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2日間ほど自分のなかの下衆と向き合っていました!

「アスリートの結婚」というテーマで2日間ほど自分の気持ちと向き合っておりました。このテーマの時点で何の話題で誰のことを念頭に置いているかは当然お察しとは思いますが、あえて名前は出さないでいこうと思います。その話題に積極的に絡んでいきたいということではなく、検索されたいということでもなく、そして、その人のことはひとつのキッカケに過ぎず「一般論」としてこの話題を考えたいからです。

一般に、結婚というのはおめでたいことだと思います。愛する人と想いが通じ合った喜び、新しい人生の門出、たくさんの祝福が寄せられるべきことだろうと思います。その意味で、「ご結婚、おめでとうございます!」くらいは言っていいんだろうと思いますし、言われて悪い気もしないだろうと思います。ただ、おめでたいことイコール自由に扱っていいトークテーマなわけではないだろうとも思います。

特に、その念頭に置いている人の公表時の雰囲気と、メディアに対応したときの実際の言葉や表情からすると、「隠しているわけではないが、積極的に伝えたいわけではないし、無神経に触れられたくない」という意志を感じました。言わずにいても結局嗅ぎまわられるのがわずらわしいので対応の場を作った、いやむしろ「これ以上は触れてくれるな」の線引きと姿勢を明確にするために直接自分の言葉で釘を刺した、そんなことを感じました。要するに「下衆をなだめる」ための対応なんだろうなと感じました。

そのことを頭で理解しながらも、心は相変わらず「不適切にもほどがある!」な自分ですので、ムクムクといろいろな大喜利が思い浮かびもします。そうした下衆をなだめるのに2日間ほどかかったわけですが、いろいろ考えた結果、どうにか「心で祝う」で留まれたかなと思います。会見など見ますと、馴れ初めやら将来設計やら、まぁみんな聞きたいんだろうなと思うような話が並んでいましたが、それも改めて拝見しながら「知らずでよい」と整理しました。

本人が言いたいのであれば大いに言えばよいですし、そういう考えの人はいると思います。特に芸能活動などにおいては、自分のキャラクターのひとつとして既婚・独身、子持ち、愛妻(夫)・恐妻(夫)、といった味付けが活動の幅を広げることも多いので、積極的に言うパターンはあると思います。ただ、アスリートはどうであるかと言えば、既婚・独身であることと競技活動とは直接の関係はないでしょう。「結婚してたら1点追加」とかナイですしね。

よくある「パートナーを得て栄養管理が…」的な話も、まったくお門違いです。栄養管理を含めて自分の体調は自分で管理するものです。トップアスリートならばなおのことそうですし、その管理が出来ているからこそ注目されるほどの成績も出せるのです。栄養管理を担うべき人物はパートナーではなく、「本人」と「トレーナー」です。パートナーを得たからどうこうは、ない。

精神的な安定や競技以外での楽しい時間が巡り巡って競技活動にも好影響を及ぼすことはあるかもしれませんが、それもパートナーに限った話ではありません。「宮崎駿監督作品見て泣いたわ…」「すげぇ元気出た…」「明日も練習頑張ろう…」という日があったとしても、そのことをことさらに聞いてはこなかったわけですから、その程度の話なのです。「ご結婚されたんですか」「それはおめでとうございます!」「さて、競技の話ですが…」くらいで流してもいいでしょう。

誰にでも楽しい話題と楽しくない話題があります。学歴のこと、恋愛遍歴のこと、生まれのこと、ヘソの形のこと、隠しているわけではなくても「何かイヤ」というテーマはあるでしょう。言いたそうにしていれば掘り下げることもあるでしょうが、「何かイヤ」そうな感じを察したらスッと引くような慎ましさは身につけたいもの。友だちと話すときもそうであるように。ましてや相手は友だちではないアスリートなのですから。

我が身を翻ったとき、「心で祝う」を超えてあえて何かを言うことがあるとすれば、それは特別な感情があるときなのかなと思います。単なる有名人としてではなく、単なる優れたアスリートとしてではなく、自分自身の感情を揺さぶられるような、端的に言えば「推す」という思い入れがあるようなときに、とりわけおめでたい、とりわけ心が動いた、言わずにはいられない何かがある、そんな気持ちで内心がこぼれ出るのかなと思います。ただし、もしもそういう相手であるならば、普段からきっとたくさんの内心がこぼれ出ているでしょうから「急に結婚のときだけ」何か言い出したら、それはきっと下衆がしゃしゃり出ちゃっている感じなのでしょう。やらない自信はないですが、しゃしゃり出てしまったら都度反省しようと思いました。

↓もちろん、本人が言いたいパターンであればいろいろ聞かせてもらえればと思います!

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そんななか、世のなか捨てたもんじゃないなという動きもありました。念頭に置いている人が囲み取材で記者に対応したあと、テレビ・新聞含めてすべてその話題で一色になるかと思ったタイミングで、スポーツ報知紙はまったく別の話題で1面を用意したのです。もともと決まっていたタイミングでリスケができなかっただけかもしれません。その話題のほうが新聞が売れるという純ビジネスでの判断かもしれません。ただ、そうではない決意もあるのかなと思いました。そこで取り上げていた他紙と異なる話題は、おそらく今回の話題をきっかけに多くの人が思い浮かべたであろう、もうひとつの事例の人だったからです。

同じように多くをつまびらかにはせず、アスリートとしての活動とプライベートとは切り離して長く活動をつづけてきたその人は、入籍を公表した途端に「下衆」の目にさらされ、無許可の取材や報道、誹謗中傷や迷惑行為に苦しめられ、望まぬ決断をせざるを得なくなりました。そしてあまつさえ、その人の忍耐や器量が不十分であるかのように、SNS等で悪しざまに揶揄されました。誹謗中傷や迷惑行為に耐えられないのが悪い、跳ね返せないのが悪い、とでも言わんばかりに。

その人の話題を、このタイミングで1面に置くことは偶然ではないだろうと思います。「偶然とは思えない」と僕が思うのですから、書いている方も「偶然と思ってもらえないかもしれない」とは認識していたでしょう。それでもあえてそういう紙面にしたのであれば、やはり何らかの意志があるのです。スポーツ報知紙の全員ではないかもしれないけれど、「例の話題は本人の意向を汲んでもう大きくは取り上げない」「彼らのプライベートではなく、活動にこそ目を向けよう」という決意がどこかしらにあった、そう思います。

それは、メディアと世間とによってひとつの望まぬ結果が引き起こされたことを省みるような姿勢なのではないかと思うのです。起きてしまったことは変えられないけれど、そのとき気づいたことがあれば次の行動は変わる。そうして変化した行動であり、「変わりました」という表明であったりするのかなと思うのです。勝手な想像ですが、そういうことであったらいいなと思います。

↓単に「めっちゃ推してる」だけかもしれませんが!まぁそれはそれで独自性があってヨシ!



メディアというのは生活に欠かせないものです。有益な情報を得られる仕組みは世界のインフラのひとつです。水や電気と同じように情報も暮らしには欠かせません。スポーツにおいてもそうです。試合結果を数日後に知るような前世紀の情報伝達では、僕らはもう耐えられません。アスリートたちも望まないでしょう。たくさんの人に自分の競技活動が届くことは、彼らの希望でもあり、喜びでもあるはずだと僕は信じています。

その意味でメディアをぞんざいに扱うことについては賛同しかねます。「あなたは自分の試合を自分で中継できるのですか?」と尋ねたとき、権利処理も映像配信もテキスト・動画・画像制作も含めてすべてを自力で十二分にできない限りは、メディアは協力すべきパートナーです。メディアの向こうに観衆はいます。

だからこそ、メディアもインフラとして相応の使命感と責任感を持っていてほしいと思います。水道に関わる人が水質管理に使命感と責任感を持ち、電気に関わる人が安定供給に使命感と責任感を持ち、農業・漁業に関わる人が安全で美味しい食糧を届けることに使命感と責任感を持つように、まっとうな品質で有益な「情報」を正しく届けることへの使命感と責任感を持っていてほしい。

そのときに、「本人が触れないでほしいと思っているプライベートな情報」は、その使命感と責任感に沿うものでしょうか。密漁品だって食べれば味は美味しいでしょうし、フリマサイトでは盗品だろうが正規品だろうが同じように売れるのでしょうが、売れれば何でもOKというわけではありません。盗み取ったり、意に沿わぬ形で取得した「情報」という商品を売りさばくのは、業として行なうものの振る舞いではないはずです。業としてやるのであればせめて、世間に届けるべき、世間が受け取るべき有益な情報、すなわち「公益」のあるものを届けるのだという矜持はあってほしい、そう思います。

そうした「公益」というものを考えるとき、巨悪を暴くであるとか、隠蔽された真実を公表するであるとかのもっともらしいものだけでなく、「みんなが知りたがっている」というのが幅を利かせ過ぎているように思います。「みんなが知りたがっている」=「公益性がある」のであると、そんな建前というか免罪符が振りかざされているのかなと。本心は「みんなが知りたがっている」=「売れる」だけであったとしても。

だから、やはり最終的にはひとりがひとりが知りたいと思わない、そういう風に変わっていくことが全体を変えていく唯一の道なんだろうと思います。誰も興味を持たず、関心を持たず、スルーで終わる、あるいは眉をひそめられる話であれば、そこには「売れる」も当然ありませんし、「公益性がある」とも言えなくなるでしょう。それぞれが、そういう世界に1票を投じていくことが王道なのかなと思います。

好きなんですけどね。その手の話題は。

不適切にもほどがあるタイプなので。

なので、ついつい気になったりもします。

でも一番大事なのは、家で何食べてるとか、誰と暮らしているとか、プロポーズの言葉とかを知ることではなく、アスリートなら試合、表現者なら舞台、クリエイターなら作品を生み出してもらうことですので、それを発信することに全身全霊でいてもらうことが受け手にとっても一番でしょう。本人が言いたいならば興味津々で聞きますし、言いたくないなら聞かないですし、いずれにしても望まぬ興味関心に苦しめられないような世界であってほしいと思います。そんな温度感で、僕も自分のなかの下衆を手なずけていきたいなと思います。少しずつの歩みにはなるかもしれませんが。

以上を踏まえまして、結局言いたいことは、

「ご結婚、おめでとうございます!」

です!ということで、くるっと平和解決!

PB021685



最後の写真は特に意味はないですが、視界が広がる雰囲気写真です!