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松山英樹さん、マスターズ優勝!

この凄さをどう例えたものか、非常に難義します。歴史と伝統、そして「憧れ」「尊敬」といった無形の価値を備えたマスターズで勝つことはゴルフというスポーツにおいて最高の栄誉であることは疑いありません。単なる勝者ではなく、誉れ高き英傑。最終日の18番、グリーンへの丘を登るとき、夕日のなかで影となったパトロンたちがスタンディングオベーションで出迎える光景は戴冠式のよう。あまりに誉れ過ぎて、何で例えればよいかもわからないほどです。

中継の冒頭で流れるのが恒例の「オーガスタ」という歌は、マスターズが行なわれるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブの情景を歌ったものです。マスターズを創設した球聖ボビー・ジョーンズに始まり、ジャック・ニクラウスやアーノルド・パーマーといったゴルフの枠を超えた伝説たちを歌い上げた賛歌。何十年何百年と歌い継がれるような者を、このトーナメントが選び取る。人間が勝ち取るというよりは、ゴルフによって選ばれる、そんな厳かな儀式のような感覚で見守る舞台です。





今年、日本からこの舞台に招待された男子プロは松山英樹さんただひとりでした。日本においてゴルフのプレゼンスは高くないように、世界において日本ゴルフのプレゼンスは高くありません。かつては慣例的に招待されていた「日本ツアーの賞金王」への招待状は、今では来たり来なかったりとなりました。日本からマスターズへと駒を進めるには「世界ランク50位」というのがひとつの目安となります。出場するだけでも非常に狭き門、選ばれし者の舞台です。

そんななか世界で戦い、昨年のPGAツアー最終戦「ツアー選手権」に進出するなどした松山さんは、8年連続10度目となるマスターズへの出場資格を得ていました。過去最高位は5位、優勝争いを演じた場面もありました。2017年には全米オープンで2位タイ、全米プロゴルフ選手権では残り9ホールで首位に立つなど、メジャータイトルまであと一歩に迫っていました。堂々たる実力者・有資格者です。「日本の」ではなく、「世界の」ゴルファーです。

ただ、それでもマスターズは遥か遠くだと思えてなりませんでした。

実際、この大会でも松山さんは有力プレイヤーのひとりに過ぎない存在でした。大会前半は首位を走るジャスティン・ローズ(リオ五輪金)と、初出場のウィル・ザラトリス(最終順位2位)が注目を集め、「ザラトリスの初出場初優勝なるか」というのが話題の中心でした。松山さんは静かに、堅実にスコアを重ねていましたが、2日目を終えた段階で4アンダーの6位タイ。15人ほどが僅差で競り合うなかのひとりでした。2日目の13番で長いところを沈めてのイーグルなど映える瞬間はあるものの、この人数から都合よく日本の松山が抜け出して勝つ、そんな未来はまだ想像できませんでした。

様子が一変したのは3日目の後半。首位グループよりも先行してプレーする松山さんが11番ホールに入ったところでした。ティーショットをミスし、松山さんのボールは林に飛び込んでいました。11番・12番・13番は「あまりにも難しく神にも祈る」ことからアーメンコーナーと称される難ホール。トラブルからどう脱出するかというピンチの局面で、雷雲接近による77分間の中断が起きました。

全員に等しく訪れた中断ですが、松山さんのプレーはこの中断後、冴えわたりました。11番のトラブルをアイアンでの素晴らしい寄せで一気にバーディーチャンスへと変えると、11番・12番と連続バーディーで首位に並びます。14番ではグリーンを外して苦しい場面もありますが、返しのアプローチでピンそばまで寄せる素晴らしいリカバリー。とにかくアプローチの精度が素晴らしく、高く上げてピタリと狙ったところに落としてきます。

画面で見ていても勾配が大きく、グリーン周辺もグリーン内もどこもかしこも坂と段差だらけというコースは、少しの強弱であっという間に坂下までボールを持っていかれます。広くて置きやすい場所に球を運べば下りの難しい一打を求められ、スコアアップのチャンスをつかむには狭くて危険な場所をしっかり狙わないといけない。グリーンも固くて速い。カップの位置が意地悪。それは世界のゴルファーの進化ゆえのことかもしれませんが、「鬼畜」と言いたくなるような設定です。解説席からは「難しい」「厳しい」「見た目とは全然違う」といったうめき声のようなものが常にあがっています。

そんな難コースにあって松山さんはアプローチでの抜群の精度によって、狭くて難しい位置に球を運んでいきます。解説の中嶋常幸さんが提示する「ここにいけたら最高」からさらに一歩先に寄せるそれは「正解」を超えた「大正解」とでも言うようなプレー。それでもなお2〜5メートルくらいのパットを沈めれば、という条件付きのチャンスではありますが、松山さんは身体も心もブレない自信に満ちたパッティングで、ボギーを出さず、パーを確保し、ときおり訪れるバーディーチャンスをものにしていきます。我慢を当然とし、少ないチャンスを崩れずに待つ「不動心」のゴルフです。

3日目の15番では2打目を池に挟まれて狙いづらいカップ周辺にズバリと寄せてイーグル。この2打目は今大会の松山さんのハイライトとなるような、スーパーショットでした。これで単独首位に立つと、雨が降る悪天候のなかでスコアを落としていくライバルを尻目に3日目のバック9だけで「-6」とする猛チャージ。2位に4打差をつける単独首位で最終日へと向かうこととなりました。

↓3日目の11番、あの雷雲中断から歴史が動いていった!




最終日最終組、松山さんは3日目と同じシャウフェレとラウンドします。シャウフェレはよくも悪くも出入りの激しいゴルフですが、とても明るくて前向きです。トラブルにもめげず、逆にオーバーしそうな寄せがピンに当たっていい位置に止まるなどラッキーにも恵まれています。3日目は多くの組がスコアを落とすなか、松山さんとシャウフェレは相乗効果のようにスコアを伸ばしました。松山さんがイーグルを取った15番では、シャウフェレも18メートルのロングパットを沈めてイーグルとする「共演」もあり、瞬間的にトップに並ぶ場面もありました。

最終日もその勢いのままにふたりがスコアを伸ばしていきます。前半9ホールでは松山さんが5打差まで引き離す場面もありますが、後半に入ってシャウフェレが猛チャージ。12番から15番までを4連続バーディーとして3打差に迫られます。松山さんもさすがに優勝を意識し出したか、15番では前日のイーグルと同じあたりを狙うも、「アドレナリンが出過ぎて」グリーン奥側で池ポチャするなど、つづけざまにボギーを叩いています。

ただ、幸いだったのは3日目の時点で4打差という大きなアドバンテージをもって最終日に臨めていたこと。池ポチャがあっても「ボギーで止めればOK」という状況は、トラブルでも冷静さを保つ助けとなりました。一方で追いかけるシャウフェレは「攻めつづけなければいけない」という背水の状況。逆にシャウフェレが池ポチャに見舞われた16番では、その一打で緊張の糸が切れたか、打ち直しのショットも観客のいるあたりに入れてしまい、このホールを「+3」として優勝争いから脱落します。

他の組の状況を見れば、2位につけるザラトリスは先にホールアウトしてトータル9アンダー。松山さんは残り2ホールで11アンダー。残り2ホールで2打差をキープすれば優勝という状況です。自分との戦いとなった17番は、2打目をいい位置に寄せてしっかりとパーをセーブ。最終18番パー4はティーショットでフェアウェイをキープし、「大トラブル」の可能性はほぼなくなりました。2打目をグリーン横のバンカーに入れるも、しっかり出せば、2パットしてもまだ優勝。

「こういうシーンを見られるなんて幸せだね」と放送席が万感迫るなかでの2メートルを外すご愛嬌はありましたが、「決めれば勝ち」の最後の一打はさすがに外しようもない30センチからのパット。トラブルがあっても粘り強く、にじり寄るようにカップに近づいてきた4日間を象徴するように、リードを使い切って「マスターズまで30センチ」に寄せてきた松山さん。そして栄光のウィニングパット。

これを沈めたのち、放送席は1分間近く沈黙しました。会場の音を流そうとしていたのではなく、実況の小笠原アナも、ゲストの宮里優作さんも、解説の中嶋常幸さんも泣いていました。かろうじて小笠原アナが言葉を紡ぎますが、ゴルファー2人は話すことができません。自身もこの舞台に挑み、跳ね返されてきた者だけがわかる、偉業の重みと、見果てぬ夢を叶えてくれたことへの感謝とで嗚咽するばかり。「すみません」「おめでとう」そんな放送席です。

↓いくつものトラブルを乗り越えてマスターズ優勝までにじり寄った長い長い一日!


最後は耐えるばかりだったけれど、耐え切った!

日本人初、アジア初の、マスターズ優勝!


松山さんを支えるキャディー、チームスタッフ、そして米国でのマネージャーも務めているという通訳さん、「チーム松山」とともに噛み締める勝利。ピンを戻して深く一礼する早藤将太キャディーの姿は世界で話題となりました。松山さんを傍らで見守るボブ・ターナーさんは「マスター」をにこやかに支えました。それぞれがそれぞれに報われるような時間です。

パトロンたちを前にした優勝者スピーチの際には、早々にスピーチを切り上げて「もういいか、センキュー!」で帰ろうとする松山さんに、ボブさんが「オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブに感謝の言葉を」と耳打ちして最後のお礼を述べさせるという一幕もありましたが、そうしたサポートも含めてのチームのチカラ。初々しくも素晴らしい幕引きとなりました。

↓栄光のグリーンジャケットを得た松山さん!

解説の中嶋さんからは「一回袖通させてくれ」の予約も入りました!

「グリーンジャケット着させて」オジサンが大量発生の予感!



悲願と呼ぶにはあまりに遠い目標でした。「自分が生きている間には起こらないかな」と考えていた出来事のひとつでした。しかし、目指している限りはこんな日もあるのだと勇気をもらえる出来事に今はなりました。松山さんの手前にはたくさんの夢破れたゴルファーたちがいました。解説席の中嶋さんや宮里さんももちろんそうですし、たくさんの日本のゴルファーがこの夢を追い、破れてきました。

ただ、そうした人の夢が叶わず、松山さんの夢だけが叶ったのかと言われれば、そうではないと思います。「いつかメジャーで勝ちたい」「いつかマスターズで勝ちたい」と願い、破れ、失意と落胆にむせぶ先人たちの姿があったからこそ、遠く日本にあっても「この夢は素晴らしいものなんだ」と気づくことができました。日本で一番の選手たちが、狂おしく求めるものならば、きっと素晴らしいものなのだろうと。

そういう人たちの積み重ねがあって、これを目指すのだと思った子どもたちがいて、そのすべてがつながって今日になったのだと思います。目指した一人目がいきなり叶えられる夢なんてたかが知れています。何人もが目指し、破れた夢だからこそ素晴らしい。破れた人は夢叶わずに負けたのではなく、その夢に近づくための足掛かりとして、「寄せの一打」を放っているのです。ひとりではたどりつけない夢へとにじり寄ってくれているのです。つづく者が少しでもいい位置からピンに迫れるように。

だから、その歴史を傍観してきた者としては、「中嶋さんには袖を通させてあげてほしい(ジャンボは別にいいけど)」と願います。叶わぬならば姿見に映すだけでも。そして振り返りましょう。中嶋さんがバンカーから出ないボールを叩きつづけた日や、木にボールを引っ掛けてどうしても落ちてこなくなった日、すなわち世界に挑んだ日々のことを。自分の無念は決して無駄ではなかったと、報われる気持ちになってくれるはずです。自分では勝てなかったけれど、夢見た姿にはなれたじゃないかと。

そして、松山さんはグリーンジャケットを持つ者として、生涯出場できるこのマスターズの舞台に立ちつづけてほしいと思います。当分はさらなる夢への挑戦を見せる主役として、やがては後につづく者たちを迎え撃つ壁として、そしていつか新たな世代につなげる「寄せの一打」を放つ者として。マスターズで勝った松山英樹でさえも届かなかった「見果てぬ夢」が次の世代に残るなら、それはきっと目指す価値がある夢です。なるべく近くまで、迫ってもらえたら嬉しいなと思います。

全英、全米、見果てぬ夢はまだまだあります。

もしあれば、東京五輪もお願いしたい。

その舞台で繰り広げられる青木功VSジャック・ニクラウスのような「4日間の激闘」に期待します!


テニス、ゴルフで優勝を見てしまった!そろそろ競馬もいけると思います!