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TOKYO2020史上、最高に泣けた!

この光景を見たかった。何年も前からこの東京五輪・パラリンピックに見ていた夢のひとつが、これ以上ないほど素晴らしい形で叶いました。東京パラリンピック競泳男子100メートルバタフライS11クラス決勝、日本からは木村敬一さんと富田宇宙さんが出場しました。親友でライバルで、それだけでは言い表せないような関係を備えた至高のふたり。このふたりが夢で見たとおりの「金と銀」を獲りました!




抱きしめるというよりも、互いの存在を手で確認するように抱き合ったふたり。視覚障がいのクラスは掲示板も他選手の様子も見えないはずですが、支える人たちの声と、水と空気から感じるもので夢が叶ったことを理解していました。ここまでのレースでは見られなかった最高の笑顔と最高の喜びがプールのなかで弾けています。そして、パラリンピックのプールに涙が溶けています。あぁ、これは五輪でも出会わなかったかもしれないなと思うほどの震える思いで、自分ももらい泣きしました。

「木村くんに金を獲ってほしいと思っている」

「本気で金をほしいと思ってるわけじゃないやつと俺何で戦ってるんだろう」

「何色でも見えないよ」

「金を獲れば君が代が聴けるよ」

「木村くんが鳴らしてくれても同じだよ」

そんな言葉でときにすれ違い、ときにぶつかり合いながらも、この舞台を目指してきたふたり。パラリンピック4大会出場、ほぼ生まれながらに視力を持たず、泳ぎというものをまったく見たことがないなかで作り上げた木村敬一さんの泳ぎは、すべての泳ぎ手から敬意を向けられるべきものです。途中からこの競技に参加した富田さんが「木村くんに獲ってほしい」となる気持ちは理解できます。

しかし、木村さんが本当に求めていたのはライバルだった。同じ世界で戦い、自分の全精力を傾けるにふさわしいライバルとの競い合いだった。全力で競い、全力で脅かされ、なおかつ勝ちたい。それはアスリートの本能です。強い敵と戦って勝ちたいという闘争心です。ほぼ生まれながらの障がいだから、自分にとってはそれが普通だから、何も失ったわけではないから、木村さんは「アスリート」のド真ん中で戦いを求めています。勝ちを譲られようなんて気はサラサラない。

そんな木村さんとの友情に応えるには、強くなるしかなかったのかなと思います。「あ、これは獲るだけじゃダメなんだ」という気づきの先には、世界のほかの選手を全部倒して自分が木村敬一を脅かさないと、「木村くんに金を獲ってほしい」は成立しないんだという責任感すらあったのではないかと思います。自分も本気で金を目指し、勝ってやるぞと挑んだ先で、もしもチカラで負けることがあったなら。胸を張って負けを認められる戦いができたなら。さすが木村敬一だとさらに大きな敬意を抱くほどの強さを見せつけられたなら。それこそが真に願った「金と銀」になる…そういうことなのかなと思います。



迎えた決勝。力強く拳をあげて入場してくる富田さんと、4大会13年越しの悲願に挑む研ぎ澄まされた表情の木村さん。ふたりは予選をそれぞれ1位で通過し、センターレーンに並びます。3レーンにはここまでのレースでふたりを退けてきたドルスマンもいます。役者は揃った。舞台は最高。これ以上ない戦いが始まります。

浮き上がりで先頭に立ったのは木村さん。前半から積極的に飛ばしていきます。しかし、ドルスマンも速い。富田さんはドルスマンを追って3番手から2番手へと進出していきます。最初の50の折り返し、木村さんがトップ、2番手にはわずかの差で富田さん。苦楽をともにしてきたタッパーが「このタイミングで色さえ変わる」と思いながら繰り出す渾身のタップは互いに遜色なく、決着のラスト50に向かいます。

富田さんは懸命に追いすがりますが、木村さんの勢いは落ちません。むしろ引き離すようにしてゴールへと向かいます。強い、さすが木村敬一、強い。ライバルを引き離して木村さんがゴールした直後、富田さんもゴール。一瞬の静寂ののち、互いの順位を知ると「キム!」「宇宙!」「おめでとう!」と友情の抱擁が自然と起きます。無観客だから、ふたりの言葉が聞こえます。ありがたい。美しい。ありがたい。

あぁ、こんな素晴らしい場面を、当のふたりは見えていないだなんて。「こんなに嬉しそうな木村さんを見たことがない」とふたりに伝えたくて仕方ないような気持ちです。最高の笑顔ですよと。最高の名場面ですよと。しかし、そんな差し出がましいことをしなくても大丈夫なのだと気づきました。木村さんの目から流れる涙。たとえ目が見えない相手に対してでも、どんなに喜んでいるかを伝える手段を人間はちゃんと持っているんだと、今さらながらに気づかされました。泣いて、泣いて、泣いてください。喜びが互いに伝わるまで!

↓そうか、涙は触れることができるんだ、今初めて気づきました!


↓NHKによるハイライト動画はコチラです!


この試合を見て、VTRを見て、インタビューを見て、何回も泣いてる!

見させていただいてありがとうございます!



試合後のインタビュー、先に海外メディアのインタビューを受けてきたためか、英語で答えていたら涙が止まってきたと開口一番の軽口で笑わせる木村さんですが、まさに「決壊」するように涙はあとからあふれてきます。何を聞かれても嗚咽するほどの昂ぶり。「この日のために頑張ってきたこの日は本当に来るんだな」という言葉は、その日がいかに来なかったかを示すものです。北京大会からでも13年、もっと長い時間、目指して目指して届かなかったぶんの重みがあります。コロナ禍のなかで「夢見るぐらいはいいんじゃないか」と勇気を持って言葉にしただけの想いがあります。

そんな木村さんに「本当は悔しがらないといけないのかもしれないけれど…木村くんが金メダル獲ってくれたことが本当にうれしいし、そこにつづいて僕がゴールできたことも本当にうれしい」と改めての言葉を捧げた富田さん。ここまでくれば、もう木村さんも怒りはしないでしょう。これだけの戦いをしておいて「まだ言うか」と呆れるように笑ってくれるはず。練習でも試合でも切磋琢磨することで、このコロナ禍のなかでもチカラを高め合ってきたふたり。ふたりが揃わなければ、この笑顔も、この涙も、なかったのかもしれないなと思うと、色は分け合いましたがふたりの「金と銀」だなと思います。

木村敬一と富田宇宙だからこうなった。

ふたりだからこうなった。

表彰台に立つふたりが聴く君が代は、木村さんが鳴らしたものではありますが、「木村くんが鳴らしても同じだよ」なのですから何の問題もありません。ふたりで頑張って、ふたりで鳴らした、ふたりの君が代。木村さんは震えるほどに泣き、富田さんは朗らかな笑顔というのもまた対照的で、とても素敵です。結婚じゃないですが、お互いを補い合える素晴らしい関係だったのだろうなと思います。

ふたりの対照的な表情、メダルの色、見守る人たちがどんな顔をしていたか、ふたりが知り得ない情報がたくさんあるので、周囲の人やメディアはゆっくりたっぷり伝えていってくれたらいいなと思います。こんなに素晴らしい場面が過去にいくつあっただろうと思うような瞬間です。本人たちにも可能な限り味わってほしいなと思います。そして、僕らが本能的に「この色は一番すごそうだな」と感じる金の色を、たくさんの人の言葉で伝えていってほしいなと思います。太陽のようだ(浴びる)、山吹の花のようだ(嗅ぐ)、柑橘系の果実のようだ(食べる)…そこに横たわる生命の熱気のようなものが「すごい色なんだろうなぁ」と感じる助けになればいいなと思います!




木村さんが金を獲って泣いているところを見られて、本当にうれしいです!