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「生涯最高」を目指す人の姿は、素晴らしい!

明暗分かれる五輪です。明も際立っていますが、暗もまた際立っています。2020年であれば、きっと金メダルだっただろう選手が数多く苦杯を舐め、大会を早々に去っています。特にその暗の部分が折り重なっているのはバドミントンでしょう。

大会前にはこの五輪は日本にとって「バドミントンの大会」になるとさえ思っていました。男子シングルス・女子ダブルスでの金メダル、女子シングルスでのメダル獲得、その勢いで男子ダブルス・混合ダブルスもいけるんちゃうんか、と全種目でのメダル獲得も念頭にありました。それぐらい実績があったし、期待は高かった。それが今やメダル獲得の望みがあるのは女子シングルスと混合ダブルスのみ。金の可能性を残すのは女子シングルスだけとなりました。


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2020年に予定通り大会が行なわれていたら、きっと今とはまったく違う結果が出ていたでしょう。ただ、時計は予期せぬ形で1年動いてしまいました。その1年の間、試合も満足に重ねられないなかで、不安が首をもたげてきてしまったのかもしれません。「この相手に勝つにはすべてをぶつけるしかない」と鬼気迫る攻撃を見せる相手に対して、受けにまわってしまうような姿が印象的でした。世界1位、世界選手権王者、そういった看板が逆の効果を生んでしまったように思います。

特にこの時計のズレによって不遇の五輪を迎えたのは、女子ダブルスの福島由紀・廣田彩花ペア、通称フクヒロペアでした。6月の合宿中に廣田さんが負ったという右足前十字靭帯断裂の大怪我は、五輪終了後はすぐに手術を受けなければならない状態だといいます。試合会場に現れた廣田さんの右ヒザには素人目にも「靭帯が切れた」とわかるサポーターが巻かれており、異変は明らかでした。

初戦をイギリスペアに勝利、2戦目はマレーシアペアに勝利して決勝トーナメント進出は決めたものの、3戦目の世界ランク6位インドネシアのポリー/ラハユペアには振り切られて2勝1敗。ポリー/ラハユペアとの試合では、デュースの末に1ゲーム目を落としたことで3ゲーム目までもつれる展開となり、3ゲーム目は力を少しでも残すかのように大差で落としました。

2勝1敗での決勝トーナメント進出により、準々決勝は優勝候補の一角である中国のチェン/ジアペアとの組み合わせに。1ゲーム目は廣田さんに相手のシャトルが集中したこともあって、むしろ狙いを絞りやすいという対処のしやすさもありましたが、コートを広く使って来られるとどうしても「あと一歩」の遠さを感じます。後衛で強打をしようとするときにカクッと抜けるひざ、前衛で短いショットを拾おうとするときに踏み込めないひざ、ここに立てただけでも奇跡的なのだろうと思います。



予定通りに大会が行なわれていれば。あと1ヶ月怪我の時期が遅ければ。繰り言しか出ないだろう状況にも、フクヒロは不満や憤りを見せることはありません。仲間の動きに不安があるなら、自分がそのぶんまで動けばいいという福島さんのフットワーク。試合中にも笑顔で言葉を交わしながらプレーする姿がやけに心に残ります。楽しそうです。

1ゲーム目は取るも、2ゲーム目以降は大差の展開となり、ゲームカウント1-2で敗れたフクヒロペア。最後のポイントを失うとともに、廣田さんは右ひざを沈み込ませるようにして動きを止めました。そして、手を合わせ、肩を抱き合ったふたり。中国ペアから怪我の箇所を心配されると、健闘を祈るように相手の背中を叩きました。涙はあるけれど、笑顔のままで泣いています。輝いています。

「痛かったと思うけれど、頑張ってくれた」

「ふたりで楽しくやれたと思います」

「たくさんの人に支えられてこの舞台に立てた」

「ふたりで思い切ってプレーできたことが本当に幸せでしたし、本当に福島先輩には感謝しています」

「精一杯やった結果がこれなんですけど、自分たちの思いだったりが届いていればいいなと思います」

そんな言葉を残して会場を去ったふたり。今大会を通じて福島さんは「楽しい」を何度も繰り返しました。廣田さんも謝りはしませんでした。目指していたものとはまったく違う現実でも、それでもやはり「楽しい」「幸せ」だと。それは心の真実だろうと思います。すべてが上手くいったわけではないけれど、絶望的な困難から這い上がって、目指していた場所にちゃんとたどり着けたのですから。




バドミントンのペアは一蓮托生のパートナーです。パートナーが怪我をしたからといってすぐさま取り替えはききません。怪我や病気、不幸はすべてふたりに同じだけのしかかってきます。たとえばひとりに感染症の陽性反応が出たら、もうひとりがどれだけ元気であっても、そこで大会は終わりです。個人として出場するよりも倍の難しさがあり、倍の困難があります。

そのぶん自分だけではできないことを「この人と一緒なら」と乗り越えていくこともできます。倍の楽しさがあり、倍の幸せがある。ふたりでいるために移籍もしたし、ふたりだから世界1位にもなったし、本気で五輪の金メダルを目指せたし、こうしていくつかの勝利を残すこともできた。右足が怪我をしたとき、左足は右足を責めません。右足が怪我をしたときは左足が右足を懸命にかばって、少し痛むのです。それがペアです。

ただでさえコロナ禍によってとても難しい状況のなかで、「もうダメだ」と思わざるを得ない怪我をした。それでも「私が立たないと、あの人もたどり着けない」と思ってくれたパートナーがいて、その頑張りがわかるからこそ「ここまで一緒に来られて、楽しい」と笑顔を見せるパートナーがいる。最後までチャレンジをできることへの感謝と、この夢を目指した時間にちゃんと決着をつけられることの喜びがふたりの間にはある。右足は痛みに耐えて頑張り、左足はまだ右足が動くことに感謝している。そう思います。

そして、これが五輪の難しさでもあり、こんなに多くの人が人生を懸けて目指す理由だろうとも。

4年に一度、その日、その時、その瞬間しかない五輪。一番強い人を決めるには不向きな手法かもしれません。何年もかけてランキングを出したほうが正確じゃないかという意見も理解できます。ただ、4年に一度だからこそ生涯最高の準備をして、自分を極限まで磨き上げることができます。平均した出力での勝負ではなく、最大値を発揮して競うことができます。

最大値を発揮しようとすればクルマだって壊れるでしょう。壊れないように緩めれば勝負には勝てないし、限界を超えて追い込めば壊れてしまう。そのギリギリを追求し、「こんなに頑張るのは一生に一度だ」と思って努力をする。すべてを我慢し、すべてを捧げて、その目標を目指す。そうするだけのやり甲斐が五輪にはあり、だからこそアスリートはあんなに光り輝いているのでしょう。「生涯最高」を目指すから、勝っても、負けても、その頑張りは尊いのです。

未曾有の事態のなか、世界は「時計」を動かしてしまいました。廣田さんが怪我をする1年前にあった五輪を、怪我をしたあとの時間まで動かしてしまいました。誰にもどうすることもできませんでしたが、割を食わせてしまったと思います。約束した時間と違ったせいで、辛い思いをさせてしまったと思います。2020年なら発揮できたはずの「生涯最高」の機会を奪ってしまったと思います。

その申し訳なさを感じればこそ、ふたりには心から感謝したいと思います。その不遇を飲み込んでくれたこと。ちゃんとこの舞台までたどり着いてくれたこと。そして、「楽しい」「幸せ」と言ってくれたこと。メダルの形をした富や名声が得られなくても、この目標を目指して頑張ってきた日々が失われず、ちゃんと試合となって残ったことそのものに喜びを感じてくれている姿に、ありがたいなと思います。救われます。

目標を持って生きることは素晴らしい。

目標に向かって頑張ることは素晴らしい。

勝って報われた人の姿には、たくさんのものが重なっているぶん分かりにくくなりますが、負けてなお報われている人の姿には、得たものが少ないぶん本質が覗くと僕は思います。負けて大会を去るフクヒロの姿に心が動くようなら、何かが心に灯るようなら、それが「スポーツのチカラ」だろうと思います。頑張っている誰かの姿に奮い立って、自分の心まで動き出すチカラだろうと思います。

こうした出来事のひとつひとつが世界に放たれ、元気や勇気がわき起こるといいなと思います。

世界のいろいろな場所に「フクヒロ」のような出来事があるといいなと思います。

お疲れ様でした。そして、元気と勇気をありがとうございます。

もしもパリを目指すなら、そのときは困難に満ちた東京のことを、もっと頑張るためのエネルギーにしてください!

↓今、改めて振り返る、大会直前の記者会見での笑顔が、とても尊く感じられます!




試合には負けるもコロナ禍と怪我には勝った!2勝1敗の勝ち越しです!