2016年08月12日19:09
藤春さん、援軍がきましたよ!
「何でも擁護する」ことで知られた逆風に立つ風見鶏がやってきた。これまでに擁護してきた幾多のもの。新国立競技場ザハ案や、サノケン氏デザインによる東京五輪幻のエンブレム「T」。守らねばならない、使命感のような気持ち。「筋は通っているのに印象だけで叩かれている何か」を守らねばという気持ちは、「ゴミの日は守らなくてはならない」くらい譲れない想いです。
守るべき人、それはサッカー男子代表を敗退に追い込んだ戦犯とされる藤春廣輝さん。
藤春さんだけを責めるのはどう考えても無理筋です。僕は日本代表の戦いが終わったあと、ずっとそう思っていました。ほかに見るものが多くて忙しかったので、成り行き上ほったらかしにはしましたが、心の底では種火のような想いが燻っていた。どうかみなさんもご理解ください。ひとりを責めても仕方がないのだということを。
●ご理解その1:そもそも論、怒るほどの話でもない
すでにご説明したように、藤春さんへと矛先が集中しているキッカケであるところのオウンゴールは大したオウンゴールではありません。回避することは可能だったでしょうが、その手前でシュートが決まっていても不思議はなかった。反省すべきはもっと手前にある。「肺炎で死亡」というとき、治療すべきは肺炎でしょうか。もっと手前にガンなどのより深刻な病状があったのではないか。目立つところにとらわれれば、ことの本質を見失います。
そして、グループステージで敗退したとは言え、1勝1敗1分はそれほど悪くない。惜しいな、とは思いますが怒ったり、情けないと嘆いたりするようなものではない。これで怒るのは、少し背伸びしすぎではないでしょうか。もっと上まで行けたかもしれないが、ある程度は溜飲を下げてもいいはず。
実はもっと期待していて、その期待を裏切られたことへの怒りなのでしょうか。もしかして、あなたは藤春さんに期待していたのか。「何を?」。藤春さんは期待どおりの働きはしてくれたはずです。ああいうことを期待するのが藤春さんであり、求めた仕事はキッチリしてくれた。間違ったことを期待して、それに憤るのはただのクレーマーです。ザルに水を溜めようとしてはいけないのです。ザルはどじょうすくいとかに使うものです。
↓そのあたりをよくわかっているNHKでは、ハイライトから当該の場面をカット!
省略する程度の話なんよ!
先に1点取られてたわけだし!
大事なのは反撃した場面のほうだから!

●ご理解その2:選んだ側、使う側の大きな責任
ナイジェリア戦後に藤春さんが漏らしたとされる「思ったより(相手の)足が伸びてきた」という言葉。海外サッカー初級みたいなコメントですが、そうなることはわかっていたはずです。海外移籍の経験もなく、ワールドカップ・五輪を含めた国際試合の経験もない。まっさらなシーツ。今の23歳以下と何も変わりません。そりゃ「うわっ、足が伸びてきた」「デカッ」「顔で見分けがつかないですね…」くらい言うでしょう。
みんなわかっていたのだから、選んだ側が悪い。あまつさえ、使ってしまった。買ってきた豚肉が腐っていたとき、確かにその買い物ミスには問題がある。しかし、もっと悪いのは「火を通せばイケるんちゃうか」という冒険心で食卓に並べてしまうこと。「やっぱイケへんか…」ということに気づくまで、ブラジル戦・ナイジェリア戦・コロンビア戦と3試合もかかってしまった。朝・昼・晩とさんざん食べたあとで「傷んでるね…」と気づいた。それはもはや豚肉のせいではないのです。コックのせいです。
↓ある選手はこんな手厳しいことを言ったらしいが、これが「藤春さんの言葉ではない」とはどこにも書いてない!
藤春パイセンがこう言ってたなら、すごくあったかくない?
後輩への想いと、自分への怒りで板挟みになるナイスガイっぽくない?
っぽい、っぽい!
●ご理解その3:選ばせたヤツの深いところでの責任
今回、藤春さんを選ぶにあたり、何を根拠にしたのか。才能と実力があっただけでは、なかなかこの大舞台には連れていけないでしょう。「俺だけが知っている才能がいるんです!」なんて話じゃ、大きな組織は説得されないですからね。やはり重要だったのは「日本代表」という肩書きだろうと思うのです。
もしそれがなかったら、誰も納得しなかった。チームの同僚でさえ、「代表でもない人がくるんですか?」と最初から不信感MAXになったはず。そこを80%程度まで軽減させたのが日本代表の肩書きであり、免罪符だった。ハリルホジッチ監督が何を思って日本代表に招集したのか。そして、今はどう思っているのか。コックに対して伝えるべきメッセージはなかったのか。今後、また同じような事例へと発展する可能性も含め、「あなたにも責任はある」ということはハッキリとさせておきたいもの。
「一方的な勝利だとつまらないなぁと思うときのエンターテインメイト性」とか「ムードはすごくよくなる」など、起用法について限定的なものがあるということであれば、その情報は共有しておいてほしかった。食材にも「これは食べる用じゃなく刺身の上に乗せる用のものです」などのヤツがあるでしょう。タンポポとか。
●ご理解その4:もっと早く言わなかったヤツの問題
オーバーエイジの3つの枠。ここをどのように使うかは重要な編成のポイント。年齢を重ねることによってしか得られない経験値の持ち主であることは大前提ですが、基本的には「足りない部分を補いたい」もの。もし、ヤングボーイズ久保さんの合流不能がもっと早い段階でわかっていたら、枠の使い方も違っただろうと思うのです。
2トップを基本線としたシステムでの戦いをしてきたチームが、想定していた2トップを失った。もしオーバーエイジ選考の前にそれがわかっていたら、「2トップ+センターバック」という構成での招集も可能だった。「このポジションには得点力があって、海外経験があって、威圧感があるチンピラ」という構想を実現するための、大久保嘉人さん招集を最後まで模索できた。「補欠では失礼」という思いで断念した大久保さんを。
「久保の穴を埋めるのが先でしょ!」「追加で穴開けてどうすんだよ!」「夏休みの工作じゃねぇんだよ!」などの声が、世間だけでなく、編成会議でもあがったはず。最終的に藤春さんが2回ほど決定機を外してしまったのも、めぐりめぐって深いところに理由があるはず。あのシュートを久保族が撃っていれば、未来は違っていたかもしれないのです。
●ご理解その5:誰かの行動があれば未来は変えられた
こういう風にしか進めない運命があったとしても、誰かが勇気を持って行動すれば、その未来は変えられた。たとえば、選手村で謎の暴行事件が発生し、藤春さんが全治2週間の負傷をしていれば、あのオウンゴールは生まれなかった。それでほかの得点が生まれたかは不明ですが、このような事態が起きなかったことは間違いありません。
そして、未来を変えるチャンスはどこにでもあった。大阪府吹田市で発生した謎の暴行事件とか、空港ロビーで発生した謎のパスポート盗難事件とか、選手村で藤春さんの部屋のドアの外に冷蔵庫が大量に置いてあるという謎の不法投棄事件とか、いくらでも未来を変えるすべはあった。にもかかわらず、何も起きなかった。それは「みんな他人事だった」ということでしょう。親の虐待を見過ごした近所の住民と、構造的には変わりません。わかっていたのに止めなかったんですから。
たとえばインテルの長友さんが「俺が行きます」「インテルは辞めました」「見ちゃおれんですよ」と言っていたら、こうはなってないでしょう。分担の割合は本人や選んだヤツや使ったヤツよりは低いかもしれませんが、我々ひとりひとりの肩にもうっすらと責任のチリは積もっている。見て見ぬフリをした責任が。
↓「世界には凄いヤツがいると知っている人」を呼べていたら、話は全然違っていたのに…!
「見て見ぬフリをした」責任から逃れられるのは対戦相手だけ!
みんなに責任がある社会問題!
●ご理解その6:ダブルオーバーエイジサンドによる連携不足
藤春戦犯論の発端であるところのオウンゴール。あのプレー自体、すべてが藤春さんの責任というものではありません。攻撃の際に相手にボールを奪われることになる縦パスを送った遠藤航さんにも責任はある。そして、最終的に「何としてもクリア」を実践できなかった植田直通さんにも。
「藤春さんなら、枠に蹴ってくるかもしれんな…」という予測があれば、あのポジショニングはなかった。もっと藤春さん寄りに位置を修正し、距離を詰めるべきでした。「何が起きるかわからないのが五輪」などとクチでは言いつつも、事態の想定はまったく足りなかったワケです。
ただ、そこには一定の同情の余地もあります。植田さんはオーバーエイジ藤春さんとオーバーエイジ塩谷さんに挟まれ、慣れない相手との連携、両方とも危なっかしい問題へのケア、自分に突っかかってくる相手チームへの対応と、いくつもの問題を同時に処理しなければならなかった。せめてコレが逆であれば。藤春・塩谷で左サイドを固めてくれていれば、「ザルの目を抜けてくる相手」だけに集中することができた。
直接FKの壁を想像してみてください。
「●●●穴●」だと抜かれそうですごい不安ですけど、「穴●●●●」だったら壁の枚数が少ないだけですよね。
↓みんなに問題があるのだから、みんなで責任を感じよう!
藤春さんは最後に決めただけ!
「みんなが取らせてくれたオウンゴール」です!

●ご理解その7:火消し不足
起きたことはしょうがないですが、ここまで藤春戦犯論を拡大させたのは、チームからのメッセージ不足によるところも大きい。話題が拡大し、無理解のうえに無理解を生むままにしては、取り繕ったところで手遅れです。消火活動は初動が命。
その意味で、あのゴールについてもっとチーム・関係者は発信すべきだった。みんなの責任だということは否定できないのですから、それを声高に言うべきだった。そうしなかったのは「うわぁ…」「コレめっちゃ日本で言われてるで…」「このまま藤春パイセンに責任をかぶってもらおう…」という想いがあったからではないのか。それは本当にフェアな姿勢と言えるのか。
体操男子個人総合を終えたあと、採点を訝しむような質問をした記者に対して、金メダルを争ったオレグ・ベルニャエフさんは、自分の質問への返答時に、話題を戻してまで言い放ちました。「採点はフェアで神聖なものだ。それは無駄な質問だ」と。そういう言葉がすぐさまチームメイトから出ていれば。
あるいは、その表面上のミスを挽回するほどの効果をアピールしてもよかった。体操団体であまりチームに貢献できなかった山室光史さんが、内村さんを支える盟友としてなくてはならない存在であったように、藤春さんがなくてはならないんだというプレー以外の効果がチームからアピールされていれば。悔やまれてなりません。
●ご理解その8:「藤春さんを手ぶらで帰せない」というリスペクト不足
銅メダルを獲得した競泳の男子4×200メートルリレー。このレースではベテランの松田丈志さんを想い、「松田さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」を合言葉に若き選手たちが奮起していました。チームの団結は強くなり、普段以上のチカラも出たことでしょう。
ひるがえってサッカー男子では「藤春さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」という気持ちがあったでしょうか。もしかしたらコロンビア戦のあとは、そういう気持ちになったのかもしれない。それが最終戦勝利の好結果につながったのかもしれない。
しかし、本来はもっと早い段階でその気持ちに至るべきだった。大会前の練習試合や選手村でのミーティング、あらゆる場面で「自分たちが藤春さんのために何ができるか」を考えていれば、あのオウンゴールも生まれなかったのではないか。もっと言えば、初戦での藤春さんの横をすり抜けてきた相手の攻撃も止められたのではないか。
藤春さんが何をしてくれるのか、ではなく、自分たちが藤春さんのために何ができるのか。
↓その気持ちがあればナイジェリア戦から、もっと違った戦いになったのではないか?
「藤春さん、お願いします」ではなく「どけ!」へ!
「藤春さん、そっちに行きましたよ」ではなく「どけ!」へ!
先輩のために自分たちができる何かを探そう!

●ご理解その9:別問題かもしれないが、いい人
だんだん理屈を越えた部分になってきますが、いい人なんです。会ったことないけど、すごくいい人感があるじゃないですか。記憶を失うくらい茫然自失する姿はオーバーエイジとしては見ちゃおれん心の弱さではありますが、その代わり、若い選手たちとも垣根なく付き合える敷居の低さがある。
試合後に手倉森監督から「カモシカが鉄砲で撃たれたみたいだったな」という、「撃ち殺したろうか」という脅しにも聞こえるダークネスジョークをぶつけられたときも、張本人の藤春さんが率先して大爆笑したと言います。そして、チームメイトから「反省してへんやん」と突っ込まれたとも。
逆に考えれば、「あぁあれだけのことをやらかしても大丈夫なんだ」というチャレンジスピリッツを呼んだのも藤春さんなのです。僕が好きな『カイジ』という漫画にもそんな場面があります。ビルの間にかけた鉄骨を渡るという死のゲームに挑む主人公は、先に挑戦して落ちた人間が骨折しながらも生存している様子を見て、「落ちても死なない」という勇気をもらうのです。
それは一種の自己犠牲。藤春さんなくして、スウェーデン戦での積極性はなかった。藤春さんのオウンゴールはコロンビア戦を勝点「1」にしたかもしれませんが、スウェーデン戦の勝点を「3」にしたかもしれない。五輪の緊張から仲間を解放した貢献、それはオーバーエイジという「絶対に失敗はできない」立場の選手でなければこなせないことでした。コッチも笑って水に流そうじゃないですか。
↓スウェーデン戦、得点した矢島は藤春パイセンのもとへ駆け寄った!
「あれ、矢島は藤春パイセンのほうを全然見てないな…」
「あれ、テレビカメラで見えない位置に誰かいる」
「大島じゃん…」
「あ、そうか、大島がクロスのあと外に出て」
「カメラの前に行って」
「パイセンがそこによってきて」
「そこに矢島も集まってきたのか」
「よく見たら、基本シカトされてる…」
「それでもパイセンは笑顔だ…」
「いい人じゃないか…」
●ご理解その10:反省させたところで挽回の機会はない
ただ文句を言いたいだけの激情に任せ、文句を言っていたりしませんか。五輪は23歳以下の選手を主体とするもの。もうこのチームでは戦うことはありませんし、藤春さんがオーバーエイジで呼ばれることもありません。反省させても、それを活かす機会はもうない。もう何もかも終わったことなのです。
今になって何を語っても、何を議論しても、仕方ありません。死体を前にして「あぁいう治療をしておけばよかった」とか「日頃から健康に注意していればよかった」と思っても無意味。できることは坊主を呼んで手早く埋めることだけ。
もう怒りの波は過ぎた頃でしょう。そんなことよりほかの競技を見たほうがいい。サッカーは五輪のメインストリームではないのです。4年に1回しから見る気にならないであろう競技にも、気持ちのいいもの、たくましいもの、技術の高いものがたくさんある。それを見ましょう。あーだこーだインターネットで文句を言っているより、きっとそのほうが有意義な活動ですから…!
五輪の魔物をひとりでたくさん引き受けてくれた藤春さんに感謝!
「何でも擁護する」ことで知られた逆風に立つ風見鶏がやってきた。これまでに擁護してきた幾多のもの。新国立競技場ザハ案や、サノケン氏デザインによる東京五輪幻のエンブレム「T」。守らねばならない、使命感のような気持ち。「筋は通っているのに印象だけで叩かれている何か」を守らねばという気持ちは、「ゴミの日は守らなくてはならない」くらい譲れない想いです。
守るべき人、それはサッカー男子代表を敗退に追い込んだ戦犯とされる藤春廣輝さん。
藤春さんだけを責めるのはどう考えても無理筋です。僕は日本代表の戦いが終わったあと、ずっとそう思っていました。ほかに見るものが多くて忙しかったので、成り行き上ほったらかしにはしましたが、心の底では種火のような想いが燻っていた。どうかみなさんもご理解ください。ひとりを責めても仕方がないのだということを。
●ご理解その1:そもそも論、怒るほどの話でもない
すでにご説明したように、藤春さんへと矛先が集中しているキッカケであるところのオウンゴールは大したオウンゴールではありません。回避することは可能だったでしょうが、その手前でシュートが決まっていても不思議はなかった。反省すべきはもっと手前にある。「肺炎で死亡」というとき、治療すべきは肺炎でしょうか。もっと手前にガンなどのより深刻な病状があったのではないか。目立つところにとらわれれば、ことの本質を見失います。
そして、グループステージで敗退したとは言え、1勝1敗1分はそれほど悪くない。惜しいな、とは思いますが怒ったり、情けないと嘆いたりするようなものではない。これで怒るのは、少し背伸びしすぎではないでしょうか。もっと上まで行けたかもしれないが、ある程度は溜飲を下げてもいいはず。
実はもっと期待していて、その期待を裏切られたことへの怒りなのでしょうか。もしかして、あなたは藤春さんに期待していたのか。「何を?」。藤春さんは期待どおりの働きはしてくれたはずです。ああいうことを期待するのが藤春さんであり、求めた仕事はキッチリしてくれた。間違ったことを期待して、それに憤るのはただのクレーマーです。ザルに水を溜めようとしてはいけないのです。ザルはどじょうすくいとかに使うものです。
↓そのあたりをよくわかっているNHKでは、ハイライトから当該の場面をカット!
省略する程度の話なんよ!
先に1点取られてたわけだし!
大事なのは反撃した場面のほうだから!
価格:648円 |
●ご理解その2:選んだ側、使う側の大きな責任
ナイジェリア戦後に藤春さんが漏らしたとされる「思ったより(相手の)足が伸びてきた」という言葉。海外サッカー初級みたいなコメントですが、そうなることはわかっていたはずです。海外移籍の経験もなく、ワールドカップ・五輪を含めた国際試合の経験もない。まっさらなシーツ。今の23歳以下と何も変わりません。そりゃ「うわっ、足が伸びてきた」「デカッ」「顔で見分けがつかないですね…」くらい言うでしょう。
みんなわかっていたのだから、選んだ側が悪い。あまつさえ、使ってしまった。買ってきた豚肉が腐っていたとき、確かにその買い物ミスには問題がある。しかし、もっと悪いのは「火を通せばイケるんちゃうか」という冒険心で食卓に並べてしまうこと。「やっぱイケへんか…」ということに気づくまで、ブラジル戦・ナイジェリア戦・コロンビア戦と3試合もかかってしまった。朝・昼・晩とさんざん食べたあとで「傷んでるね…」と気づいた。それはもはや豚肉のせいではないのです。コックのせいです。
↓ある選手はこんな手厳しいことを言ったらしいが、これが「藤春さんの言葉ではない」とはどこにも書いてない!
<【手倉森ジャパンの誤算】(上)OA加入で守備崩壊>
ある選手は「連係は全然できていないし、最終予選メンバーだったらこんなにやられていない。でもOAは絶対に出さなきゃいけない立場。仕方ないでしょ」と吐き捨てるように言った。
http://www.hochi.co.jp/soccer/japan/20160812-OHT1T50055.html
藤春パイセンがこう言ってたなら、すごくあったかくない?
後輩への想いと、自分への怒りで板挟みになるナイスガイっぽくない?
っぽい、っぽい!
●ご理解その3:選ばせたヤツの深いところでの責任
今回、藤春さんを選ぶにあたり、何を根拠にしたのか。才能と実力があっただけでは、なかなかこの大舞台には連れていけないでしょう。「俺だけが知っている才能がいるんです!」なんて話じゃ、大きな組織は説得されないですからね。やはり重要だったのは「日本代表」という肩書きだろうと思うのです。
もしそれがなかったら、誰も納得しなかった。チームの同僚でさえ、「代表でもない人がくるんですか?」と最初から不信感MAXになったはず。そこを80%程度まで軽減させたのが日本代表の肩書きであり、免罪符だった。ハリルホジッチ監督が何を思って日本代表に招集したのか。そして、今はどう思っているのか。コックに対して伝えるべきメッセージはなかったのか。今後、また同じような事例へと発展する可能性も含め、「あなたにも責任はある」ということはハッキリとさせておきたいもの。
「一方的な勝利だとつまらないなぁと思うときのエンターテインメイト性」とか「ムードはすごくよくなる」など、起用法について限定的なものがあるということであれば、その情報は共有しておいてほしかった。食材にも「これは食べる用じゃなく刺身の上に乗せる用のものです」などのヤツがあるでしょう。タンポポとか。
●ご理解その4:もっと早く言わなかったヤツの問題
オーバーエイジの3つの枠。ここをどのように使うかは重要な編成のポイント。年齢を重ねることによってしか得られない経験値の持ち主であることは大前提ですが、基本的には「足りない部分を補いたい」もの。もし、ヤングボーイズ久保さんの合流不能がもっと早い段階でわかっていたら、枠の使い方も違っただろうと思うのです。
2トップを基本線としたシステムでの戦いをしてきたチームが、想定していた2トップを失った。もしオーバーエイジ選考の前にそれがわかっていたら、「2トップ+センターバック」という構成での招集も可能だった。「このポジションには得点力があって、海外経験があって、威圧感があるチンピラ」という構想を実現するための、大久保嘉人さん招集を最後まで模索できた。「補欠では失礼」という思いで断念した大久保さんを。
「久保の穴を埋めるのが先でしょ!」「追加で穴開けてどうすんだよ!」「夏休みの工作じゃねぇんだよ!」などの声が、世間だけでなく、編成会議でもあがったはず。最終的に藤春さんが2回ほど決定機を外してしまったのも、めぐりめぐって深いところに理由があるはず。あのシュートを久保族が撃っていれば、未来は違っていたかもしれないのです。
●ご理解その5:誰かの行動があれば未来は変えられた
こういう風にしか進めない運命があったとしても、誰かが勇気を持って行動すれば、その未来は変えられた。たとえば、選手村で謎の暴行事件が発生し、藤春さんが全治2週間の負傷をしていれば、あのオウンゴールは生まれなかった。それでほかの得点が生まれたかは不明ですが、このような事態が起きなかったことは間違いありません。
そして、未来を変えるチャンスはどこにでもあった。大阪府吹田市で発生した謎の暴行事件とか、空港ロビーで発生した謎のパスポート盗難事件とか、選手村で藤春さんの部屋のドアの外に冷蔵庫が大量に置いてあるという謎の不法投棄事件とか、いくらでも未来を変えるすべはあった。にもかかわらず、何も起きなかった。それは「みんな他人事だった」ということでしょう。親の虐待を見過ごした近所の住民と、構造的には変わりません。わかっていたのに止めなかったんですから。
たとえばインテルの長友さんが「俺が行きます」「インテルは辞めました」「見ちゃおれんですよ」と言っていたら、こうはなってないでしょう。分担の割合は本人や選んだヤツや使ったヤツよりは低いかもしれませんが、我々ひとりひとりの肩にもうっすらと責任のチリは積もっている。見て見ぬフリをした責任が。
↓「世界には凄いヤツがいると知っている人」を呼べていたら、話は全然違っていたのに…!
五輪代表グループステージ敗退。
— Yuto Nagatomo | 長友佑都 (@YutoNagatomo5) 2016年8月11日
悔しいけどこれが日本サッカーの実力。
現実を受け止め努力した者だけが這い上がる。
みんなもう若くない。
自分たちが思ってる以上に、世界にはまだまだ凄いやつらいるよ。
代表を引っ張る不動のプレーヤーになってほしい。
俺も負けない。#U-23
「見て見ぬフリをした」責任から逃れられるのは対戦相手だけ!
みんなに責任がある社会問題!
●ご理解その6:ダブルオーバーエイジサンドによる連携不足
藤春戦犯論の発端であるところのオウンゴール。あのプレー自体、すべてが藤春さんの責任というものではありません。攻撃の際に相手にボールを奪われることになる縦パスを送った遠藤航さんにも責任はある。そして、最終的に「何としてもクリア」を実践できなかった植田直通さんにも。
「藤春さんなら、枠に蹴ってくるかもしれんな…」という予測があれば、あのポジショニングはなかった。もっと藤春さん寄りに位置を修正し、距離を詰めるべきでした。「何が起きるかわからないのが五輪」などとクチでは言いつつも、事態の想定はまったく足りなかったワケです。
ただ、そこには一定の同情の余地もあります。植田さんはオーバーエイジ藤春さんとオーバーエイジ塩谷さんに挟まれ、慣れない相手との連携、両方とも危なっかしい問題へのケア、自分に突っかかってくる相手チームへの対応と、いくつもの問題を同時に処理しなければならなかった。せめてコレが逆であれば。藤春・塩谷で左サイドを固めてくれていれば、「ザルの目を抜けてくる相手」だけに集中することができた。
直接FKの壁を想像してみてください。
「●●●穴●」だと抜かれそうですごい不安ですけど、「穴●●●●」だったら壁の枚数が少ないだけですよね。
↓みんなに問題があるのだから、みんなで責任を感じよう!
サッカー男子予選、第2戦日本vsコロンビアのダイジェストです!
— gorin.jp (@gorinjp) 2016年8月8日
予選最終戦日本vsスウェーデンは、日本時間11日(木)あさ6:45〜TBS系で放送です。#オリンピック #サッカーhttps://t.co/F5krbqpEdJ
藤春さんは最後に決めただけ!
「みんなが取らせてくれたオウンゴール」です!
価格:668円 |
●ご理解その7:火消し不足
起きたことはしょうがないですが、ここまで藤春戦犯論を拡大させたのは、チームからのメッセージ不足によるところも大きい。話題が拡大し、無理解のうえに無理解を生むままにしては、取り繕ったところで手遅れです。消火活動は初動が命。
その意味で、あのゴールについてもっとチーム・関係者は発信すべきだった。みんなの責任だということは否定できないのですから、それを声高に言うべきだった。そうしなかったのは「うわぁ…」「コレめっちゃ日本で言われてるで…」「このまま藤春パイセンに責任をかぶってもらおう…」という想いがあったからではないのか。それは本当にフェアな姿勢と言えるのか。
体操男子個人総合を終えたあと、採点を訝しむような質問をした記者に対して、金メダルを争ったオレグ・ベルニャエフさんは、自分の質問への返答時に、話題を戻してまで言い放ちました。「採点はフェアで神聖なものだ。それは無駄な質問だ」と。そういう言葉がすぐさまチームメイトから出ていれば。
あるいは、その表面上のミスを挽回するほどの効果をアピールしてもよかった。体操団体であまりチームに貢献できなかった山室光史さんが、内村さんを支える盟友としてなくてはならない存在であったように、藤春さんがなくてはならないんだというプレー以外の効果がチームからアピールされていれば。悔やまれてなりません。
<こんなコメントがすぐに出ていれば…の例>
「僕がシュートを弾いたのが問題。無駄な質問だ」
「引き分けはオウンゴールのせいじゃない。無断な質問だ」
「もっと点を取っていれば済んだ話。無駄な質問だ」
「先制点を奪われたのが一番の問題。無駄な質問だ」
「シュートの意識がなかった僕が悪い。無駄な質問だ」
「攻撃においてはそこそこ不可欠な選手。無駄な質問だ」
「メシ食ってるときとかすごい楽しいです。無駄な質問だ」
「いないよりはいるほうが絶対にマシ。無駄な質問だ」
「ドリンクとか渡してくれる優しい人。無駄な質問だ」
「帰りは荷物持ってくれるんですよ。無駄な質問だ」
●ご理解その8:「藤春さんを手ぶらで帰せない」というリスペクト不足
銅メダルを獲得した競泳の男子4×200メートルリレー。このレースではベテランの松田丈志さんを想い、「松田さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」を合言葉に若き選手たちが奮起していました。チームの団結は強くなり、普段以上のチカラも出たことでしょう。
ひるがえってサッカー男子では「藤春さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」という気持ちがあったでしょうか。もしかしたらコロンビア戦のあとは、そういう気持ちになったのかもしれない。それが最終戦勝利の好結果につながったのかもしれない。
しかし、本来はもっと早い段階でその気持ちに至るべきだった。大会前の練習試合や選手村でのミーティング、あらゆる場面で「自分たちが藤春さんのために何ができるか」を考えていれば、あのオウンゴールも生まれなかったのではないか。もっと言えば、初戦での藤春さんの横をすり抜けてきた相手の攻撃も止められたのではないか。
藤春さんが何をしてくれるのか、ではなく、自分たちが藤春さんのために何ができるのか。
↓その気持ちがあればナイジェリア戦から、もっと違った戦いになったのではないか?
「藤春さん、お願いします」ではなく「どけ!」へ!
「藤春さん、そっちに行きましたよ」ではなく「どけ!」へ!
先輩のために自分たちができる何かを探そう!
価格:1,944円 |
●ご理解その9:別問題かもしれないが、いい人
だんだん理屈を越えた部分になってきますが、いい人なんです。会ったことないけど、すごくいい人感があるじゃないですか。記憶を失うくらい茫然自失する姿はオーバーエイジとしては見ちゃおれん心の弱さではありますが、その代わり、若い選手たちとも垣根なく付き合える敷居の低さがある。
試合後に手倉森監督から「カモシカが鉄砲で撃たれたみたいだったな」という、「撃ち殺したろうか」という脅しにも聞こえるダークネスジョークをぶつけられたときも、張本人の藤春さんが率先して大爆笑したと言います。そして、チームメイトから「反省してへんやん」と突っ込まれたとも。
逆に考えれば、「あぁあれだけのことをやらかしても大丈夫なんだ」というチャレンジスピリッツを呼んだのも藤春さんなのです。僕が好きな『カイジ』という漫画にもそんな場面があります。ビルの間にかけた鉄骨を渡るという死のゲームに挑む主人公は、先に挑戦して落ちた人間が骨折しながらも生存している様子を見て、「落ちても死なない」という勇気をもらうのです。
それは一種の自己犠牲。藤春さんなくして、スウェーデン戦での積極性はなかった。藤春さんのオウンゴールはコロンビア戦を勝点「1」にしたかもしれませんが、スウェーデン戦の勝点を「3」にしたかもしれない。五輪の緊張から仲間を解放した貢献、それはオーバーエイジという「絶対に失敗はできない」立場の選手でなければこなせないことでした。コッチも笑って水に流そうじゃないですか。
↓スウェーデン戦、得点した矢島は藤春パイセンのもとへ駆け寄った!
「あれ、矢島は藤春パイセンのほうを全然見てないな…」
「あれ、テレビカメラで見えない位置に誰かいる」
「大島じゃん…」
「あ、そうか、大島がクロスのあと外に出て」
「カメラの前に行って」
「パイセンがそこによってきて」
「そこに矢島も集まってきたのか」
「よく見たら、基本シカトされてる…」
「それでもパイセンは笑顔だ…」
「いい人じゃないか…」
●ご理解その10:反省させたところで挽回の機会はない
ただ文句を言いたいだけの激情に任せ、文句を言っていたりしませんか。五輪は23歳以下の選手を主体とするもの。もうこのチームでは戦うことはありませんし、藤春さんがオーバーエイジで呼ばれることもありません。反省させても、それを活かす機会はもうない。もう何もかも終わったことなのです。
今になって何を語っても、何を議論しても、仕方ありません。死体を前にして「あぁいう治療をしておけばよかった」とか「日頃から健康に注意していればよかった」と思っても無意味。できることは坊主を呼んで手早く埋めることだけ。
もう怒りの波は過ぎた頃でしょう。そんなことよりほかの競技を見たほうがいい。サッカーは五輪のメインストリームではないのです。4年に1回しから見る気にならないであろう競技にも、気持ちのいいもの、たくましいもの、技術の高いものがたくさんある。それを見ましょう。あーだこーだインターネットで文句を言っているより、きっとそのほうが有意義な活動ですから…!
五輪の魔物をひとりでたくさん引き受けてくれた藤春さんに感謝!






それと、ロンドンではOAがハマりましたけど、恐らくそっちの方がレアケースであり、日本はおろか海外でも上手く行かない方が多いと思ってます。
マイアミの奇跡だって、ベベトが決めてくれなかったからこそ起きたんですし。
>「このポジションには得点力があって、海外経験があって、威圧感があるチンピラ」という構想
相変わらず視点が凄いですわww