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レスラー須優衣の価値がさらに増したパリ五輪!

いやー、波乱に次ぐ波乱でした。レスリング女子フリースタイル50キロ級、前回東京五輪では相手に1ポイントも許さず金メダルを取った須優衣さんがまさか1回戦で敗退しようとは。誰もそんなこと思いもしなかったのか、須さんが敗れた1回戦はテレビ中継もない始末。連覇を狙う女王がネット配信の試合でひっそり負けるだなんて。日本からの応援がちょっと足りなかったんじゃないの?と思わずにはいられません。

しかし、これは波乱の始まりに過ぎませんでした。須さんに勝利したインドのビネシュさんはその後決勝戦まで勝ち上がりました。大会規定により、決勝進出者に敗れた選手は銅メダルを目指す敗者復活戦に進むことができます。よーしこれで須さんは敗者復活戦進出だ…と思っていたところ、翌日になったら敗者復活戦はなくなったと言うではありませんか。

どうも、2日目の競技に臨むにあたっての計量において、ビネシュさんは計量オーバーで失格となったようなのです。その結果、準決勝でビネシュさんに敗れた選手が決勝戦に繰り上がりで進み、本来であれば敗者復活戦として行なわれるはずだった「ビネシュさんに1回戦と2回戦で敗れた選手同士の対戦」がそのまま3位決定戦にスライドすることになったのです。

↓一部報道ではビネシュさんは「100グラムオーバーで計量失敗後は脱水症状で失神した」そうです!



かつてレスリングは柔道のように1日で競技を行なっていましたが、リオ五輪後の2017年に試合方式を変更し、「1回戦〜準決勝」「敗者復活戦〜決勝戦」と2日間に分けて実施することにしました。これは選手の減量後の急激な体重増加による健康被害を防ぐ目的だったとのことで、現行ルールでは2日間とも「試合当日の朝」に計量が実施されます。国際トーナメントにおいては2日目の計量に2キロの許容幅が認められていますので、50キロ級の場合は2日目の朝の計量では52キロにおさめればよいということになります。

計量を失敗した選手は大会から除外され、失格として最下位にランクされます。失格した選手に敗れた選手は次のラウンドに進むと規定されていますので、準決勝で敗れ3位決定戦を戦うはずだった選手は決勝戦へ、1回戦・2回戦で敗れ敗者復活戦を戦うはずだった選手は3位決定戦へと進むことになります。このようなことで、須さんは敗者復活戦をスキップして、いきなり3位決定戦に登場することになったわけです。

↓「2018年から10階級制、2日間の試合形式になります」という公式からのお知らせです!

五輪で行なうのは10階級のうち6階級です!

なので、体重が中間ぐらいの人はいろいろ悩みますよと!


……と、これは国際レスリングルールに規定されていることなのですが、よくよく考えたらこれは不公平で理不尽ではないでしょうか。2日目の計量で失格になった選手というのは、初日の朝は規定内の体重であったものをドカ食いで一気に体重増加を果たし、その結果として2日目の計量では「2キロの許容幅」におさまらなかったわけです。ということは、初日の競技においては2キロどころではない体重増加を行なっていたわけです。個々の状況にもよりますが、5キロ以上増えていても不思議はないでしょう。

まぁ、体重増加はどの選手もやることなので構いませんが、それは「同じ条件ならば」という話。決勝まで勝ち上がるつもりの選手は当然「翌日は2キロ増におさめる」範囲で体重を戻します。しかし、強い対戦相手を引いてしまった選手は「1回戦の相手は絶対女王か」「ここで勝たねばその先を考えても意味がない」「もう一度落とせるかどうかはわからんがマックスまで体重を増やしてイチかバチか勝負だ!」と翌日の計量のことなど考えない大増量に挑むことだって考えられます。

今回の場合も、ポイントリードで試合を優位に進めていた須さんが、試合時間残り9秒の相手の捨て身の体当たりで押し負けたことが敗因でしたが、そこには「翌日は2キロ増におさめる程度の増量」と「イチかバチかの大増量」との1階級ぶんほどの体重差が効いていたのではないかと思うわけです。しかも、この「イチかバチかの大増量」の選手との差は戻したあとの「最初の試合」のほうが、少し動いたあとの「数試合後」よりも大きいはずです。つまり、一番の不利を被ったのは須さんなのです。

その際、「イチかバチかの大増量」を行なった選手と「1〜2回戦で対戦してしまった」選手は現行ルールでは著しく不利益を被っています。前提条件が異なる不利な勝負を仕掛けられたにもかかわらず、先に対戦したというだけの理由で、相手が失格になっても金メダルへの挑戦権は失われてしまうのです。これは計量に関する話だけではなく、ドーピング違反などでも同様の規定が適用されますので、ドーピングで筋肉の塊となった違反最強選手と「1回戦で当たって敗れてしまったら」、クリーンな選手はどうやっても金メダルにはならないのです。対戦順が違って、準決勝以降まで当たらずに済んでいれば決勝進出&金のチャンスが残ったかもしれないのに。

今回はもはやどうにもならないと思いますし、すべてをあとからやり直すことができるはずもありませんが、せめて「2日目の計量等で失格」が出た場合は「敗れた選手全員でもう一回決着戦」をやるのが穏当ではないかなと思います。16人参加のトーナメントであれば、もう一度やり直したところで「敗者復活戦⇒3位決定戦」だったものが「敗者復活戦⇒やり直し準決勝(※負けたほうは3位になる)⇒決勝戦」で1試合増えるだけですし(※十分不利ではあるが)。本来の準決勝で敗れた選手も、「負けても3位、勝てば決勝」という設定の試合なら納得感はあるでしょう。本来なら2日目は「負けたらメダルなしの3位決定戦」をやるつもりだったんですから(※十分不利ではあるが)。被害を被るまで気にしていなかったコチラも間抜けでしたが、もうちょっと改善の余地がある仕組みではないかと思いましたよね。

↓うーん、対戦運が悪かった!16分の3の大ハズレ!



とは言え、繰り言を述べても仕方ありません。今この場でできることは3位決定戦に勝って銅メダルを取ることだけ。須さんは本来なら2回戦で対戦するはずだったオクサナ・リバチさんと銅メダルを懸けて戦います。相手も2018年の世界選手権で銅メダルを取った実力者ですが、そのときに金を取ったのが須さんなのですから何の問題もありません。

前日のインタビューでは何度も申し訳ないと謝りながら「ここで終わってしまったのが信じられない」と泣いていた須さんですが、3位決定戦の舞台には堂々たる王者の風格で登場しました。タネが割れてみれば相手は「イチかバチかの大増量」だったと分かったわけですから、王者の威厳はいささかも傷ついてはいません。「残ってる選手にここから3連勝できたら金にしてあげましょうか?やりますか?」と提案したら即答で「やります!」と答えそうなくらいに気合が入っています。

会場ではこの試合に先立ち、男子グレコローマンスタイル77キロ級で日下尚さんが獲得した金メダルの表彰式が行なわれており、主に日下さんの大応援団がドッカン盛り上がっています。日下さん本人も表彰式の前に須さんの激励に向かっていました。これは遠いパリの地であっても日本の須さんに強い追い風が吹くというもの。

そして須さんはつかみました。開始30秒手前でタックルから後ろにまわって先制すると、2分過ぎにもタックルを決めて追加点。そこからローリングしてさらに追加で6-0。さらにタックルから後ろにまわって8-0。第2ピリオドに入って早々にもさらにタックルを決めて10-0。10点差がついたことでいわゆる「コールド勝ち」に相当するテクニカルスペリオリティ勝ちとなり、須さんは勝ちました。東京五輪のように1ポイントも与えない圧倒的なレスリングで銅メダルをつかみました。見ている者としては「金」を奪われたという憤りは拭えませんが、須さんは美しく銅を奪還しました!

↓本人的には銅で満足はできないかもしれませんが、素晴らしい戦いでした!


試合を終えたインタビューで須さんは「オリンピックチャンピオンの須優衣じゃなかったら価値がないんじゃないか」と思っていたという苦悩を明かしました。そして、「負けたのに」応援してくれる人たちに感謝していました。その様子を見守っていたスタジオにいる伊調馨さんが、みんな須優衣というレスラーが大好きだから、須優衣のレスリングが見たいから応援しているんだと思うよ…と寄り添うように言葉を掛けていたのが印象的でした。レスリングを楽しんでほしい、そんな想いが滲んでいました。

五輪4連覇を成し遂げ、誰よりもオリンピックチャンピオンでありつづけた人が、「違うよ、勝っているからではなく、愛されているからなんだよ」と自ら見出した人生をの答えを教えてくれているようで、とても温かい気持ちになりました。放送を通じて須さんに呼び掛けたわけではないので、人づてになると思いますが、伊調さんの思い伝わってくれたらいいなと思います。僕もその通りだと思います。ここにも「銅」で泣いている者がいます。金がすべてではないのです。金に挑み、頑張っている人間の姿に尊い価値があるのです。だから、「須優衣」の価値は上がりこそすれ下がるはずがないのです。どうか胸を張って、実質無敗でつかんだ「銅」持ち帰ってください!



2キロは許容幅だって言ってるのに、そこをリミットに戻すんじゃないよ!