2021年09月02日08:00
パラアスリートは創意工夫で競い合う!
熱戦つづくパラリンピック。大会も後半戦に差し掛かった1日は大会最大のスターが登場しました。ドイツのマルクス・レーム選手。陸上男子走り幅跳びT64クラスで世界記録8メートル62を持つレームさんは、もはやパラアスリートという枠を超えた存在。この地上で、もっとも遠くまで跳ぶ人間のひとりです。
今大会での注目はパラリンピック3連覇に加えて、大記録の樹立。「砂場が小さく感じるようなジャンプを見せたい」と語るレームさんが、自身の持てるチカラを発揮すれば、同じ会場で行なわれた東京五輪の優勝記録8メートル41を上回る可能性もあります。五輪よりもパラリンピックのほうが上の記録を出す。実施日も参加選手も違う両種目の記録を比較することが適切かはともかく、「五輪よりもパラリンピックが跳んだ」は爆発的なインパクトでその偉業を彩るでしょう。大注目です。
“There is no ‘I can’t’.”
— #Tokyo2020 (@Tokyo2020) September 1, 2021
Markus Rehm of #GER needs no introduction. The #ParaAthletics superstar, who holds an astonishing 8.62m world record, is leaping for his 4️⃣th #Paralympics #gold
Don’t miss him in the Men's Long Jump - T64 Final at 20:25! 🕣
中継の冒頭、スペシャルナビゲーターをつとめる櫻井翔さんはあえてあの話題を出します。「義足の反発力」という、レームさんに対して常に向けられてきた懐疑的な視線についてです。あの板バネがものすごいジャンピングシューズなのではないかという疑念についてです。櫻井さんは言葉を選びながら慎重に、「義足の反発力よりも義足で助走をするほうが難しいという記事を見た(つまりメリットがあるわけではないんですよね)」と、素朴に、ただしその先には毅然とした答えを期待して問い掛けます。
その問いに答えたのは、競技用の義足を研究する専門家・保原浩明さんでした。保原さんは助走はもちろん難しいとしつつ、「義足の反発力」というものについては「よく誤解されるんですが」「あの義足に反発はほとんどありません」と完全に否定しました。有利不利とかではなく「ほとんどない」のであると。ホームランを打ってくれよと投げたボールが、会心の当たりで場外まで飛んでいったような感覚。気持ちよくこのあとの競技をみんなが見られるようになる、痛快なやり取りでした。ふたりのキャッチボールに感謝しながら競技開始を待ちます。
左足が義足の選手、右足が義足の選手、両足が義足の選手、義足ではないけれど機能障がいがある選手、さまざまな選手が登場してきますが、無観客であってもレームさんの存在感は抜群です。「これ関係者全部集まってきてるだろ」と音で感じる盛り上がりです。やや向かい風、走路が雨で濡れているという悪コンディンションではあるものの、各選手は6メートル台、7メートル台の記録を順調に刻んでいきます。1回目、最後に登場したレームさんは8メートル6センチとまずはしっかり記録を残してきます。この時点で東京五輪なら8位入賞相当の記録、はたしてどこまで伸ばしていけるのか。
2回目は踏み切り合わずにファール。手拍子を求めて跳んだ3回目は8メートル9センチとわずかに記録を伸ばすにとどまります。4回目は本人的には首を振る跳躍で8メートルに届かず。5回目は8メートル18とし、五輪でもメダル争いができる記録まで伸ばしてきますが、やはりまだ首を傾げる感じ。それでも最後の6回目は、これまで以上の高さと伸びで自身の世界記録ライン付近まで迫るような跳躍。残念ながらわずかに踏み切りがファールでしたが、レームさんらしいジャンプを最後に見せてくれました。参考記録としてどこまで跳んでいたかだけでも知りたかった、そう思います。
予想通り実力通りの結果ではありますが、これでレームさんはパラリンピック3連覇。コンディションもあって記録的に上回ることはありませんでしたが、大きな足跡を東京に残してくれました。もしかしたら「東京五輪の男子走り幅跳びで勝ったのはだーれだ?」クイズの正答率を調べれば、レームさんの存在はすでに五輪をも包み込むものだと感じられるのかもしれません。「ミルティアディス・テントグル」は知ってても間違えそうですからね。「ミルミルキットクルナントカ…」的な感じで!
↓レームさんは見事にパラリンピック3連覇を達成!
"I don't have to be a role model to follow, but I want to be the one who's showing an option"
— C4 Paralympics (@C4Paralympics) September 1, 2021
Markus Rehm 👏🇩🇪#Tokyo2020 #C4Paralympics pic.twitter.com/zJr69mRTzJ
↓NHKによるハイライト動画はコチラです!
レームさんの跳躍を見ていると、とにかく「キレイ」だなと感じます。まるで階段でも上がるように踏み切りから真っ直ぐ身体が上にあがり、トントンと足を踏み出すと、そのあとは反り返った身体を一気に畳むように両足を胸まで引きつけ、最後に少し左側に倒れて着地のロスを減らす。このフォームの安定感と、空中姿勢の美しさは五輪を含めて見渡しても突き抜けているなと唸ります。ずっと見ていたくなるような美しさです。
それは踏み切り足が義足というところからくる「真っ直ぐ足に乗って真っ直ぐ上に上がらないと安定しない」という結果的な美しさなのかもしれませんが、義足の使いこなしだけでなく、義足か否かは関係ない空中においても、突出した技能があるのだと感じさせます。足をバタつかせる跳び方とレームさんのような跳び方とで、どちらが距離が出るのかはわかりませんが、義足だけでなく身体も巧みにコントロールしているのだということはわかります。決して「バネでピョーン」のバネ頼みの跳躍ではありません。
レームさんは自身も義肢装具士であり、自分用の義足をメーカーと共同開発で制作しています。それはある意味で、未開の分野に挑む研究のようなものです。義足で8メートルを跳ぶテスターは自身しかいないのです。自分を使って、誰も正解を知らない分野の技術を研究していく。身体よりも頭を使う作業ですが、それができなければ今以上に強くなることはできません。「こうすればいいよ」を誰も知らないのですから。
パラアスリートは確かに身体のある部分の機能を失っているかもしれませんが、そのぶん創意工夫で補っているのだということを、大会を見るにつけ感じさせられます。手を失った、足を失ったという機能の面ではもちろん、生まれながらに視力がなく「手本を見ることができない」といった学習の面でも、パラアスリートは難しい状況にあります。手本がなく、教えてくれる人もないなかで、自分だけの正解を自分で見つけないといけません。
僕らは「バタフライとは?」ということを目で見ておおまかに理解できますし、誰かが見つけた「背面跳び」という跳び方を知っていますが、アレをゼロから発見するのはそれだけでも困難でしょう。何故アレで進むのか、何故ああやって跳ぼうと思ったのか、発想自体がそうそう出てくるものではありません。ましてや、「義足なのだが」「両手足を失っているのだが」という状態から自分だけのバタフライや背面跳びを見つける作業は創意工夫の結晶としか言えません。
今大会のなかでとても印象的だった言葉があります。
NHKが用意した競技紹介用の映像で、アーチェリーについての紹介で流れた「アーチェリーとは?」という説明の一言です。アーチェリーとは何か、と問われたら普通は「的に矢を当てる競技」と答えるでしょう。僕もそう答えます。しかし、その紹介映像では「弓をいかに自分の身体の一部として使いこなせるか」がアーチェリーなのであると言っていたのです。
矢を当てるところがキモなのではなく、弓をいかに使いこなすかがキモなのであると。その一言はパラアーチェリーの見方を変えてくれました。飛んでいく矢のほうではなく、矢を飛ばす道具をどうやって使いこなしているかを見るのだと。その答えをひとりひとりが考え、自分だけの正解を見つけ出す戦いを見るのだと。生まれながらに手がなく、足で弓を構える選手。口で矢を引く選手。「ないからそうしている仕方ない選択」ではなく「あるものをどう使うかの創意工夫」なのだということが、鮮明になりました。
身体能力により重きを置く競い合いと、創意工夫により重きを置く競い合い。その二軸は単純に混ぜればいいというものでもなく、かといって完全に別物なわけでもなく、「パラレル」な存在でありながら、もしかしたら両方を統べる可能性はあるかもしれないと夢が見られる。そういう関係なのかもしれないなと思い、また少し自分のなかの五輪・パラリンピックに対する考えが深まったような気持ちがします。そして、このあともパラリンピックの競い合いを楽しく見守りたいなと思うのです。自分では考えもしなかったことを見つけ出していく人たちの創意工夫を。もしかしたら「弓は足で持つが正解だった」と発見される未来だってあるかもしれないと想像しながら。
↓手で持てればまず試さない方法のなかに大正解がないとは限らない!
手足バタバタと一気にピョーンで本当はどっちが跳べるんでしょうね!
動画のリンクが一部無効なようなのでご確認ください。