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「伊調超え」で川井梨紗子さんが世界へ!

リオ五輪女子レスリング63キロ級金メダリスト・川井梨紗子さんと、言わずと知れた「世界の」伊調馨さんとの頂上決戦。女子57キロ級のひとつしかない出場枠を巡る争いは、川井梨紗子さんに軍配が上がりました。まだ確定というわけではありませんが、別階級で世界選手権を連覇している金メダリストが、今年の世界選手権でメダルを獲れば「そのまま東京五輪の代表に内定」するのです。ほぼ決した、そう言っていいでしょう。伊調馨さんの五輪5連覇は「ほぼ」なくなりました。

ただ、納得のいくなくなりかたではありました。

モチベーション、体力、いろいろなものを経験で補いながらの5度目の五輪への挑戦。5連覇という継続性がなければ、この挑戦自体も行なわれたかどうかというところ。それでも伊調さんは、いろいろな意味での休養を経て再起してくれました。まず「挑戦してくれた」ことに本当に感謝したいところ。世間はもちろん5連覇が見たい。けれど、やるのは伊調さん本人です。身体を追い込み、人生を捧げるのは伊調さん。その挑戦を見させてもらえたことは本当にありがたいことでした。仮にこのまま伊調さんの東京五輪がなくなったとしても、それは「挑まずになくなった」わけではないのです。「挑んで敗れた」という納得の結末なのです。

そして、敗れた相手は日本の選手だった。伊調馨を倒したのが世界の誰でもなく日本の川井梨紗子だったというのは、日本レスリング界にとっても誇らしいことでしょう。これがヨソの国であるならば「五輪4連覇の偉大な女王を倒したのは自分たちの選手だ」とバンザイするところ。「伊調さんの東京五輪がほぼなくなった」を同時に受け止めなければならない日本だからお祭り騒ぎにならないだけで、「ウチの選手が伊調を超えた」はとても喜ばしい日、とても嬉しい日のはずです。

しかも川井梨紗子さんは、伊調さんと同じく姉妹でレスリングに取り組む川井姉妹の姉です。伊調さんの五輪5連覇はほぼなくなりましたが、山本姉妹も、伊調姉妹も、坂本姉妹も成し遂げられなかった「姉妹での五輪金」という挑戦は継続することになったのです。「これを見てみたい!」と思うテーマはしっかりとつながっているのです。

どんな選手にも負ける日はきますし、挑戦が終わる日はきます。ときには不満足な、残念な終わり方もあります。けれど、伊調さんの挑戦がこのまま終わったとしても、「最後まで挑み」「強い相手に敗れ」「新たな物語がすぐにつながった」という意味では決して悪くない。しっかりとエンディングをつけたうえでの決着です。まだ「ほぼ」という段階なので伊調さんも心を切らないでしょうし、コチラも感謝を述べる段階ではありませんが、この物語の映画監督に「こんな感じの終わり方でよいですか?」と問われたなら力強く「大丈夫です!」と答えたい。心からそう思える戦いでした。歴史に残る一戦でした!

↓世界の誰にも「伊調超え」はやらせない!川井梨紗子さん、伊調さんを下して世界選手権へ!

伊調馨は五輪で一度も負けなかった!

世界の誰にも負けなかった!



和光市体育館で行なわれたプレーオフ。ほかの階級での決着戦と合わせて6試合だけの戦いは、小規模な会場であることから一般観衆の入場を差し止め、関係者と報道陣だけが見守るものとなりました。もしもお金を稼ぐつもりがあれば、数千人もの有料入場者が集ったであろうドリームマッチは、ごく一部の人たちだけがそこに立ち会うことを許される…さながら「神事」のような雰囲気で始まります。

東京五輪という大目標を見据え、どの選手も燃えています。勝って泣き、負けて泣く。終わり方を問わずに勝者敗者いずれの立場でも泣く、そんな人生の大一番の連続。その最大の戦いとして行なわれる川井梨紗子さんと伊調馨さんの試合。マットに上がった両者はこの一戦の重さを当然知っています。「負ければ東京五輪はなくなる」と思っています。

試合は激しく梨紗子さんが攻めていく構図。伊調さんはやや腰高で、下から突き上げるような梨紗子さんの攻撃によって押し込まれます。しっかりと伊調さんが組み止めて制することで、それ以上の技こそ出させず、逆に梨紗子さんに「消極的である」という注意も出ますが、攻めているのは梨紗子さんです。

二度の「消極的だ」注意の結果、梨紗子さんは「次の30秒で得点できなければ1点を相手に与える」アクティビティタイムを課せられます。ここは得点動かず、伊調さんに1点が入ります。ただ、レスリングでは同点の際には、ビッグポイント…1回の技でより大きな得点をあげた側が勝つという決まりがあります。1点ずつを失って0-2とされても、タックルなどから2点の攻撃を決めれば「2-2同点でもビッグポイントの差で勝ち」となる。だから、1点を失おうとも焦ることはなく、どこで攻めを「決める」か、チャンスをじっくりとうかがっていきます。

第1ピリオドの終了間際、タックルから伊調さんの左足をつかんだ梨紗子さんは、素早い旋回で伊調さんの反撃をかわしながら、伊調さんを担ぎ上げる場面を作ります。攻める梨紗子さんと、それを驚異的なバランスでしのいでいく伊調さん。伊調さんは完全に逆立ちするような状態まで追い込まれますが、そこから脱して逆に相手の足を取りにいく反撃を見せ、梨紗子さんもそれを察して素早く飛び退く。スコアは動かないものの、東京五輪がふたりの間をいったりきたりしています。攻撃⇒返し技⇒再攻撃⇒返し技⇒両者飛び退いてにらみ合う…達人同士の死闘のような第1ピリオドです。

↓この態勢から赤・伊調さんが脱出して足を取りに行く展開が想像できるだろうか?

梨紗子さんの攻めもすごいが伊調さんの受けもすごい!

勝負は第2ピリオドへ!


首を傾げながらインターバルに入った伊調さん。「上手くいっていない」という様子です。梨紗子さんは先に世界選手権の代表を決めている妹・友香子さんのサポートで、給水やマッサージを受けています。姉妹での五輪、ふたりで挑んでいます。

そして迎えた第2ピリオド。梨紗子さんは開始8秒でタックルに入り左足を持ち上げますが、またも伊調さんは片手片足の態勢でそれを凌ぎます。ただ、受けているだけでは得点は取れません。技が出ない伊調さんにアクティビティタイムが課せられると、30秒間でスコアが動かなかったため、梨紗子さんに1点が入ります。「攻防のなかで私がバックにまわったのではないか?」という表情の伊調さんですが、梨紗子も伊調さんの足をガッチリとつかんでおり互角の凌ぎ合い。これで1-1の同点。残り1分47秒。

そして残り1分での攻防。再びのアクティビティタイムを課せられた伊調さんは、ここでもう1点やるわけにはいかぬとこの日初めてタックルから足を取ります。しかし、梨紗子さんはその攻撃を凌ぎ、逆に伊調さんのバックにまわって、伊調さんの両肩を90度以上傾けさせるニアフォール(デンジャーポジション)とします。これは2点となる攻撃。大きなポイントが梨紗子さんに入ります。

↓勝負をわけた大きなポイント!この攻めで梨紗子さんが3-1とリード!


うん、しっかり攻めてる!

押し込まれてるのではなく、意志を持って肩をマットに傾けさせている!




その後の攻防で、スコアは5-2、梨紗子さんの3点リードまで動きますが、伊調さん側よりチャレンジの要求が入ります。チャレンジが失敗すれば梨紗子さんにさらに1点が入り6-2で残り33秒となるところ。そうなればほぼ絶望的です。勝負のチャレンジです。伊調さん側のセコンドである田南部コーチはマットに上がって抗議したということで一足先に退場処分を受けました。

長い協議の結果、先の画像のプレーで3-1となったあと、伊調さんの態勢は戻っていないということで、再度肩を傾けたことによる梨紗子さんの追加の2点は取り消されます。そして、伊調さんが切り返してあげた1点は残ります。チャレンジが成功したという扱いですので、最終スコアは3-2となって試合再開。伊調さんに可能性が残りました。

ただ、梨紗子さんは先ほどのプレーで2点をあげていますので「1+2」での3点。伊調さんは「1+1」での2点ですので、もしあと1点を取って「1+1+1」の3点にしても、判定ではビッグポイント2点をあげている梨紗子さんが勝ちます。つまり、「残り33秒で相手に1点やっていい」という、梨紗子さんが逃げ切りを狙える状態での試合再開でした。

6月に行なわれた全日本選抜でも同様の展開から「あと1点やってもアタシの勝ち」と理解したうえで、しっかりと逃げ切った梨紗子さん。この日も、その1点をしっかりと使い切って逃げます。間合いを遠くとって伊調さんのタックルを許さず、何かあればすかさずバックステップします。「場外に押し出されての1点はやってもいい」という勝負に徹した戦いぶりです。

終盤に伊調さんが仕掛けたタックルも、梨紗子さんは「場外まで逃げて1点で止めればアタシの勝ち」とわかっていました。ヘンにこらえることはなく、自分から積極的に場外へと進んでいきます。伊調さんはスコア上は3-3の同点としますが、残り2.71秒という時間でもう1点取らないといけない状況。あとは冷静にさばくだけ。川井梨紗子さん、見事に逃げ切って勝利です!

↓積極的だった!そして冷静だった!強い伊調さんに強い梨紗子さんが勝つ、名勝負でした!


これが東京五輪の金銀マッチだったな!

お金払うから現地で見させて欲しかった!




受けの上手さ、懐の深さ、そういった面で伊調さんのチカラはさすが「世界の伊調」でした。しかし、近年見られる攻めの遅さは、やはり勝ち切るには至らない部分でした。先に攻めつづけた梨紗子さんと、それによって2度のアクティビティタイムを課せられた伊調さん。受けているだけならもっと凌げたのでしょうが、アクティビティタイムによって「攻めなければ」と伊調さんが攻めに掛かったところで、ビッグポイントを許す展開になりました。

「攻めなければ」ではなく、「攻めるのだ」の心。

伊調さんが待つ階級へ、伊調さんを倒さねば東京五輪はないと知りながらやってきた梨紗子さんの「攻め」が、この僅差の勝負をわけた理由かなと思います。それは若さであり、勢いであり、伸びしろなのかなと思います。伊調さんを倒した以上、世界選手権でもしっかりと金を獲って、東京五輪でも金を獲ってほしいもの。五輪2連覇、期待しています!


伊調さんの5連覇を止めるなら、東京五輪で金を獲らないとですね!