08:00
リングから無事に降りるまでが試合です!

日本ボクシングの歴史に残る最大の試合でした。9日、さいたまスーパーアリーナで行なわれた村田諒太さんとゲンナジー・ゴロフキンとの試合。それぞれが持つWBA王座とIBF王座をかけて行なわれる世界ミドル級の王座統一戦は、地上最高の舞台で行なわれる、夢のような試合でした。

そして、とてもスポーツらしい試合でした。

今、世界にはスポーツなどなくても「戦い」はあふれています。それこそ生命を賭けて行なうような戦いについても情報があふれ、日々世界で目撃されつづけています。ただ、スポーツも戦いと呼ばれる類のものでありながらも、今世界にあふれている戦いとはまったく性質が異なるのだということを、この試合は雄弁に物語っていました。

この試合が素晴らしいものになると確信したのは、前日計量での両者の佇まいでした。Tシャツを脱いだゴロフキンの肉体の凄まじい仕上がり具合に息を飲みました。胸から腹の筋肉の仕上がりはもちろん、背中から脇腹にかけて広がる翼のような筋肉の分厚さ。身長は決して大柄ではないにも関わらず、これが本当に同じ階級かと思うほどデカくて分厚い。同じ場に立つ村田さんが華奢に見えるほどでした。


[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

【新ボクシング雑誌】 『BOXING BEAT』 21年12月号
価格:980円(税込、送料別) (2022/4/10時点)



当然のこととして計量をパスした両者は、しばし睨み合ったのち、笑顔で握手を交わし、たまたまタイミングが重なったゴロフキンの誕生日を祝いました。戦いの前には似つかわしくない光景かもしれませんが、これぞスポーツの試合だなと思いました。

両者に緩みや慢心はありませんでした。村田さんは憧れのボクサーに挑戦する立場として当然そうですし、ゴロフキンもまた素晴らしい肉体の仕上がりでこの一戦への意欲を示しました。紛うことなき真剣勝負の佇まいでした。一方で、笑顔で握手をし、誕生日のお祝いもしました。お互いへの敬意を失わず、終始和やかな佇まいでした。

翌日にはリングで殴り合いをするふたりです。勝者は敗者から名誉とベルトを奪い取ります。ミドル級の拳であれば「死」すら可能性としてはあり得るスポーツです。ふたりはそういう日への準備を万端にしつつ、それでも和やかだったのです。これがルール無用の「戦い」と「試合」との違いだなと思います。

スポーツで競い合うことを「試合」「テストマッチ」と呼ぶのは、あくまでもこれは「試し」であるからです。自分のチカラを鍛え、相手を乗り越えるような工夫を重ね、実際にそれを試す。そこで試すのは己のチカラであり、対戦相手や試合結果はそれを図るものさしに過ぎません。ボクシングのような、ときに危険を伴う格闘技であってもそれは変わりません。試すのはあくまでも己であり、対戦相手は自分にその機会をくれるかけがえのないパートナー。奪い合い、憎しみ合う敵ではない。真剣勝負と和やかさが共存した両者の素晴らしい佇まいには、そういう姿勢がありました。これが素晴らしい「試合」にならないはずがないのです。




下馬評は圧倒的にゴロフキンです。仕方ありません。相手は「歴史上で」トップを争うような偉大な王者です。村田さんももちろん強いが、相手はとてつもなく強い。とにかくパンチの多彩さと的確さは凄まじく、小さく素早いジャブでさえも試合を決めてしまうほどのパワーも持ち合わせています。映像で見るゴロフキンが現実に現れたら、ちょっと勝ち目はないように思われました。

ただ、村田さんも歴史を作ってきた日本最強のボクサーです。ある程度打たれることは覚悟のうえで、持ち前のタフネスと、一発で流れを変えるパンチでどこまで喰らいついていけるか。鍵となるのは村田さん得意のボディー打ちでしょう。顔面の殴り合いではおそらく勝ち筋が無いので、ボディーで仕留める、そういう戦い方をしていきたいところ。

ベルトを掲げて入場してくる村田陣営。2年4ヶ月という長い空白を経てようやくたどり着いた夢の舞台。引き締まった表情です。ゴロフキンはおなじみの登場曲に乗って軽快に入場してきます。余裕さえ感じさせます。カザフスタン国歌と君が代が流れ、気持ちも厳かに高まります。

そして始まった試合。まずは第1ラウンド、先に手を出したのはゴロフキンでした。あいさつ代わりの左のジャブは、あいさつだけで試合を終わらせかねない破壊力で村田さんの顔面をとらえます。ガードの隙間を的確に狙い、少しでもガードを下げればすかさず岩のような拳が飛んでくる。凄まじいパンチです。

村田さんはそれでも前に出ます。それがスタイルです。前に出て、距離を詰め、左のボディでいいのを当てます。このボディを受け、一歩飛び退いたゴロフキン。狙っていたパンチが決まった瞬間だったでしょうか。まずは村田陣営としては狙い通りの立ち上がりができ、「手応えあり」と言ったところ。

コーナーに引きあげてきた来た村田さんには笑顔も見えます。それはこの試合が実現したことと、自分がそこで戦えていることを喜ぶかのようでした。しかし、笑顔とは対照的に早くも鼻骨のあたりに亀裂が入り、血が滲んでいます。ジャブで割れたものでしょう。もしかしたら笑いの一部は「すげぇな」というニュアンスだったかもしれません。さて、どこまで耐えて、どこまで叩けるか。

第2ラウンド、村田さんは右ストレートでゴロフキンのボディを叩きます。これも狙っていたパンチでしょうか。ゴロフキンは嫌がる素振りで、腰を引いて守ります。ボディを意識するゴロフキンに対しては、二の矢として右のアッパーを放ちます。これも狙っていた展開でしょうか。村田さんがよく押しています。通用しています。

第3ラウンド、ラウンド頭に猛攻を見せるゴロフキン。ジャブを印象付けたところで、顔面を守る村田さんをあざ笑うようにフックで横から打ち、身体をかがめて守る村田さんを今度はアッパーで起こし、起こしたところでボディーを叩く。理屈でつながったパンチが、隙間から的確に飛んできます。しかもときおり、視界の外から飛んでくる角度のパンチも混ざっています。これをブロックだけで凌ぐのは限界があります。こちらも同じ速さで対応を重ねないと間に合わない。すごい攻撃です。

村田さんの打開策はボディー打ちになるわけですが、村田さんのボディー打ちは強力ではあるものの「その後の追撃」はありません。ゴロフキンはボディー打ちに対してはヒジを下げて腰を引いて守り、逆に村田さんの打ち終わりにアッパーや上からのフックで狙って来ます。「早くも対処された」という感触。はたして、その対処を上回るような一発を当てられるかどうか。

第4ラウンド、村田さんの額は内出血で赤くなっています。すでに相当の数のジャブを浴びていることがわかります。このラウンド中盤には連打を浴びて村田さんがグラッとする場面も。手数でも圧倒されており、じょじょに苦しくなってきました。それでもラウンド終盤には一発当てたところからゴロフキンをコーナーに詰める場面も作ります。まだ戦えています。

第5ラウンド、立ち上がりの連打で村田さんのヒザが一瞬沈みます。先にポイントにつながる攻めを見せたあとは、距離を取ってやや休むようなペース配分を見せるゴロフキンの試合巧者ぶりも光ります。遠めの距離ではリーチが長い村田さんが有利そうなものですが、ゴロフキンの当て感が素晴らしく、飛び込みながらスパーンと顔面をとらえる場面も。村田さんは動き自体が乏しくなってきており、翻弄され始めました。

第6ラウンド、ゴロフキンの右フックで村田さんはマウスピースを飛ばしました。マウスピースを飛ばしたパンチは、左のアゴが折れていてもおかしくないような一撃でした。前のラウンドでもマウスピースがこぼれ落ちそうな場面がありましたが、それだけ強いパンチを浴びているということでしょう。ペースは完全にゴロフキン。ここからは根性です。

第7ラウンド、中間距離ではゴロフキンのパンチだけが当たり、村田さんのパンチは空を切らされるという状態に。近づいてボディーを打ちたいところですが、近づく前に強いパンチが連続で飛んできてままなりません。ラウンド中盤にはロープを背負ってしまう場面も。表情も朦朧としてきました。

第8ラウンド、ゴロフキンは前に出て村田さんを追い詰め始めます。ロープを背負って連打を浴びる場面も。それでも、何度も自分を救ってきたワンツーからの右ストレートで村田さんも押し返します。ときおりゴロフキンをとらえた場面では、確実に効いています。闘志はまだ消えていません。

第9ラウンド、チカラを振り絞って先制パンチを放つ村田さんですが、ゴロフキンはそこにカウンターを合わせてきました。凄い反応です。これでグラッときた村田さんは、コーナーまで後退し連打を浴びます。攻め立てるゴロフキン。朦朧としながらも反撃を試みる村田さん。いつしか声援禁止の場内では、村田コールが始まっていました。観客自身を守るためのルールである「声援禁止」を守ることよりも、今戦っている村田さんを後押ししたいという気持ちが上回っていました。それだけ心を動かす熱戦でした。

その声援が最後のチカラとなるように、村田さんは攻めます。右ストレートが、右フックが、ゴロフキンをとらえます。ゴロフキンを後退させます。しかし、最後はチカラ尽きました。ラウンド冒頭と同じような形での村田さんの左に合わせるカウンターが決まり、村田さんはゴロフキンに背を向けて棒立ちになってしまいます。一瞬、意識も切られたでしょうか。背後からのゴロフキンの追撃は空を切りますが、村田さんはリングに崩れ落ちます。それと同時に陣営からタオルが投入され、試合は終わりました。

↓タオル投入は止む無し!最後のパンチが当たらなくてよかった!


タオルを投入しなければ村田さんはまだ立ち上がっていたかもしれませんが、「試し」としてはすでに負けていたかなと率直に思います。中盤以降は試合を支配され、一方的な展開でした。ボクシングですから「一発」の可能性は常にあるものの、そうなってもいいようなパンチが何度か当たってもゴロフキンは崩れなかった。村田さんが相手に背を向けてスタンディングダウンのような状態になったタイミングは、試合を止めるべき頃合いだったと思います。これは殺し合いではなくスポーツなのですから。

そのスポーツ的な判断のおかげで、両者はリングで互いを讃え合える状態で試合を終えることができました。ベルトはゴロフキンのもとに渡ったものの、ゴロフキンのガウンは敬意の証として村田さんに渡されました。素晴らしい試合の記憶が日本に残り、その試合を作った選手がそれぞれ自分の足でリングを降りました。よく戦い、よく終えた、そう思います。村田さんが強いことがわかり、ゴロフキンは凄まじく強いことがわかった、いい試合でした!

↓これぞ「スポーツの試合」の終わりです!
お疲れ様、お帰りなさい!

素晴らしい試合をありがとう!



ボクシングというのはいろいろな思惑が重なり合うスポーツです。毎年世界選手権が行なわれる類のスポーツではなく、戦いたい相手と必ず戦えるわけでもありません。王者は自分にふさわしい相手を選び、挑戦者は少ない機会を待つほかありません。お金や契約、さまざまな障壁があります。特に今はコロナ禍でもあり、試合にたどり着くことすら容易ではない道のりです。

世界一の相手と戦いたいと思えば、まず自分が「世界一かもしれない」と並び立つくらいの選手でなければなりません。ロンドン五輪の金メダル、ミドル級での戴冠、日本で歴史を作ったボクサーとしての評判、長い長い待ち時間、すべてを重ねて村田さんはそこまでたどり着きました。それだけのものを重ねられたこと、そこにたどり着けたことは、村田さんが素晴らしいボクサーであることを証明しています。村田さんが素晴らしく強かったから「ゴロフキンと戦って負けることができた」のです。挑むことさえできずに終わるのではなく。

僕はこの試合に映画「ロッキー」のラストシーンが重なるような気持ちで見ていました。華麗で強いゴロフキンと、気持ちで喰らいついていく村田さんと、そして最後に芽生えた友情のようなものが、まさに映画のような終わり方だったと思います。映画のラストでは、対戦したアポロとロッキーが「再戦はごめんだ」「俺もだ」と抱き合いますが、この試合もそういう試合であればいいなと思います。互いにチカラを発揮して「もうごめんだ」と思えるくらいの試合であればいいなと思います。再戦は現実的におそらくないだろうと思いますが、再戦がないことも含めて美しい記憶となるような、そんな試合であればいいなと思います!


これでもゴロフキンは全盛期ほどではないんですから、頂点は高いですね!