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TOKYO2020はこの気持ちでいきましょう!

改めて東京五輪への想いが高まるようなエモーショナルな番組でした。7日にNHKBSプレミアムで放送された『アナザーストーリーズ 運命の分岐点 吉田沙保里が負けた日〜最強伝説の真実〜』の回は、スポーツというのはいいものだなぁとしみじみと感じさせ、そして「かくありたい」と思わせるような想いの交錯を丁寧にまとめていました。

複数の証言者の声を束ねて、ひとつの分岐点をさまざまな角度から採り上げていくというスタイルの同番組。別の回でとてもいい番組作りをしていたことが印象に残っており、ときおりチェックしているのですが、NHKBSプレミアムならではの余裕というか、商機を狙って拙速に走るようなことがないのが、当たり前ではあるのですが素晴らしい。

2020年に吉田沙保里、その遅さ。

登場する人物も吉田さん本人と、リオの決勝で戦って吉田さんを負かしたヘレン・マルーリス、アテネ・北京・ロンドンで吉田さんと五輪のメダルを争ったトーニャ・バービークの3人。これは2016年に同じ企画を思いついたとしても、同じ顔ぶれでの番組作りは可能だったことでしょう。

ただ、何事にもしかるべき時というものがあります。あの負けをどう総括するか、それは吉田さんが勝ち負けの物語を終えてからでないと意味がありません。「負けて強くなった」のか、「負けて納得できた」のか。その区切りと言えるのは2019年1月の引退会見であり、ここまでは総括のしようがないのです。吉田さんがこれからどうするのか、本人含めて誰にもわからなかったのですから。『情熱大陸』なら2016年に撮って出しでやってしまうところを、しっかりと区切りまで待ってから、TOKYO2020の今こそが吉田さんに再びスポットライトを当てるべきときだと取り組んだ。その時点で、いい番組になると期待が持てました。

↓今、改めて、吉田沙保里とは何だったのかを振り返る!




まず番組は吉田さん自身の振り返りから始まるわけですが、基本的に新しい話はありません。「負けた人の気持ちがわかった」などの言葉も、引退会見を含めて何度も繰り返してきたものです。それが吉田沙保里らしさです。吉田さんは天真爛漫であり、あけっぴろげな人です。自分の感じたことを隠すではなく、それをオープンにしてきました。奥歯に挟まっているのは伊調パワハラ問題へのご意見くらいです(!)

だからこそこんなに愛された。地上最強の絶対女王でありながら、その辺のおねーさんでもあった。その人柄は太陽のようであり、女子レスリング界を照らす象徴でした。代名詞でもある「高速タックル」もレスリング・フリースタイルを象徴する技です。野球で言えば200キロの豪速球です。レスリングのド真ん中です。強いだけでなく、象徴的だった。

言うなれば、今回の番組は太陽を見る人間の言葉を束ねるような話です。いかに太陽が熱く、大きく、神々しかったのか。人間の言葉を聞きながら太陽が「ほーん」と思う。そんな話です。「頭が空っぽよ、1回戦で(サオリと)当たるなんて」「気づいたらもう終わっていた」「何が起きているかわからないうちに何か起きていた」などと下々がひれ伏すのを、太陽はさして気にもしていない。さすが吉田沙保里だな、改めてそう思います。



その太陽を下から見上げてきたのが、第二の視点ヘレン・マルーリス。吉田さんを「初めて出会ったレジェンド」だと挙げるリオの女王は、この取材にあたってニッコニコです。出迎えるカメラと会った瞬間からニッコニコで、話始めるとニッコニコが止まりません。現在は肩の負傷を治療しながら東京五輪での連覇を目指しているとのことですが、戦いへの緊迫感さえないような笑顔です。

アテネで吉田さんが金メダルを獲り、その輝かしい姿によって自分がレスリングをつづけることができ(※両親の反対を押し切った)、いつか吉田さんと五輪で戦いたいという目標を持てた。その夢のために吉田さんと同じ55キロ級を選び、階級変更ののちも過酷な減量に耐えて53キロ級に留まった。その過程を語るマルーリスは「私の推しについて語る女子」そのものです。

「(初対戦時)すんごいタックルでした!」
「あんなの対策のしようがありません(笑)」
「本当に強かった!」
「減量は確かに大変でした」
「でも53キロとか58キロとか関係なく」
「自分がオリンピックで誰と戦いたいか」
「サオリと戦う夢を叶えたい」
「(リオの決勝で吉田さんを見たとき)銀メダルでいい!十分!と思った」
「でもすぐに、ヘレンダメよ、金メダルを目指して最高の試合をしようと思った」
「オリンピックの決勝で最高の相手と戦っている」
「夢が叶った、チョー幸せ!」
「チョー幸せと思っていました」

彼女の話すこともまた基本的にはすでに聞き及んだことです。ただ新鮮でした。若手の成長に驚き「圧」を感じていたという吉田さんと、「サオリに憧れて決めた私のスタイル、とにかく攻める」と意志を貫いたマルーリスの攻防。レスリングの試合でありながら、「私、あなたのファンなんです!」と詰め寄るかのような想いの交錯は、2020年に改めて新鮮な気持ちを呼び起こすものでした。

これこそスポーツだなと。勝つことがすべてではなく、自分がこうなりたいと願い努力する日々が大切なのであると。その目標となるのがオリンピックや金メダルであり、自分の日々がどれだけ充実していたかの目安となるのが勝利や記録なのだと。吉田沙保里というもっとも強大な敵は、もっとも大きなチカラをくれる存在でもあった。レスリングを頑張ろうと思った日、その「初心」を思い出させるようなマルーリスの姿でした。



そして、太陽を上から眺めていたのが、第三の視点トーニャ・バービーク。現在はカナダ代表チームのヘッドコーチをつとめるバービークは、6歳年上で、一大会早くレスリングを退いたものとして、沈まぬ太陽の夕暮れを予感していました。リオのスタンドから見た吉田さんの姿は、かつての吉田沙保里ではない「まるで別人」だったと言います。

その原因についてバービークは自身のレスリングがそうさせたのだと、後悔を持って語ります。自身最後の五輪となったロンドン、負けっぱなしで終わるのはイヤだと自身の強みを捨て、守備的な試合をしてしまった。そこである程度の善戦をしてしまった結果、消極的なレスリングスタイルが主流になった。試合が長引くようになり、消耗戦の影響から吉田さん自身も攻めの姿勢を失っていったのだと。リオの1年前から、吉田さんの敗戦について予感していたとも言います。

ただ、そうした敗戦を経ても、バービークが抱く吉田さんへの敬意はまったく変わりません。「あなたは永遠のチャンピオン」「吉田沙保里がいたから女子レスリングはここまでになった」「そのことをちゃんと語り継いでいくべき」だと熱っぽく語るバービーク。そしてバービークもまた、マルーリスとまったく同じ言葉を発します。吉田沙保里という強大な敵が自分に何をもたらしたのか。スポーツの本質と言えることを。

↓太陽からの無慈悲な言葉と、それでも太陽に憧れる気持ちの交錯!

吉田:「(バービークは)私がいなかったらチャンピオンになっている人だな、と(笑)」

バービーク:「カナダのひどいマスコミによく聞かれたわ、いつも銀メダルですけれど、サオリ・ヨシダと同じ階級でなければ1位になれたとは思いませんか?って」

バービーク:「でもそういう人はスポーツの醍醐味がわかってない」

バービーク:「自分より優れた人がいたら、その人を超えるために何倍も努力できる」

バービーク:「そんなモチベーションを与えてくれることに感謝をしないと」


バービーク:「特に私がいた階級は、サオリという絶対的な存在がいたことで一気にレベルが上がりました」

バービーク:「私はいつも彼女と対戦するたびに、ワクワクしていましたよ」

この気持ちをもって試合に臨む、常にそうありたいという真髄!

大きな敵だからこそ、人生をもっと頑張れる!



「オリンピックは参加することに意義がある」などと言いますが、まさにこういうことなのだと僕は思います。勝つのはもちろん嬉しいですが、大きな目標を持って、自分を高めていけること。「これぐらいでいいや」ではなく限界の先の先まで目指せること。どうせ死んだら焼かれて土になる人生で、どれだけ自分で自分を燃やせるのか。スポーツは、人生の素晴らしさをわかりやすく示してくれるのです。そして「自分もまたこんな風にありたい」と思わせてくれるのです。

吉田沙保里という巨大な太陽があり、それに負けっぱなしであった人も、それに憧れて乗り越えた人も、それぞれに自分の人生を輝かせています。太陽に近づけば、その反射で眩しく光るように、頑張ることの素晴らしさを身をもって示しています。そんな熱い気持ち、2020年を迎えるのにふさわしい気持ちになれる番組でした。レスリングへの興味の有無に限らず、TOKYO2020新春の誓いとしてぜひ心に入れていただくといいのではないでしょうか。地上波での再放送は13日の月曜日。「エモさ」でいっぱいになりますよ!

↓こんな瞬間を東京でたくさん見られる!その喜びを感じて2020年を生きましょう!




自分を高めるために頑張った人は、勝っても、負けても、美しい!