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2019年の池江璃花子さん!2024年の池江璃花子さんがパリへ行きますよ!

素晴らしい瞬間を見ることができました。17日から始まったパリ五輪への派遣選手を決める競泳の国際大会代表選手選考会。大会2日目となる18日には注目の種目、池江璃花子さんが個人としてのパリ五輪出場権を狙う、女子100メートルバタフライの決勝が行なわれました。

東京五輪のヒロインになるだろう選手として多くの注目を集めた池江さんは、白血病という重い病に侵され、図らずもコロナ禍によって翻弄された東京五輪の象徴のような存在となりました。大会自体の1年延期と、池江さんの劇的な回復というふたつが合わさることでリレーメンバーとしての大会出場が叶ったとき、「あの1年」が辛いだけの時間ではなかったのだとようやく思えたものです。

その池江さんが、今度はリレーメンバーとしてではなく「個人」として、2019年の退院報告で掲げた遠い未来の目標に迫ろうとしている。この日行なわれる女子100メートルバタフライは池江さんの出場種目のなかでもパリへの切符をつかむ公算がもっとも高いだろう種目でした。準決勝は全体トップタイム、その時点で派遣標準記録を超える泳ぎも見せています。いよいよ、ついに、ようやく。祈らずにはいられない大一番です。

↓勝負の舞台は東京五輪の競泳会場・東京アクアティクスセンター!
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↓チケットは完売!なお会場の大半は選手・関係者席だった模様!
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↓いざ世界の頂きへ!謎の顔出し看板が盛り上げる!
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まるで水面のように波打つ天井が美しい東京アクアティクスセンター。「本来ならばここで…」と繰り言を始めればあとからあとから言葉が出てきそうな気分にもなりますが、時は戻りませんし、やり直すこともできません。人間にできるのは起きたことを受け止めて、それを乗り越えていくことだけ。

会場には多くの観衆と、それを上回る多くの選手・関係者が集っています。プールサイドの2階スタンドが一般席だとすれば、その上の3階スタンド以上の上層はすべて関係者席といった感触。明らかにスイマー、明らかに大学・クラブ関係者、明らかにVIP、そんな面々が日常の延長線上のようにして和気藹々と集っています。うむ、まさにここはスイマーが人生を懸ける決戦の舞台であり、チケットを売りさばいて小銭を稼ごうなんてつもりではないのでしょう。あくまでも「やる側」の大会、そんな雰囲気に観衆として紛れ込んだ僕も背筋が伸びます。

↓まぁ、だもんで、売店では身内用にビール売ってたりもするんですが!
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あとから気づいたんですが、左上に小さくポップが出ていました!

飲みながら競泳見るってのもアリですね!観衆は酒に溺れる感じで!



午前中に予選を行ない、夜に準決勝・決勝を行なうというスケジュールで進んでいくこの大会(※間に大きく時間が空くため、入場者も予選と準決勝・決勝とで完全に入れ替えになるという仕組み)。夜の部から観戦を始めますと、早速女子100メートル平泳ぎ準決勝では青木玲緒樹さん、鈴木聡美さん、渡部香生子さんといった錚々たる顔ぶれが集ったレースが行なわれ、上位選手は準決勝の段階から派遣記録突破タイムでゴールするなど上々の仕上がり具合。33歳とベテランの域に入った鈴木聡美さんが「今が全盛期」というような元気さで、2大会ぶりの五輪へ視界良好です。

さらに男子100メートル背泳ぎ準決勝では入江陵介さんが全体1位での決勝進出を決める順調ぶり。こちらはもし決勝で派遣記録突破&上位2人に入れば日本競泳最多の5大会連続での五輪出場となります。記録としてはもう少し上げていきたいところですが、まだ泳ぎにも余裕たっぷりですので、決勝も大いに期待して見守りたいところ。実力者たちの奮闘で、「世界」へ向けての気持ちも高ぶっていきます。

そして迎えたこの日の決勝種目。まず注目の一戦となったのは男子400メートル個人メドレー決勝。こちらには言わずと知れた第一人者、世界の瀬戸大也さんが登場してきます。「今年の」世界選手権で銅メダルを獲得している瀬戸さんとしては、五輪切符は通過点…のはずだったのですが、前半力強く飛び出したものの後半の平泳ぎと自由形でまくられ(最後失速気味)、まさかの2位。しかも派遣記録にも及ばず、何と世界選手権で7大会連続メダル獲得中の大本命種目で瀬戸さんは五輪を逃してしまいました。

もちろんこれは「日本が独自に設定している世界大会10位相当の派遣ライン」に及ばなかったというだけで、五輪が定める標準記録は余裕で上回っているわけですから「出そうと思えば出せるけど、出さない」という非常に厳しい結果です。この仕組みでずっとやっている以上「今のやっぱナシ!」とは今さら言えないでしょうが、もしこのあとの200メートル個人メドレーで派遣記録を突破し、瀬戸さんが個人として五輪切符を獲るようであれば、杓子定規にならずに400メートル個人メドレーにもエントリーするような運用を日本水連にも期待したいところです。「200のためにもなるから!」「調整名目で!」「本気でやらないようにキツく言っておきます!」とか何とか理由をつけるような柔軟さがあってもいいのではないかと思いました。そうさせられるように、瀬戸さんのもうひと踏ん張り、期待したいところです。

↓その400メートル個人メドレーでは、かつての萩野・瀬戸を思わせるように、高校生の松下知之さんが競泳第1号で五輪内定!

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ちょっと不穏な空気のなか、いよいよ始まる女子100メートルバタフライ決勝。準決勝では池江璃花子さんと平井瑞希さんが派遣記録を上回るタイムを記録しています。ほかにも派遣記録に迫る選手がいますので、タイムはもちろん順位も非常に重要になってきそう。大型モニターに各選手がお茶目なポージング映像を投影するなか、センター4レーンを泳ぐ選手として最後に入場してきた池江さんは両手を大きく掲げるガッツポーズを見せました。緊張感というよりはワクワク感。薄っすらと笑顔さえ浮かんでいます。

ゆっくりと準備をし、最後にスタート台に向かった池江さん。パンパンと身体を叩いて何度も気合を入れます。深く一礼して臨む決勝の舞台、池江さんはややスタート合わずも伸びのある浮き上がりから、前半26秒35でトップに立ちます。派遣記録ペースは十分に上回っています。ターン後の浮き上がりでも先頭をキープした池江さんですが、前半の入りが速過ぎたという準決勝と同じ課題が出たか、終盤はやや苦しい泳ぎに。5レーンの平井瑞希さんがグングン追い上げ、池江さんをかわす勢いです。最後の5メートル、池江さんはかわされたか、そして派遣記録の57秒34もかなり際どい状況。最後までもつのか。ゴール後に本人たちと観衆とが全員で見上げた電光掲示板の表示は…!

↓1着平井さん56秒91!そして2着池江さん、タイムは派遣記録をわずかに上回る57秒30!2人がパリ五輪内定!


池江さんは掲示板を確認すると、水中で小さく、けれど力強く拳を握りました。ほかの選手がプールから出て行くなかで、池江さんは自分のレーンから動かず、仰ぎ見るように上を見たり、うなずくように視線を落としたり、プールのなかで余韻を噛み締めるように過ごしています。やがてプールから出ると、両の手を合わせて、拝むように、スタート前よりもさらに深々と、プールに向かって長く長く頭を下げました。その長さは、乗り越えてきた困難の時間の長さゆえだったでしょうか。泣くでもなく、笑うでもなく、あえて言うなら「感謝」するように池江さんは時を過ごしていました。1位の選手がいることも敗れた選手がいることも承知しつつなお、今日は池江さんを盛大にお祝いせずにはいられない、そんな会場の一体感を覚えました。

インタビューに臨んだ池江さんは、前半の入りの速さについて「自分が思っている以上に速くなっているし、自分の制御が効かないくらい強くなっている証拠」ととらえ、さらに体力をつけてこの結果を次につなげたいと語りました。速過ぎて終盤失速したという悲観的な分析ではなく、強くなろうとしている自分に抑えが効かないんだ、そんな前向きな捉え方は新鮮で朗らかでした。そうです、池江さんは強くなろうとしている途中。ここからが本当の始まりです。

2019年に掲げたパリ五輪という遠い未来の目標は、途中思いがけず東京五輪に間に合うという前倒しもありつつ、この日しっかりと叶いました。ただ、あのとき掲げた目標にはもうひとつ「メダル獲得」というものもありました。かつての池江さんが成し遂げていない目標、新たな地平にある目標です。メダル獲得には復帰以前の自分を超えるタイムが必要となってくるでしょうが、逆に言えばそこまでたどり着けば、過去も、かつての自分も、困難も、すべてを超えた一番向こうにいるということでしょう。ぜひそこまでたどり着いてもらいたいものです。池江さんには病気から奪い返した時間があります。今大会にも30歳を超えてなお最前線で戦う選手たちが集っています。池江さんはまだ23歳、パリもロスもブリスベンも全部狙える大会です。そんな果てしない未来を夢見て、まずはパリを見守ろうと思いました!

↓おめでとう!ありがとう!素晴らしいものを見ました!



最後に。競技終了後、観衆も多くが帰途についたあとの会場では表彰式が行なわれていました。女子100メートルバタフライ決勝で3位に入り、池江さんとわずか0.01秒差で惜しくもパリ五輪を逃していた松本信歩さんの記録57秒31が学生新記録であるということでの表彰でした。

この種目の高校記録であり日本記録でもある56秒08を池江さんが記録したのは、2018年6月のこと。池江さんが病を発症したのは高校卒業を間近に控えた2019年2月のことでした。その後、日大に進学した池江さんは2022年に50メートル&100メートル自由形と50メートルバタフライでの学生記録を樹立するも100メートルバタフライでは記録を更新するに至りませんでした。

何もなければ更新されていただろう記録が、巡り巡ってこの試合を祝福しに来てくれたような気持ちになりました。皆が「池江さんおめでとう」と言っている切ない時間に行なわれた別のお祝いが、0.01秒の無念を少しでも埋め合わせるものであればいいなと思いました。全員の夢は叶わないのが現実であったとしても、全員が何かしら得られるような、そんな世界であればいいなと。希望が叶った人にも、そうでない人にも、みんなに何かいいことがあればいいなと思う、そんな一日でした!

↓この先の熱戦にも期待しています!
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次回は売店でビール買って「4-5」とか予想でもしながら見ようと思いました!