラを出せるかどうかは、ある意味で持ちタイム以上に大事なこと。選手たちもそのことは納得ずくでの参加ならば、黙って応援するしかありません。
今回の選考で、その厳しさに打ちのめされたのが女子100メートル・200メートル背泳ぎで五輪出場を狙った酒井志穂さん。短水路(25メートルプール)では100メートル背泳ぎの世界記録もマークした有力選手で す。2008年北京五輪の選考会では高校日本記録となる好タイムをマークしながら、伊藤華英さん・中村礼子さんに敗れて代表入りはなりませんでした。今回こそは、そんな想いを抱いての挑戦でした。
↓しかし、100メートル背泳ぎでは派遣標準記録に0秒02及ばず五輪代表を逃す!
水面を殴りつけて悔しがる姿!
日本2位でも嬉しさのカケラもない号泣!
価格:1,260円 |
女子の五輪参加標準記録はA標準が1分00秒82で、B標準が1分02秒95。酒井さんの記録はA標準をもラクラク超えるものでした。日本以外の国でなら五輪代表となっているのが自然な結果です。それでも、五輪には出られないという厳しさ。本当に爪の長さほどのわずかな差ですが、それは遠い遠い遠い爪の差です。何せ、競泳選手はすでに伸ばせるだけ爪を伸ばしているのですから…水かきに使うために…。
100メートルで敗れたあと、酒井さんは深夜3時すぎまでわんわん泣いたと言います。しかし、「私は涙の一滴も出ない。まだ200があるじゃない」というお母さんの言葉に励まされ、立ち直ったのだとか。そして臨んだ200メートル背泳ぎ。100メートルで代表をつかんだ寺川綾さんは「100に専念」ということで不出場。準決勝は全体1位で突破。もはや順位は問題ではなく、派遣標準記録を破れるかどうかだけの戦いです。
日本選手権全レースの中で最後に行なわれた女子200メートル背泳ぎ決勝。4コースに入る酒井さんは静かに集中を高め、大歓声にも笑顔で応えます。緊張をほぐすための作り笑いなのか、リラックスした状態で臨めている証なのか。答えがどちらであったとしても、本当の笑顔は派遣標準記録を突破するまではお預けです。
そして始まったレース、酒井さんは得意のバサロで前半からリードを築き、好タイムで最初の50を入ります。身体半分ほどリードして100のターン、150のターンでも派遣標準記録ペースを大きく上回ってきます。しかし、最後の50が伸びず。選手には見えない、観衆だけが見ている派遣標準記録を示す黄色いラインが、酒井さんを追い越して行ったのです…。
↓レース後の酒井さんは掲示板を見上げ、その場から動けず!
http://sankei.jp.msn.com/sports/photos/120408/oth12040819540013-p2.htm
記録は2分9秒59!
ちなみに五輪参加標準A記録は2分10秒84ということで、こちらもほかの国なら余裕の五輪切符でした…。
価格:3,990円 |
そんな彼女を待っていたのは、「日本選手権優勝者」としてのインタビュー&表彰式。これほどおめでたくない優勝会見もないもの。「言葉が出ない…」「五輪に行きたかった…」「気持ちの整理がつかない…」と絞り出すように答えた酒井さんは、表彰式後の会見も断り控室で号泣したのだとか。
目標に向かって努力し、厳しい戦いに臨み、出た結果を受け入れたからこそ、絶望の深みに沈んでいった酒井さん。五輪が人間の限界に挑戦する舞台であるとするなら、高みを目指して敗れた人は、たとえ五輪に出場していなくとも「五輪に参加した」と言えるのではないでしょうか。日本のプールで涙を流す人と、五輪の入場行進で手を振る人。どちらも「五輪参加選手」だ…僕はそう思いたいのです。出場者だけが五輪参加者じゃあ、酒井さんのような選手があまりに報われませんからね…。
クーベルタンとモンテルラン 20世紀初頭におけるフランスのスポーツ思想/小石原美保 価格:3,364円 |
開幕前に大会を去る選手も、人生はまだつづく!次の高みを目指せ!






とかいってるみたいですよ
世界記録目指せるんだったら正々堂々勝負しろって感じですよね〜
もう、普段のアホな記事と、今回みたいな真面目な記事を書くフモさんのギャップに・・・・・・ホレテマウヤロォ〜!!(棒)