2022年08月28日08:00
失敗を負けで償えない、険しいプロの道!
プロの厳しさというのを改めて感じるような時間でした。27日から日本テレビで放送されている夏恒例のチャリティー番組「24時間テレビ」にて9年連続9回目の登場となる羽生結弦氏がスペシャルアイスショーを開催。北京五輪でも演じた「序奏とロンド・カプリチオーソ」と、サプライズとして「SEIMEI」の演技後半部分を披露しました。
【#羽生結弦 演目決定!】
— news every. (@ntvnewsevery) August 21, 2022
今年の #24時間テレビ では
羽生結弦さんが
プロ転向後テレビ初演技を披露!
気になる演目は…
北京オリンピックの
ショートプログラム
「序奏とロンドカプリチオーソ」
プロとして
超高難度の演技を魅せます。
写真の撮影は#能登直 カメラマンです!#HanyuYuzuru pic.twitter.com/KgCD6sjwZX
今年は「会いたい!」がテーマということで、羽生氏も早速「会いたい」の願いを叶えるかのように企画がスタートします。この特別なショーに招かれたのは、西日本豪雨で被災し、現在も仮設住宅での暮らしを余儀なくされているという広島県の高校生・三浦葉鈴さん。三浦さんは被災によって家を失い、何もできない何のやる気も出ないような時間がつづいていたと言いますが、そんなときに前を向くきっかけのひとつになったのが羽生氏の演技であったとのこと。
これまでも日本各地で起こる天災によって大きな痛みを負った人に、自分もまた同じ経験をし同じように苦しみながら前に向かってきた者として寄り添ってきた羽生氏ですが、今回は寄り添うどころではない積極性を見せてきます。スペシャルアイスショーの会場となるアイスリンク仙台に三浦さんを招くと、館内の展示物などを見ている三浦さんの背後から羽生氏が迫ってきたのです。
「こんにちはー」
「ヒェェェェェェェッ!!」
「待って!」
「おぉおっ!?」
「こんにちはーはじめまして羽生です」
「こんにちは…!」
短い会話の間に背後から迫ってくる羽生氏と、同じ距離だけ後ずさりしていく三浦さん。僕はその光景を見ながら「あの風だな」と思います。羽生氏が目の前に現れると、羽生氏の後方から光の粒が風に乗って飛んできて、すべての記憶を失うというアレ(※ニフラム的な)が、完全に無防備の三浦さんを後退させていたのでしょう。国際的スナイパーとして名高いデューク東郷氏でもこの風が背後から迫ってきたらイチコロとも言われているアレで、三浦さんもグンと元気になった模様。羽生氏の「日常を忘れられる瞬間になったらいいな」という言葉に、僕もテレビの前から「全部忘れないように頑張れ!とりあえずメモ取れ!今の感想をボイスメモするんだ!」と声援を送ります。
羽生氏は「自分たちの過去がありつつ、それが原動力となって前に突き進む」「自分が夢をつかみ取る物語」「記憶たちとともに前に進んでいく」という希望を込めて、北京五輪のショートプログラム「序奏とロンド・カプリチオーソ」を演じるとのこと。北京では自身もこのプログラムとともに大きな痛みを負った羽生氏。氷の溝に乗った瞬間に報われなくなってしまった数多の日々、その痛みをもう一度受け止めて前に進んでいく姿を、三浦さんやたくさんの人々に捧げる演技です。
羽生氏の所作はまさに試合に向かうときのそれ。衣装もヘアセットも完全に仕上がっていますし、胸の前で手を合わせる動きも試合のときそのもの。ただ、会場はアイスリンク仙台の小さめなリンクであり、照明もショー向けの暗がりのなかで強いスポットが当たるようなものです。はたしてこの状況で競技会同様に演じ切れるものか。三浦さんや多くの人に、真のロンカプを届けられるのか、緊張が走ります。
そして滑り出した羽生氏。テレビショー向けの映像ということで若干見づらい部分もありますが、素晴らしい演技です。4回転サルコウ、4回転トゥループ+3回転トゥループ、トリプルアクセルという競技会用の高難度の構成は「+5」と自信を持って押せる出来栄え。スピンは以前にも増して音と融合していますし、ステップの切れ味も素晴らしい。調子のよさ、コンディションのよさがうかがえます。
この演目では特徴的なツイズルが随所に散りばめられていますが、ステップシークエンスでのシットツイズルから立ち上がりざまに漕ぎなしで加速していくくだりのスムーズさ、ステップシークエンス終盤のもはやツイズルと言っていいのかわからない高速回転、過去の映像と見比べても完成度の差が歴然です。十分な余裕があることで、十二分な表現ができています。最後の最後の最後のスピンでもなお、決めのポーズに入る前に沈み込む動きでさらなる躍動感を加えた「羽生氏比」でも見事な出来。本人がガッツポーズを繰り出すのも納得です。
テレビ番組のワンコーナーで行なわれたことですので、競技の歴史には残らない演技となるのでしょうが、これはおそらくフィギュアスケートの歴史上でナンバーワンの演技だっただろうと思います。ロンカプをノーミスで通した事例は昨年の全日本での111.31点という参考記録しかありませんが、そのとき以上の全体的な出来栄えのよさ、コンビネーションジャンプでの加点の積み増し(+1.5点程度/全日本では詰まり)、トリプルアクセルでの加点の積み増し(+0.8点/全日本以上の着氷)を加味すればこの演技は競技会でも歴史を作れるものでした。
まさにこういうのが「語り継がれる」演技なのでしょう。日本の一部の人だけが見ていた演技であるぶん、本当にごくわずかの人しか現場にいなかったぶん、歴史として記録されないぶん、「それでも私はあのとき確かに見たのです」と語りたくなるような。五輪以上の緊張感、凄味、確かに感じさせてもらいました。
羽生結弦さん「心の傷」に挑んで見せたノーミスの「ロンカプ」 24時間テレビ https://t.co/rQ3iRNPOJW #フィギュアスケート #figureskating pic.twitter.com/Va55JRSlUs
— スポーツ報知 ICELINK (@figure_hochi) August 27, 2022
「はじめて、ちゃんとこのプログラムが自分のなかで完成形として滑り切れた」と手応えを語った羽生氏。自分自身にとっても、さらに前に進むためのきっかけになったようで、演技後の休憩で魅せる笑顔は本当に晴れやかです。そして羽生氏はさらにサプライズとして、三浦さんが好きだという「SEIMEI」の後半部分を演じます。
印象的なハイドロブレーディングのくだり、記憶のなかの「SEIMEI」よりも長めで、しかもずいぶんと窮屈そうな姿勢だなと思いましたが、滑り出す前の会話場面での三浦さんの位置やカメラの位置を鑑みると、「ハイドロ中に視線でコネクトする」というとてつもないサービスをしてくれていたのかもしれません。演技後に感動の喜びを語る三浦さんの「一生忘れません」の言葉。大きな痛みと辛い時間の先に、一生忘れられない喜びの時間もまたやって来ることが、過去とともに生きる原動力になればいいなと思います。
このスペシャルアイスショーを見て改めて感じたのは、プロには「負け」という責任の取り方はないんだなということ。競技会であれば選手は勝利を目指して滑りますし、目指す演技ができなければ負けることになります。勝ち負けがつくのは怖いものですが、どれほど失敗しても、どれほど至らない部分があっても、その責任は「負け」という形で取れるわけです。負けたという痛み以上に、何かを負う必要はないわけです。
しかし、プロにはそうした責任の取り方はありません。「負けたんだからもういいでしょ」とはならないのです。病気の子どもを勇気づけるためにホームランを約束した選手は、打てなかったときに「給料下がればいいんでしょ」とか「負けたんだからもういいでしょ」とは言えないのです。勝ちも負けもないというのは、「勝てば何でもいい」というセーフティも、「負けたら終わり」というセーフティも、どちらも存在しないのです。そして、この先の未来で「勝ちますから」という先延ばしもできないのです。
勝つとか負けるとかではない何かで、その日その時その瞬間にどうにかして、見る者の心を動かさねばプロとしての責任は果たせないのです。羽生氏はその難しさ果てしなさと向き合っているのだろうと思います。そして、この素晴らしいロンカプを捧げられたことに少し安堵しているのだろうと思います。これがもし来年以降ライブにでもなったら……競技会以上に震えるかもしれないなと思います。ちょっと怖くなるような、さらに楽しみになるような、そんなプロとしての初テレビ演技でした。
この演技、歴史には記録されなくとも、世界の人の心には記憶されるよう、日本テレビさんにはぜひフル尺での世界公開をお願いしたいところ。僕は見たんで、日本のテレビ視聴者だけで独占してもまぁいいんですけど、ロンカプの完成形を世界が見られないのは、世界にとっての損失だと思いますからね!
まったく異なる角度で、プロの演技はすごく震えるって理解しました!





