この壁は次のフェーズでまたブレイクすればいい!
ラグビーワールドカップでの日本代表の戦いが終わりました。勝てばベスト8という直接対決となったアルゼンチン戦で日本は27-39で敗れ、ベスト8進出はなりませんでした。前回大会のベスト8を超え、優勝を目指した日本の前に立ちはだかった大きな壁。世界の強豪との間にある壁を感じ、その壁に触れ、その壁を見上げる、そんな時間の始まりだなと思います。2019年は夢中で駆け抜けた場所に「勢いで飛び越えちゃったけど壁があるぞ」と気づいた、そんな気持ちです。
眩しい日差しが照りつけるなかで迎えた勝負のアルゼンチン戦。日本の面々は「勝つ」というシンプルな目標に向けて集中しています。キャプテン姫野和樹さんの頬を伝う雫は涙か汗か。一方のアルゼンチンは観衆も含めて闘志全開です。国歌を高らかに歌い、頬を紅潮させます。男と男の真剣勝負。憧れのような気持ちが湧き上がります。
暑さ・日光、厳しい環境での一戦。リーチマイケルさんも「どうせいつも暑くてすぐ脱いじゃうからな…」とJMのイニシャル入りヘッドギアはつけずに出てきました。いい判断です。日本は太陽を背に受けて試合に入ります。この陣取りには、できれば立ち上がりに太陽パワーで相手の混乱を誘いたい、そんなラッキーに期待する部分もあったでしょうか。しかし、ラグビーの神様から「簡単ではないぞ」と福音でもいただくかのように、先に混乱を生じたのは日本でした。
アルゼンチンボールのラインアウトからモールで押し込まれると、そこからバックス陣への速い展開のなかで、ライン間をスルッと抜けられてしまいました。さらに自陣で構えていた最終ラインもかわされ、味方の戻りまで時間を作ることもできずに開始わずか1分あまりでトライを許してしまったのです。試合に順応する間すらなくスコーンといかれた痛恨のトライ。サッカーでも昔よく見た「立ち上がりの強襲」でいきなりやられるあの展開。これがゲームならリセットしてやり直すところですが……この状態から頑張るしかありません。
日本は背面キックやデザインされたパス回しなど、ここ一番のために用意した攻撃を駆使して攻めます。あと一歩でノックオンなどが出てしまってなかなか得点にはつながりませんでしたが、ようやく試合を動かしたのは前半16分。相手がキックしてきたボールを拾うと、素早い展開から最後は大外でファカタヴァさんが「自分でキックしたボールを自分でキャッチして一気にトライ」までもっていくスーパープレイ。キックも決まって日本は同点とします。
↓楕円球はファカタヴァさんの味方をした!
勢いに乗りたいところですが、ここで日本にトラブルが。前半23分、相手へのタックルが頭に当たってしまったことでラブスカフニさんが10分間退場となったのです(※TMOバンカーでの判定はイエロー)。人数が少ない状況のなか、なるべくボールを保持していたい日本ですが、日本は敵陣内での攻撃のなかでドロップゴールを狙う選択をします。狙い自体は悪くありませんでしたが、この狙いは相手に読まれており、また、距離も十分に取れていなかったのでキックにチャージされてしまいます。
こぼれたボールをキャッチして再度ハイパントで前に送ったところ、これがアルゼンチンに渡ります。隊列整わず、かつハイパントを蹴った松島さんが自身でチャージしていたなかで、ウィングがいない状態の日本守備を一気に破られてしまいました。アルゼンチンのトライ決まって突き放された日本。いわゆる「アンストラクチャー」の状態を自ら作り出し、その乱戦のなかでの勝負をひとり少ない日本が仕掛ける格好になってしまったことはプレー選択としてはたしてどうだったのか、今後に向けて振り返ることになるプレーだろうと思います。
ただ、まだまだ日本も元気です。7-15で迎えた前半38分、日本はフィフィタさんの突破から最後は斎藤直人さんにつないでトライ!大外を走る松島さんを警戒する相手の心理を見切って、チラッと松島さんを見る「目」のフェイントで相手の逆を取ったフィフィタさんの技ありでした。キックも決まって14-15。アルゼンチンは前半でコンバージョンキックとペナルティゴールを1本ずつ外しており、都合5点をロスしています。日本は痛いトライをふたつ許しましたが、これでまだ1点差なら悪くありません。後半いけるぞ、そんな手応えでの折り返しです。
↓斎藤直人さん、ワールドカップの舞台で未来につながるトライ!
迎えた後半、日本は立ち上がりに大きなチャンスをつかみます。後半2分から3分にかけての連続攻撃で、トライまで5メートルと迫ります。あと少し、もう少しだけパスが高ければ相手のカバーを越えて一気にインゴールまでという気配もありました。しかし、これはアルゼンチンの固い守りの前に実らず、日本は松島さんが交錯のなかで足を痛めて翼をもがれる格好に。それとは逆にアルゼンチンは、返しの攻撃シリーズのなかでモールで大きく前進して日本陣内深くまで攻め上がると、アトバンテージ中の攻撃で大外にひとり選手を余らせ、そこまでつないでトライを決めました。これで14-22。
日本は後半12分にペナルティゴール、後半16分にはレメキさんがドロップゴールを決めて20-22まで迫ります。レメキさんのドロップゴールについてはアドバンテージ中の攻撃だったので、トライを狙ってほしかったなという気持ちもありますが、2点差であればペナルティでも逆転できますのでまずはヨシ。前半のドロップゴールを狙った流れから一気にトライまでもっていかれた場面のイヤな感じも払拭することができました。レメキさんに得点がついたこともポジティブです。さぁ、ずっと後手後手はしんどいのでそろそろ先手を取りたいところです。
↓レメキさんワールドカップで得点!とにかく常に「俺が何かやる」を考えている男!
しかし、またも先手を取ったのはアルゼンチン。日本がドロップゴールでにじり寄った直後の攻撃、フィールドの中央付近でマイボールスクラムを得ると、どちらから攻めてくるかわからないので「左右均等」に人数を配置している日本に対して、マイボールの利を活かして「コッチから攻めるぞ」と人数を集めた攻撃を仕掛け、あっという間にトライで突き放してきました。もしターンオーバーされればアルゼンチン側も守りが手薄になるだろう攻めでしたが、アドバンテージを得ていたことで安心して攻められる状態でした。どうもアルゼンチンは真ん中付近に人を集めてから、左右どちらかで少人数同士での個の勝負を狙ってきている感触です。ダブルタックル前提の日本は集団対集団であれば相応に対抗できますが、個の勝負を仕掛けられるとやや分が悪い。なかなか試合の主導権を取ることができず、苦しい時間がつづきます。
それでも日本は食い下がります。後半25分、相手陣内深くでペナルティを得た日本はタップキックで試合を再開すると、素早く逆サイド大外まで展開して最後はナイカブラさんがトライ!かなり難しい角度でしたが松田力也さんがコンバージョンも決めて再び2点差に迫ります。他人事ならなんて熱く盛り上がる試合だろうかと思います。どこまでつづくのかこのトライ合戦は!
↓切り札が火を噴いた!ナイカブラさんのトライ!
日本の流れを何度押しとどめれば気が済むのか、日本がようやく2点差に迫った直後、日本陣内でアドバンテージを得たアルゼンチンはカレーラスさんが日本守備ラインの間をステップで切り裂いて、またしても、すぐさま、トライ。この日、何度もやられているカレーラスさんですが、動きがキレキレでちょっと手がつけられない感じです。これで個人として3トライ目のハットトリック。再び9点差、試合時間は残り10分あまり。かなり厳しくなってきました。
日本は大会途中で急遽招集された山中亮平さんらを投入して追い上げを狙いますが、逆にアルゼンチンにペナルティを与えてさらに3点を追加される格好に。点差は12点、残りは5分あまり。1トライ1ゴールとペナルティゴールではまだ10点、届きません。逆転には2トライを決めないといけない日本は最後まで懸命に攻めますが、試合終了間際の攻撃ではラックからの球出しの際にラックごと押されてスクラムハーフに味方の身体が当たり、アクシデンタルオフサイドを取られました。ボールを取り返したアルゼンチンはそのまま時間を消化し、ホーンを待ってボールを蹴り出しました。日本、ついに最後まで主導権を握れず、予選プールで敗れました…。
↓追いかけて、追いかけて、追いかけて、アルゼンチン…!
これで今大会の日本の戦いは終わりました。優勝という夢、ベスト8という目標、これまで見たことのない未踏の景色は見られませんでした。ただ、かつての日本が全敗の常連であったことを思えば、イングランド・アルゼンチンという世界の強豪と渡り合い、ある意味でランク通りの結果となったというのは堂々たる日本の現在地と言えるでしょう。舐められているわけでもなく、開催国としてのプラスアルファがあるわけでもない、それでも日本はベスト8の線上にいる、胸を張っていいと思います。手土産程度の話ですが、プール内で3位となったことで次回大会のシード権も確保しました。「壁」は感じましたが、その「壁」にぶつかっていくという夢はまたつながりました。
率直な感想で言えば、押し合いに負けたなと思います。道を究めたスクラムではどの国とも互角以上にやり合えましたが、モールのような流れのなかでの押し合いは各試合でかなり押し込まれましたし、ブレイクダウンで50センチとか1メートルとかちょっとずつ押されることがつづきました。ほんのちょっとなのですが、それで少しずつ下げられるなかで苦しくなってペナルティを与えるという場面が多かったように思います。攻撃の際にもちょっとずつでも押せればトライに届きそうな場面が最後の数メートルで止められました。アルゼンチン戦でも前半12分、後半3分、試合終了間際に「あと数メートル」が押し切れなかった。ラックを押し返されてのアクシデンタルオフサイドなどは象徴的なプレーだなと思います。そこは一朝一夕ではない地力の底上げしかないだろうと思います。
そしてキックとラインアウトでの陣取り合戦。キックではイングランドやアルゼンチンのほうが判断・精度とも上回っていましたし、ラインアウトは全体を通じて日本は劣勢でした。自陣深くのマイボールラインアウトを「ピンチ」と感じるようなヒヤヒヤの連続。このふたつの組み合わせで「気がつくと大ピンチ」になる場面がたびたびあったのは、今後の伸び代だろうと思います。
そこをクリアしていくのは、次世代のフェーズなのかなと思います。今後のことはわかりませんが、長く日本代表を牽引してきた主力選手たちが30台の中盤から後半に差し掛かり、フルタイムでチカラを発揮することは難しくなってきました。かと言って、交代で入った選手が爆発的な勢いを見せるという場面も乏しく、むしろ試合終盤にかけて苦しくなっていくような試合が多かったように思います。後半勝負を仕掛けているはずが、むしろ苦しくなったのは日本のほうでした。そうした状況を打ち破っていくのは新しいチカラ、若いチカラの台頭に期待したいところ。2015年のあの感動を得た少年たちもそろそろ成人を迎えます。ここから、むしろここから、新たな星がきっと現れるでしょう。綺羅星のごとく。
日本が抱える構造的な苦しさとしては、同じ地域で切磋琢磨できる強豪がいないことで、ワールドカップ級の経験を積む機会が非常に限られるというところがあります。「ほんのちょっと」の部分も、そうした経験による差が大きいのかなと思います。積極的にテストマッチを組むのか(※今回はコロナ禍で不十分)、どこかの強豪グループに混ぜてもらうのか(※難しいかもだが)、選手個人が自分で世界を切り開いていくのか、リーグワンをさらにレベルアップさせていくのか、「地力」につながるような道を探していくことになるのでしょう。この10年の飛躍につながった「ワールドカップ開催」にまつわる一足飛びの強化ではなく、「ほんのちょっと」ずつ地道に進んでいくような道のりを、まさにエベレストにのぼるようにして進んでいくのかなと思います。サッカーの例で言えばワールドカップ開催から20年くらいで「いつでもどことでも戦える」「できないことはあるが驚くことはない」という感覚で見ていられるようになったので、それぐらいの時間を掛けて進んでいくものなのかなと思います。
「ほんのちょっと」ずつ、その積み重ねが未来を変える。
今大会の奮闘もその1フェーズだと思います。
倒れてもすぐさまボールを拾って前進するラグビーのように。
つづけていくこと、楽しむこと、大事にしたいと思います。
目先の1勝や1敗ではなく、20年くらい先を見据えて。
今大会もお疲れ様でした!また2027年に壁に挑みましょう!
注目無く始まった2015年から次の壁を感じた2023年へ、順調に前進中!
そうですね、全敗の常連だった時代も長かったし、2015年は何も期待していませんでした。そんな時代に比べたら、大会で2勝、強豪とも渡り合う、素晴らしいですね。19年大会は自国開催のボーナスで幸せな気分でしたが、それはそれ。サッカーとの例え話も納得です。サッカーも一進一退なことを繰り返しての今がある。これからジャパンの進化を見守れる楽しみがまだまだあるんだ、と気づけるコラムでした。ありがとうございました。