2021年08月27日08:00
生涯最高、見せていただきました!
東京パラリンピックを迎えるにあたり、何人かその動向が気になっていたアスリートがいます。そのひとりが富田宇宙さんでした。富田さんは競泳のなかの視覚に障がいがあるS11クラスでメダルを争う実力者。2019年の世界パラ選手権では400メートル自由形と100メートルバタフライでメダルを獲得しており、今大会も複数のメダルを狙える存在です。
そんな競泳選手としての顔だけでなく、富田さんはマルチに人生を謳歌することでも知られる人です。メディアへの登場。講演会などの活動。大学時代から始めたという競技ダンスでは数々の大会で活躍し、2018年には「24時間テレビ」の企画のひとつとしてブラインドダンスの大会への挑戦の模様が採り上げられたこともありました。明るい性格と前向きな姿勢、コメントも軽快でバラエティ受けもしそうな人材です。
↓富田さんは佐藤栞里さんとのペアで優勝していました!
全日本ブラインドダンス選手権を生中継!
— 24時間テレビ/8月21日・22日【公式】【日本テレビ】 (@24hourTV) August 26, 2018
池田定道さん&ブルゾンちえみペア、西梨沙さん&マリウス葉ペア、富田宇宙さん&佐藤栞里ペアが見事優勝?
池田雪子さん&松島聡ペア、秋元美宙さん&南原清隆ペアが準優勝、宇田川敏男さん&小倉優子ペアも入賞を果たしました!https://t.co/Kv5wPiHK9x
ただ、一方で気になる部分もありました。どこか競技者としてはひょうひょうとし過ぎているように見受けられたのです。一番印象に残るのは、S11クラスの100メートルバタフライでは金メダルを争うライバルになる、日本を代表するパラアスリート・木村敬一さんとのやり取りでした。
富田さんのほうが年上ですが、パラアスリートとしては木村さんが先輩というふたり。富田さんが「憧れ」と評すれば、木村さんは「自分を高めてくれる存在」と意識する、ライバルであり友人であるという互いを認め合うふたりです。リオ大会当時はふたりのクラス分けは別々でしたが、富田さんの目の病気が進行したことで同じS11クラスとなり、ふたりはまさにメダルを争う直接のライバルとなったのです。
しかし、そんなライバル関係にありながら、ふたり同時の取材において、富田さんは「やっぱり彼(木村さん)に(メダルを)獲って欲しいし、彼が獲ってこそ収まりがいいのかな」などと言うのです。その場では木村さんは「金を獲れば国歌が鳴ります」と視覚に障がいがある同士ならではの焚き付け方をしますが、それを富田さんは「木村くんが獲っても君が代なんでね」ともう一度受け流しました。
そういったやり取りの機会を何度か重ねたすえに、ついに木村さんは「キレ」ました。腹に据えかねた苛立ちをぶつけるように「金メダルを心の底から欲しいと思っているわけじゃないヤツと、俺が戦っているのって何なんだろう」と噛みついたのです。それはライバルと思えばこそ、この切磋琢磨を楽しめばこその言葉だっただろうと思います。アイツに勝とうと燃えている自分って何なんだと。この寂しさは何なんだと。そういうことだったのかなと思います。
今大会に臨むにあたっても富田さんは「自己ベスト」を一番の目標に挙げていました。26日の400メートル自由形S11クラスでは、富田さんは日本記録・アジア記録を持っています。自己ベストを更新すればアジア記録更新ということになり、当然メダルに手が掛かるわけですが、富田さんは「金でも銀でも見えないから色にこだわりはない」といった調子。競泳は相手と戦う種目ではないので、それもまた正しい心持ちではありますが、欲の薄さが気になる思いでした。
競泳男子400メートル自由形S11クラスの決勝が始まる直前、会場ではこの日金メダルを獲得した日本の鈴木孝幸さんの表彰式が行なわれていました。今大会初めて流れる君が代。リオでは流れなかった君が代が序盤で早くも聴けたことに嬉しくなり、そしてこの音は富田さんにも届いているだろうかと思います。誰が鳴らしても同じ、なんてことはないんじゃないかと思いながら。
右手を挙げて入場してきた富田さん。予選では全体2位のタイムを出し、決勝は5コースを泳ぎます。コースロープをガイドのようにして進んでいく富田さんは先頭争いです。泳力自体は4コースを進むオランダのドルスマンが上のようですが、富田さんはターンのたびにその直前にあった差を少し詰めて浮上してきます。棒で頭を叩いてターンのタイミングを知らせるタッパーとの呼吸の成せる技か。ドルスマンが途中のターンで一度「空振り」をし、壁をほとんど蹴ることができなかったのとは対照的です。
先頭から数メートル離された状態で最後の50メートルに向かった富田さんですが、それでも最後まで力泳はつづきます。終盤は再び差を詰めて、4分31秒69の2位でゴール。自己ベスト、日本新、アジア新での銀メダルという快挙の瞬間でしたが、全員が視覚に障がいを抱える選手たちということもあって、勝利のガッツポーズも歓喜の声もあがりません。少し時間を置いてからようやく結果を把握するという静かな決着は、パラリンピックならではの光景でした。
↓「俺が金かな?「俺が銀かな?」「どうかな?」という静かな決着!
東京パラリンピック第3日。競泳男子400メートル自由形(視覚障害S11)決勝が東京アクアティクスセンターであり、初出場の富田宇宙選手が銀メダルを獲得しました。
— 毎日新聞写真部 (@mainichiphoto) August 26, 2021
写真特集→https://t.co/y4zZCdfir5#Paralympics #パラリンピック pic.twitter.com/8K5wzcR6tg
↓NHKによるハイライト動画はコチラです!
このメダルは富田さんにとってどういう意味を持つものになるのか、静けさのなかで見守ったインタビュー。やはりひょうひょうとしているのだろうか、そんなことを思いながら言葉を聞けば、まるで世界が反転するかのように熱さがあふれ出してきます。富田さん本人も涙で言葉を詰まらせますが、こちらまでもらい泣きするような歓喜と感謝でいっぱいです。
「パラリンピックはオリンピックよりも本当にたくさんのみなさんのサポートが必要で」
「練習だけじゃなく、生活から何から、24時間支えていただいて、それで初めて競技ができる」
「ひとつひとつの種目で自己ベストを出して、また恩返しができるように」
そんな強いメッセージ性を備えた感謝の言葉のなかに、ちゃんと聞きたかった言葉もありました。「金メダルを目指してきた気持ちは、もちろんあった。けれども、それ以上にメダルを取ることができて、もう信じられないくらいうれしい」という言葉。そして、メダルを手にして、その重みを「本当に、本当に重たく感じる」と首に感じながら語った「障がいを背負って、いろいろな経験をしてきましたけど、この瞬間のために生まれてきたのかなと思います」という言葉。
あぁ、見事に「生涯最高」が発揮できたんだと思いました。自己ベストを出すことも、メダルを獲ることも、恩返しをすることも、結局は全部同じ行為であるものがちゃんと達成されて、生涯最高の瞬間を迎えることができたんだと思いました。「金メダルは木村君が獲って」という言葉を聞いたときの寂しさのような気持ちもかき消されていくような気がしました。
もしかしたら、富田さんは目標を探し求めて、マルチになっていったのかもしれないなと思います。生まれながらに見えない人とは違い、人生の途中から視力を失うことがどれほど辛いかは、未経験ながらも想像はできます。日々、できることが少なくなっていく暮らし。失っていく暮らし。何をすればいいのか、人生の目標も見えなくなるでしょう。そんななかで「見えなくてもできること」を探し求めていくのは、「人生の目標を見据えて進む」のとは違う向きのベクトルだっただろうと思います。
病気の進行によって世界トップを争う選手となったことも、もしかしたらどこかバツが悪い部分もあったのかもしれないなと思います。頂点を目指して人生を捧げてきた人と、はじめからそれを目指してきたわけではない自分との対比。それが「木村君が獲ってこそおさまりがいい」といった物言いにもつながったのではないかと思います。
しかし、今はもう目標が見えているのだろうと、試合後の言葉を聞いて確信しました。夢だった宇宙飛行士になったわけではなく、失ったものが戻ってきたわけではないけれど、「この瞬間のために生まれてきた」と思える瞬間に富田さんはたどりついたのですから。生涯最高の瞬間を迎え、ここからさらに未来を目指していくのですから。パラリンピックという舞台を通じて、生涯最高にたどりついたのですから。
あの言葉を聞いて、このあとの大会がさらに楽しみになりました。この「生涯最高」を超えていこうとすれば、自己ベストを出して恩返しすることはもちろん、金メダルというさらなる色を目指していくことになるでしょう。消去法的に選ぶ「中の中」とか「中の上」とかではなく、生涯最高の先にある「上の上」を目指すなら、自然とそうなるしかないでしょう。
富田さんと木村さんが競い合うだろう競泳男子200メートル個人メドレーSM11クラスと競泳男子100メートルバタフライS11クラスは、それぞれ8月30日と9月3日の予定。そこで銀の重さを感じた富田さんと、銀の悔しさをロンドン・リオで噛み締めた木村さんとが直接対決に臨むだなんて、何と熱い展開か。
特に100メートルバタフライS11クラスは木村さんと富田さんが今季の世界ランク1位・2位に位置し、文字通りふたりによる金メダル争いになる激アツの試合です。水泳競技の最終日最終盤に行なわれるファイナルアルティメットクライマックスレースであるという意味でも絶対に見逃せない試合です。日程も含めて「これを見ろ!」と言われているとしか思えない試合です。(※この試合激アツだな!と組織委員会も思ってこういう日程を組んだのでしょう)
「大変な人が頑張っているから」という理由ではなく、どっちが勝つんだと気になって見ずにはいられない試合がそこにある。そこで生まれるドラマを存分に受け止めるためにも、ここからの日程もしっかりと見守っていきたいもの。できれば木村さんのリオのビデオを見返したりするともっとよいかなと思います。「瀬戸VS萩野を超えるんじゃないか?」くらいの注目度で木村VS富田を楽しみましょう!
↓リオでは木村敬一さんは100メートルバタフライS11クラスで銀でした!
100メートルバタフライS11クラス決勝は9月3日の19時40分頃!
今大会でも必見の試合のひとつです!
パラリンピックは日本側の望む日程が通っている感じで、見やすいですね!