体操ニッポンから新王者が誕生!
いやーまさに神々の美しい戦いでした。パリ五輪体操男子個人総合、連覇を狙う日本の橋本大輝さん、新鋭・岡慎之助さん、そして中国が誇る大エース・張博恒さん。彼らが生み出す美しい演技の数々は、ルーブル美術館ならぬベルシー・アレーナ美術館とでもいった様相でした。「美しい体操」を存分に楽しませていただきました。
2日前の団体戦、率直に言って中国は失望的な結果だったことでしょう。勝ったと思った、勝って当然だった、そう言っていいただけの大きなリードを築いていました。野球で言えば9回裏10点差くらいはあったでしょう。数字上の可能性は否定しないけれど、「よほど」のことがなければ勝ち確であると。現実はその通りにはなりませんでしたが。
そこから48時間弱、どのように彼らがこの舞台に戻ってきたのか。勝利の喜びで固さがほぐれたか。敗北への怒りで限界を超えてきたか。チームを背負った戦いでないぶん、自己責任で大きな挑戦ができる戦いに、見ているこちらの胸も躍ります。群雄並び立ち誰が勝つのかわからない個人総合を見るのは本当に久しぶりな気がしますから。
↓日本勢はよくなることこそあれ悪くなるはずがない最高潮の状態!
↓漫画なら人気の強キャラであること間違いなしの人間性を備えた・張博恒さん!
この人間性があればこの試練も乗り越えられるのか…!?
僕なら「僕の気持ちもわかってほしい」って落ちたヤツを詰めますけどね!
戦前の見立てとしては張博恒さんが一歩リードしていました。パリに入ってからの予選・団体戦での演技で、ベストスコアだけを6種目合計すると張博恒さんが88.864点、岡さんが87.298点、橋本さんは87.131点というところ。もちろんそれぞれミスもありますし、先のことを考えて抑えた演技だったりもするわけですが「それにしても」かなりの点差があります。突出して強い種目があるとも言えませんが、全種目隙なく強い選手だけに一度離されれば挽回のチャンスはなかなかありません。日本勢としてはとにかく6種目すべてでミスなく、足割れも着地のずれも角度の狂いも揺れもなくして、美しさでプレッシャーを掛けるしかありません。
1班に入った予選上位勢の最初の種目はゆか。橋本さんは冒頭のG難度リ・ジョンソンも肩幅程度の1歩で止め、その後も美しい空中姿勢でしっかりまとめた演技。団体戦とまったく同じスコア14.633点をマークしました。つづく岡さんはDスコア(難度点)では橋本さんに譲るも、着地のビタ止めがすごい。ルドルフもまったく動かず止めるなど完璧です。予選ではミスが出たマンナ姿勢からの倒立も美しく決めて14.566点。その好演技ふたつを見たあとの張博恒さんは重圧を受けたわけではないでしょうが、連続技で止まり切れず、ゆかに頭をついてしまうという大きなミス。着地もそれぞれ決まらず、Eスコアをかなり失って13.233点の20位スタートです。
↓この驚異的な着地のビタ止めを見よ!ほぼ全部止め!
明暗分かれたスタートから最大の鬼門・あん馬に入る緊張感ある流れ。団体戦で落下があった橋本さんはセア倒立のところで落下してしまいます。この技は演技構成上もう一度実施しなければいけませんが、2度目の落下はなく何とか乗り切りました。あん馬に苦しむパリとなって団体戦よりさらに低い12.966点。一方、岡さんは高難度のブスナリを決め、降りもE難度とする構成と、美しくて速い旋回の実施とを両立して14.500点。予選よりも上げてきました。そして、追い上げたい張博恒さんは細かな姿勢の乱れは見えるものの大きなミスの連鎖は起こさず予選と同じ14.333点でまとめました。本命ふたりにそれぞれミスが出たことで、ここで岡さんがリードする展開となります。
3種目めのつり輪はやや張博恒さんが強い種目。橋本さんは落ち着いた演技ですが、着地で大きく跳ねてしまいました。さらに、演技中の技の認定がされていないようで難度も下がり、予選よりも低い13.400点。コーチ陣からインクワイアリー(確認)も行ないますが、得点の修正は認められず暫定18位まで後退します。つづく岡さんはチームメイトから教わったつり輪のコツをしっかり発揮する演技。こちらも一度は技の認定がされませんでしたが、確認の結果、難度が認められてスコアは13.866点としました。チームメイトの指南が大一番で実を結んだ格好です。一方、張博恒さんは日本勢に「これが本物のホンマ十字懸垂だ」と見せつけるような美しい演技で14.600点。グッと追い上げてきました。
4種目めの跳馬は選択次第で大きな得点を稼ぐこともできる種目。難度を上げてくるのかどうかもポイントです。岡さんは跳馬で怪我をした経験もあって、難度点5.20のドリッグスで抑えめの演技も、着地はビタ止めでEスコアは失わず14.300点と予選よりも伸ばしてきました。張博恒さんは岡さんよりもひねりが多い難度点5.60のロペスを決めますが、片足がラインオーバーして0.1の減点があり14.500点。そして橋本さんも難度点5.60のロペスを跳び、大きく高い実施で着地も一歩でまとめて14.766点。ジワリと追い上げます。
岡さんが実質的にトップに立った状態で迎えた5種目めの平行棒。最後の鉄棒は岡さんよりも張博恒さんのほうが格上ですので、ここでリードを保っておきたいところ。先に演技する張博恒さんは美しい倒立姿勢から着地までビタ止めで決める素晴らしい実施で15.300点。高い得点です。橋本さんは倒立にやや苦しい場面や姿勢の揺れが見え、着地でも小さく一歩。完璧な演技とまではいかず14.433点。連覇はかなり厳しくなりました。そしてこのローテーション最後の演技者となった岡さんは、得意の平行棒で「美しい体操」を発揮します。小さな握り直しなどはありますが大きなミスはなく、着地も小さな一歩で止めてDスコア6.500、Eスコア8.600の合計15.100点。張博恒さんにわずかに追い上げを許しますが、スコアボード上でも全体トップで最後の鉄棒に向かいます。
↓岡さんが全体トップで最終種目・鉄棒に向かいます!
そして迎えた最後の種目、鉄棒。岡さんがトップ、スコアボード上では3位につける張博恒さんとの差は0.366点。しかし、鉄棒では張博恒さんのほうが高い難度の構成ができ、予選のスコアで言えば0.600点ほど張博恒さんが上回ります。本当にギリギリの、ひとつの着地が勝負をわける勝負です。岡さんと張博恒さんの金争いに先立って演技した橋本さんは、すでにメダルの可能性は事実上消えていましたが、最後まで懸命の演技。連続技は一部抜きつつも多くの離れ技を見せ、着地は小さな一歩で止めました。パリ五輪最後の演技は14.400点。総合6位として、重圧と故障のなかでの苦しいパリをやり切りました。見事な体操ニッポンのエース、団体金メダルの立役者でした。
最後のふたり、先に演じる岡さんは少し緊張の面持ちも見えます。橋本さんからの激励を受けて臨んだ演技は、コールマンなどの離れ技を決めつつ、着地は小さな一歩。完璧とは言えないまでもこの状況で望める最高の演技です。演じ終えた岡さんはようやくの笑顔で仲間たちとハイタッチして達成感を滲ませます。スコアは14.500点。高い得点です。最終演技者・張博恒さんは金には14.866点が必要です。出せない得点ではありませんが、完璧に近い「美しい体操」が必要な得点です。張博恒さんの演技は素晴らしいものでした。離れ技も見事に決まりました。しかし、演技終盤に倒立で動きが止まり姿勢が崩れる場面がありました。着地はピタリと止めるも、痛恨の乱れでした。これによってEスコアを大きく失い、得点は14.633点。この瞬間、体操ニッポンから新たなオリンピックチャンピオンが誕生しました。岡慎之助さん、パリ五輪体操男子個人総合金メダルです!
↓緊張のなかで最後まで美しい体操を貫いた!
団体金&個人総合金!
新たな王者が体操ニッポンから誕生!
いやーーー、素晴らしい戦いでした。痺れるような試合でした。強力な中国勢を前に、相手方に大きなミスがあったとは言え、ジワジワと追い上げられる展開には震えがきました。ひとつのミスも許されないという恐れで、見ているコチラまで強張りました。そんななか岡さんは最後まで美しかった。すべての種目で美しかった。特にゆかの演技の着地の見事なこと。張博恒さんに大きなミスが出たのがゆかだったことも含めて、命運を分ける種目だったなと思います。
そして、日本には橋本さんがいたことが強かった。個人総合連覇、体操ニッポンのエース、そうした期待と重圧を最後の最後まで橋本さんが背負ってくれました。実質的に岡さんと張博恒さんとの金メダル争いになって以降もなお、日本から届く期待の念を橋本さんが受け止めてくれていたことでしょう。張博恒さんは自分自身がエースであったのに対して、岡さんはそばにエースがいてくれる20歳の若者だった。それがこの重圧の戦いのなかで、少しの差を生んだのかなと思います。
素晴らしいものを見ました。
また、体操が素晴らしいものを見せてくれました。
体操の面白さ、体操の魅力、体操への誇り、たくさんのものを残してくれた歴代の王者たちに感謝する夜です。
この競技を楽しめる体操王国に生まれて、よかった!
↓種目別・平行棒でも美しい体操で金を目指してください!
ロス五輪では橋本さんと岡さんの日本勢による頂上決戦も見られそうですね!