2024年04月10日08:00
結論は「今を一生懸命生きる」でした!
「楽」の文字を使うことに違和感を覚えるくらい、大きな寂しさが去来するような大楽でした。昨年11月から6ヶ月にわたって展開されてきた羽生結弦氏のアイスストーリー2nd「RE_PRAY」ツアーが、ついに、本当に、真のファイナルを迎えました。4月9日、故郷宮城県にて行なわれた追加公演の最終日、それは万感胸に迫る、大きな別れを感じる、名残を惜しみつづけるような時間でした。
会場となる宮城県セキスイハイムスーパーアリーナは、平日火曜日16時開始という日程も、決して交通の便がいいというわけではない立地条件も、現地では強い雨が降っていたという天候条件もはねのけて、満場の大観衆であふれていました。公演終わりのMCで語られたところによれば実に世界30ヶ国からの来訪があったと言います。
日本でしか開催していないのでイメージしづらくはありますが、このアイスストーリーは「プロフィギュアスケートのワールドツアー」として行なわれていても不思議はない、いやむしろ行なわれてしかるべき、そんな公演だったのだと改めて思います。いつか本当に世界を巡り出す前に、故郷宮城県の皆さんがひとりでも多く、現地でこの体験をできていたらいいなと思います。故郷に捧ぐ思いがあればこその追加公演だろうとも思いますので。
羽生結弦さん「よっしゃー」4回転3本&3A2本成功の圧巻ノーミス演技「今までの中で一番」 https://t.co/MOgxWwbUmk #フィギュアスケート #figureskating pic.twitter.com/xOhC7o2uV1
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すでにさいたま・佐賀・横浜と3会場6公演を現地観戦を含めて複数回ずつ見てきている目で見ても、なお新鮮さと楽しさを失わない「RE_PRAY」という作品は、この日も充実のエンターテインメントでした。全体の大きな構成自体は変わりませんが、一期一会のその日ならではの表現によって、どの公演ともまた違う特別な味わいをもたらしてくれます。
ときには何かを断ち切るがごとく覆ったようにも見えた「いつか終わる夢」後のリンクサイドカメラを、柔らかく慈しむように覆う姿。会場の設営によっては一段ずつ這いずるようにのぼっていた「鶏と蛇と豚」後のステージへの移動を、じょじょに崩れ落ちるようにして頂に至った姿。ときに両手を合わせるくらいだった「阿修羅ちゃん」での頭を垂れる振り付けを、五体投地してうやうやしく行なった姿。静かに、しかし不敵な笑みを見せて現れた「MEGALOVANIA」での羽生“サンズ”が、削った氷のカケラをカメラに浴びせて「攻撃」を見せる演出。表現する骨子は同じでも、ツアーを重ねるごとに磨かれ、伝え方が再検討され、仕上がってきた公演は、まるで競技会時代にプログラム単体で行なわれてきたブラッシュアップ工程の超絶拡大版を見るようでした。
そんなブラッシュアップは鑑賞者としての自分のなかにもあったような気がします。このツアーが始まったときには、着想の元であったゲーム作品との共通点探しや、ゲーム作品になぞらえた謎解きに躍起になっていたものですが、公演を重ねるなかでそうした視点がじょじょに解きほぐされてきたことを感じます。ここにあるテーマはきっとシンプルで、「生きる」ということ、どう生きるかということ、今を大切に生きるのだということが、たくさんの角度から繰り返し語られていたのだろうと今は思います。決して羽生氏自身の人生を表現したり、何かを暗喩したものではない、今はそう思います。解くべき謎があるわけではなく、はじめから答えは見えていたのだと。
もしこのツアーが1公演だけであったなら、僕の鑑賞は表面を追いかけることだけで終わっていたかもしれません。それが、やっと少し、ちゃんと作品に向き合えるようになったのかななんて思いながら、最後の「RE_PRAY」を味わっていく時間。だんだん「今度こそ本当に終わってしまうんだ」という実感がこみ上げてきて、楽しいのにじわりと涙がこぼれるような気持ちになってしまいます。
第1部のラスト、競技会相当の構成で臨む「破滅への使者」。世間はこれまでも、もしかしたらこれからも、「いまだに競技力を保つ」といった視点でこの演目を見るのかもしれません。しかし、6分間練習とプログラムが一体となり、ウォームアップすら「流れのなかに溶け込むように」進んでいくこの演目は、時間も構成も表現もまるで競技会のそれとは異なります。「戦いに臨むクジャ(=羽生氏)」を相棒のプーさんの視点で見守る映像を盛り込むなんてことは、すべてをコントロールできるわけではない競技会では望むべくもない表現です。偶然生まれる物語ではなく、意図して生み出された物語がここにはあります。「プロ」ならではのエンターテインメントがあります。競技力は必要な道具であって目指すゴールではないからこそ、保つだけではなく、さらなる進化を求めることにもなるのでしょう。
前日8日の公演では、「今までのなかで一番よかった」という本人コメントもあった「破滅への使者」はこの日も素晴らしい演技でした。冒頭の4回転サルコウ、トリプルアクセルからのコンボ、突如として訪れるトリプルループ、4回転トゥループと4回転トゥループから始まる5連続ジャンプ。最後までこれまでと同じ内容であったとしても十二分に凄まじい演技でした。それなのに羽生氏は、最後にトリプルアクセルからイーグルをつけるはずの部分をトリプルアクセル+トリプルトゥループのコンボにするというアップデートを加えました。まだ上がる、まだ上げていく、最後の公演でも挑戦と進化がつづいていたのです。
それは「向上心」と言えばそうなのかもしれませんが、きっとこの演目の表現に必要なことでもあったのでしょう。この演目ではすべてを出し切って、まさに自分の生命を振り絞って戦うラストバトルを演じているのです。できることを繰り返すだけでは表現できない領域が、きっとある。挑みつづけることでようやく見せられるギリギリの表現が、きっとある。勝つためではなく、超えるために演じるのがプロなのだ、そんな理解を得たような思いです。「出し尽くす」を表現するために、本当に「出し尽くす」、それがプロのアスリートとしてのフィギュアスケートなのかもしれないなと。そして、だからこそ、限られた時間と生命を思って、こんなに切なくなるのだろうと…。
羽生結弦さん 「正直な話、五輪より圧倒的に…」地元宮城で単独ツアー2時間30分超12曲熱演 https://t.co/NVcNqIoGAh #フィギュアスケート #figureskating pic.twitter.com/KzuJVn3MwS
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迎えた第2部。心なしかゆったりと、心なしか微笑みながら最後のカメラ覗き込みを演じた「いつか終わる夢;RE」。この会場がどういう場所であるか、先月「notte stellata」を執り行なった会場での演技に一層の想いと意義を感じずにはいられない「天と地のレクイエム」。アクシデントかもしれないけれど、背中の羽根が衣装を突き抜けたと言われればそんな気もしてくる「あの夏へ」。そして、ストーリーの上だけでなくリアル世界でも春が訪れたこのタイミングだけの特別な「春よ、来い」。優しく、希望に満ちたストーリーが紡がれていきます。
まるで頬ずりでもするようにリンクを愛でた「春よ、来い」を終え、羽生氏はせり上がりのステージへと向かいます。これまでと同じ流れですが、この日の映像ではそのときの歩みを進める表情や、のぼるときの表情、ステージ上での祈りの表情、そして光の糸をたどって明日へと向かう表情までもつぶさに映し出され、かつてないほど万感胸に迫るラストになっていきました。ストーリー上の言葉が映像で流れていても、同じセリフを声に出し、その声によって強くはためく衣装は、今そこに誰かが生きていることの証のよう。お互いが同じ時間を生きていることで生まれた奇跡のような瞬間なのだなと思います。一期一会の、今だけの時間を、堪能させていただきました…。本当に終わってしまうんだという理解とともに…。
羽生結弦さん、地元・宮城で初の単独公演「精一杯の姿を全身全霊の姿を」圧巻のジャンプ、滑りで満員5800人魅了 https://t.co/k1IJ8FuGfX #フィギュアスケート #figureskating pic.twitter.com/K8vgL5Znkn
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ストーリーを演じ切った羽生氏は、話の長さを気にしつつMCの言葉を紡いでいきます。来てくれたことへの感謝。来れなかった人たちへの慰め。天災などの影響がつづく人への労り。世界各地の人へ、思いつく限りの言語で並べた「ありがとう」。「男性!」「女性!」といった定番の観衆煽りから始まり、そこからシームレスに「運営!」「照明!ピカピカして!」「映像!」「演出!」「放送チーム!」「整氷チーム!」とメンバー紹介へ移行していく場面などは、とても自由で愉快でした。自由過ぎて、アンコールへ向かうくだりでも「違うやつやろうか?(笑)」なんて言葉が飛び出したほど(※曲の用意はあるけれど身体が無理とのことで違うのやるのは本人が却下)。観衆とのコール&レスポンスも含めてMCを楽しんだ羽生氏は、とても晴れやかです。とってもご機嫌です。
ただ、アンコール「Let Me Entertain You」を演じたあと「もういいよね?帰って、いいよね?いいよね?(笑)」とゼェハァしながらトロッコ問題形式の軽口を飛ばしたくだりでは、少ししんみりする場面も。軽口のなかにどこかリアルも潜んでいたのでしょうか、この先のスケート人生でいつまた大きな怪我をするかもしれないといった言葉で、いつかこの夢が終わるかもしれない可能性に羽生氏がそっと触れたのです。もちろん同時に、今はまだ体力的にも進化していられること、いつ終わりになってしまったとしても胸を張って作品を残したと言える、そんな時間を過ごしていることも笑顔で語ったわけですが、この時間は永遠ではないという避けようもない現実を突きつけられたような気がしました。
寂しい、悲しい、辛い、という痛み。
でも、きっと、それが「生きる」ということなんだろうと思います。
時間は限られていて、生命には必ず終わりがあって、それでも何かをする、それが「生きる」なのだろうと思います。厳しい挑戦をしても、何もしなくても、1秒は流れていきます。同じ1秒をどう使うかで人生の輝きが変わります。やりたいことがたくさんあって、やれる時間が限られているなら、どれだけ生き急いでも足りないのです。そのことを意識しながら過ごす時間は、終わりを意識せずに過ごす時間よりも、きっと尊くて有意義なものになるでしょう。終わりを意識してこそ、今を精一杯生きられる。一期一会を大切にできる。永遠の夏休みではなく、限りある夏休みだから夢中になれる、そんなところが人間にはあるのだろうと。生きている間にすべてをやって、遺す言葉もないくらいにやり切れたら、それこそ納得の終幕だろうと思いますのでね。
羽生結弦さん、2時間30分超え全12曲熱演「ほんとにしんどいんですよ」現在の悩みも告白「絶賛花粉症中です、僕」 https://t.co/FNhDv4UOiI #フィギュアスケート #figureskating pic.twitter.com/Xs3E4FE9kw
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公演の最後、羽生氏はこんな言葉を残して退場していきました。
「また、またいつか」
「せっかくこうやって作ったんで」
「僕の身体がもつかもわかんないし」
「見てもらえるかもわかんないし」
「でも、こうやって想い込めて作ったんで」
「またいつか、本当にいつか」
「RE_PRAYでも会えたら嬉しいな」
「来年すぐやるとかは言わないですけど」
「またRE_PRAY見たいって」
「思っていただけますかね…?」
(大歓声)
「じゃあ、いつか」
「今ここで聞いてくださっている」
「スタッフさんとかスポンサー様とか」
「この声届いてると思うんで」
「RE_PRAYをまたリバイバルできるように」
「頑張れたらいいなーなんて思ってます!」
「わかんないけど!わかんないけどね!」
「次のストーリーでよくね?って」
「言われるかもしれないですけど」
(RE_PRAY観たいの声)
「よかった」
「なら自分も魂込めて滑った」
「作った甲斐があったなって思います」
(大歓声)
「寂しくて帰りたくないですねこれ」
「でも、でもでも」
「終わりは始まりの始まりなんで」
「またどこかでRE_PRAYがあったら」
「見てやってください」
「そしてまた新しいストーリーができるか」
「わかんないけれど、またできたら」
「楽しみに待っててください」
(大歓声)
「これからも一生懸命努力します!」
「アスリートらしく」
「そしてアーティストらしく」
「この素晴らしい皆さんの」
「期待に応えられるように」
「一生懸命僕は僕として生きていきます」
「これからもどうか」
「よろしくお願いします!」
(大歓声)
「では、また会えるように」
「感謝の気持ちを込めて」
「ありがとうございました!」
(深く礼)
(リンクに触れる)
(退場)
(閉幕)
限られた時間のなかで、新しいストーリーも作ってほしいし、でもいつかまた「RE_PRAY」も見たいし。どっちも見たい。時間が足りない。選べない。そんな答えを出せないやり取りのなかで、結局できることは「今を一生懸命生きる」しかないなと思いました。今そこにあるものに一生懸命でいることしか、できることはないんだなと。明日がどうなるかわからないなら、今日を全身全霊で過ごすことの繰り返ししかないんだなと。
もし新しいストーリーが生まれる日が来たら、それを全身全霊で楽しみ、もしGIFTやRE_PRAYに再会する日が来たら、それを全身全霊で楽しみ、それが本当に本当の最後でもやり切ったと思えるように過ごすこと。そういう自分でいられるように努めていこうと思いました。なので、ツアーが終わってしまって寂しい気持ちもありつつ、心はとても前向きです。「明日、新しいストーリーが来たら」飛んでいけるように、今日を積み重ねていこうと心から思えましたので。
終わりは始まりの始まり。
それを約束の言葉と思って。
今できることを一生懸命にやって、来るべき日に備えます!
RE_PRAYを作ってくれて、ありがとうございました!
↓ゲーム由来なんで、いつかリバイバルはあるのが自然かなと思いました!
時代時代の技術に合わせてゲームは生まれ直す!
そうやって物語は生きつづけていく!
それはゲームの文脈では自然なことです!
いつかまた新たなRE_PRAYに会える日「も」楽しみにしています!
今を一生懸命に生きる
本当にこれにつきます
あまりにも不安定な政治状況やいつ来るかも分からない天災などを気に病むよりも前を向いて精一杯生きていきたいですね
幸いたまアリの初日とグランディの楽日を現地で見ることができました
はじまりと終わりをこの目で見られて昨日は感無量でした
同じ時代に生き、少し無理をすれば実際に出かけられる国に住んでいる自分の幸運を思わずにはおれません
さあ 次は土曜日のディレイビューイングと5月の舞台裏番組ですね
楽しみがつきません
フモさんの感想も期待しつつ待ちます