2024年08月15日08:00
複合競技は難しいですよね!
引きつづきパリ五輪期間中に消化できなかったテーマについてまとめていければと思います。「有識者」シリーズ第2弾として、今回はスポーツクライミングの女子ボルダー&リードの決勝で森秋彩さんがボルダー第1課題のスタートに取りつけなかった出来事についてです。
こちらも素人衆と有識者の間で大きく見解が分かれているように見受けられます。素人衆は身長という変えられない要素を由来にスタート地点にすら取りつけないことに対して「不公平」と憤り、有識者は「よくある話」「低身長=軽体重が有利に働く課題もある」「同じくらい低身長の選手でもクリアできているのだから技術の問題」と総じて「素人衆の意見は全ツッパ」に走っています。
普段は注目されない界隈が、自分たちがこれまで受け入れ、それが普通のことと思って漫然とやってきたことを一斉に世間から否定されれば、まずは心理的に防御に向かうのは理解できます。そして、所詮は素人衆の意見ですので「浅知恵」「無知で無茶な意見」「素人は黙っとれ」とマウントを取りたくもなるでしょう(※登るの大好き人間だけに)。心の底で「お前らは壁にしがみつくことすらできんくせに」と思いながら。
しかし、やはりこれは4年に一度の貴重な「世間一般の視察の機会」なのです。そこで出た意見は貴重なものであり、自分たちを省みるキッカケになるものです。組織のなかにいると気づかないパワハラや非常識が第三者の目に晒されて初めてオカシイと露見することがあるのと同じです。たくさんの人が見て、たくさんの人がオカシイと思うのなら、そこには必ず改善の余地があるはずなのです。決してマウントなど取らず、謙虚に向き合うべきだと僕は思います。
↓「ボルダー第1課題のスタート」を見ていない方はリンク先でどうぞ!
【速報動画 #パリオリンピック2024】
— NHKスポーツ (@nhk_sports) August 10, 2024
初出場の #森秋彩 選手
メダルをめざして決勝の舞台に登場
📺地上波(総合)で放送中https://t.co/cWLpESeiU5
👆スマホで見るなら NHKプラスで配信中
スポーツクライミング
女子ボルダー&リード pic.twitter.com/T288dIYJ43
まず、有識者が守ろうとしている部分について、僕も基本的には同意見です。「低身長(=軽体重)」であることには悪い側面もあれば良い側面もあります。森さんに不利になる課題もあれば、逆に有利になる課題もあります。そしてクライミングが本義的に「山に挑む」競技である以上、自分の身体のサイズは言い訳にはなりません。誰の手も届かない高さにホールドがあるならさておき、平均的な身長の選手が届くものであればそこに不公平はナイと思います。
身長154センチの森さんもつかむべきホールドに触れることはできていました。身長157センチのラバトゥさんはホールドを保持し、その課題を完登しました。3センチの差は大きいとは言え、157センチの小柄な女子選手がクリアできる課題が「身長を由来とする不公平、差別」とは言えないでしょう。今後身長140センチ台の選手が世界で活躍する可能性もあるわけですが、「山」は選手のサイズに応じて縮んだりはしません。選手の身長で課題のサイズを変えることはクライミングの精神として適切ではないでしょう。こうした課題は森さん自身も分かっていた弱点であり、今後の改善点としてほしいところです。
↓森さんは第2課題のスラブ(緩斜面)を登れなかったことを反省しています!
🇫🇷#パリ五輪‼️速報‼️インタビュー🙋♀️
— TVer_Sports🏃オリンピック™ほぼ全競技配信7/24〜🏅 (@TVer_Sports) August 10, 2024
🧗♀️#スポーツクライミング 女子ボルダー&リード決勝
4位🇯🇵#森秋彩 選手が悔しさと五輪で得た成果について語りました。
✅#スポーツクライミング まとめ👉https://t.co/v3FyzqiQcU#パリオリンピック 競技のライブ・ハイライト・見逃しを #TVer で無料配信! pic.twitter.com/ORaNdCLax8
「まずは目標にしていたリードで」
「トップを取る(完登)っていうことが」
「できなかったのでそれが一番悔しいですし」
「得意なスラブ(※第2課題が)」
「できなかったことで」
「表彰台も逃してしまったので」
「かなり悔しい思いが強いですけど」
「なるべくしてなった成績なのかなと思って」
「素直に受け入れようと思います」
第1課題については何も言ってないですね!
本人も受け入れ済の出来事です!
ルートセットは国際的なチームで行なわれており、そのなかには日本から参加している方もいます。差別的な意図が入るはずもありませんし、むしろ逆にテストの段階で「森さんでも届くよね?」と気にかけてさえいたかもしれません。その意味で、第1課題のスタートそのものの「不公平」や「差別」といったものを問うことは不適切だと思います。アレは登れなかったのが悪い、そういう性質のものです。
スポーツクライミング コースづくり担う日本人女性 パリ五輪https://t.co/1y4dtlbVSi #nhk_news
— NHKニュース (@nhk_news) August 6, 2024
ただぁ!(※霜降り明星・粗品さんの声で)
ただぁ!(※霜降り明星・粗品さんの声で)
ただぁ!(※霜降り明星・粗品さんの声で)
「何も問題がなかった」かのように現状を追認しているスポーツクライミング界隈には大いに問題があるだろうと思います。勝手に山に行き、勝手に岩を登り、勝手に落ちて死ぬという個人の人生として行なうのであれば何をどうしようが個人の勝手ですが、これがオリンピックで行なわれる競技でありスポーツエンターテインメントであり、「観衆」の存在を前提にしている以上は、このように多くの人から「不公平」の声が上がるものには改善すべき点が必ずあるということです。こうした声に真摯に向き合わずに「俺たちはこういうスポーツ!」と開き直る態度に僕は賛同しません。
あの課題設定は「不公平」「差別」ではないけれど、「めちゃめちゃ下手糞」だったと思います。界隈はその点を認めようとしませんが、「ルートセットがめちゃめちゃ下手糞」だったと僕は思います。あの第1課題、8人がトライして6人が完登しています。完登できなかったのは森さんと、ボルダリングが不得意で結局4課題とも完登できなかった韓国のソ・チェヒョンさんだけ。完登者のうち3人は「一撃」で、「二撃」での完登も2人います。つまり、総合的に言えば「めちゃめちゃ簡単な課題」だったのです。選手同士でほとんど差がつかない、登れて当然くらいの簡単な課題を設定してしまったなかで(←これ自体も下手糞案件)、「その入口部分に身長という変えようがないファクターで極端に有利不利が出る箇所」を置いてしまったのは「下手糞!」と批判されて当然だと僕は思います。だって、この第1課題だけでほとんどの選手に対して約25点も差がついたんですよ。森さんの最終スコアに25点を足したら銀メダルになるのに、です。
そもそも「スタートのホールドを取れるかどうか」に25点もの価値が発生するような設定の試合、面白くも何ともないでしょう。界隈が「スタート核心」と呼ぶスタート地点に一番の難所があって皆がスタート地点で苦労する課題だと言うならまだしも、他選手は一撃でヒョィと飛びついただけの箇所で25点差です。僕ら素人が見たいのは、じょじょに振るい落とされながら「一番チカラのある人が25点(1〜2人とか)、次にチカラがある人が10点(3〜4人とか)、そんなにチカラがない人が5点以下(3人〜)」といった感じで、力量が得点に反映されていい感じにバラけるのを見たいのです。誰も登れないのも、みんな登れるのも「バラけない」のであればどっちも競技スポーツとして下手糞です。百歩譲って「5点」のホールドで落とすならまだしも、得点へのトライですらないスタート地点で落とすなんてスポーツエンターテインメントとして大失敗もいいところです。SASUKEの最初の障害が反り立つ壁で山田がスタート地点で立ち尽くすみたいな話です。山田は泳がせてから絶望させるから面白いのであって、初手で潰してはいけないのです。もしもものすごく「足場の悪いホールドを蹴って、つかみづらいホールドを取る」ダイナミックな課題を重視しているなら、10点と25点の間でやったらいいじゃないですか。ちゃんとそういう能力を測り、そこで選手がバラけるような課題設定として。
そして、さらなる問題はこの種目がボルダー&リードの複合種目であることです。ここでついた25点の差はそのまま総合順位に反映されるのです。リードで稼ぐ25点もボルダーで稼ぐ25点も同じ価値なのです。仮に森さんがリードで満点の100点を取ったとしても、リードで75点以上を取った選手がほかに3人いますので「あのスタートに取りつけなかったマイナス」は「リード完登で挽回できるプラス」よりも相対的に大きいのです。あの第1課題のスタートが何の問題もないと思っている界隈の人は、ボルダー第3課題のように保持力重視で身体を折り畳まないといけない難所をリードのスタート地点の10点のあたりに置いても「公平です」「よくある話」「クリアできないほうが悪い」と言えるでしょうか。あるいはさらなる下手糞セットとしてリードのスタート地点があのボルダー第1課題と同じスタートだったとしてもそう言えるでしょうか。まぁ、意地でそう言い張ったとしてもそんなもの「面白い」わけがありません。リードだって「一番チカラのある人が100点付近(1〜2人とか)、次にチカラがある人が70点付近(3〜4人とか)、そんなにチカラがない人が50点付近(3人〜)」と選手の力量が反映されるようにバラけさせてこそ面白くなるのですから。
前回東京五輪では複合の順位決めに「各種目の順位を掛け算して数字が小さいほうが勝ち」という仕組みを採用していました。「ボルダー2位×リード4位=8点」の選手と「ボルダー7位×リード1位=7点」の選手であれば、後者が勝つという仕組みです(※今回もこの仕組みであれば森さんは銀メダルだった)。それを止めたのは、「微差による順位の差が効き過ぎる」からでしょう。ポイント制にしてちゃんと力量差を反映しようと思ったからでしょう。ならば、もっと心を砕いて、力量がしっかりポイントに反映されるようなルートセットをしなければいけませんでした。自分たちではちゃんとやったつもりだったかもしれませんが、普段からああいうセットをしているから五輪という大本番で「できてないじゃん」「あんなくだらないところで25点差もつけて」「下手糞!」と指摘されたのです。このように素人衆が騒ぐとき、その心は総じて「つまらん」に帰結します。つまらんことをずっとやってきた界隈が、「つまらん」と言われているのが今なのです。観衆が「つまらん」と言っているのに、「これで正しいんです」と正しさで反論しても誰も納得しませんし、誰も幸せになりません。そこは素直に「これつまらなかったんだな」と反省すべきだろうと僕は思います。
↓東京五輪のルールならこのリード1位で銀メダルに届いていた!そのぐらいの奮闘でした!
スポーツクライミングは「見られる」ことの歴史がまだ浅いので、こういうことをひとつひとつ解決しながら進化していく必要があると僕は思います。なので、このように多くの反響がある出来事を改善のチャンスと受け止め、素直な心で解決を図るのが有識者たちの務めであり、間違っても「俺たちはこういうスポーツ!」で突っぱねてはいけないだろうと思います。「いつもこうだから」で思考停止をせず、より公平性や納得感を求める仕組みを追求していくべきだろうと。
身長や体重で有利不利が出るという大前提があるのであれば、それをどのような配分で課題にしているのか、情報開示をしたっていいはずです(※まさか何も考えてないわけないですよね?/うっかり低身長不利の課題を4つ並べちゃうとかもあるのかな?)。大会においてルートセットの意図は解説者が何となく読み解くだけですが、ルート公開時に「ルートセットのテーマ」「想定している攻略方法」「選手の能力によって差がつきそうな箇所」をCGや実演VTR等であらかじめ「模範解答」として提示してもいいはずです。そこに込めた意図と模範解答が分かれば、「この課題は低身長不利だけど、この課題は高身長が不利でバランス取れてるね」とか「あの選手はもうちょっと足場の右寄りを蹴るべきだ」といった納得感を見る者も得られるはずです。そして、模範解答以外の攻略をした選手には「発想が豊か」といった賛辞も送れるでしょう。選手がオブザベーションしている間に、視聴者もそれを見られたら中継も充実しますよね。
特定の箇所の有利不利が効き過ぎないようにするために、ボルダリングを「5課題4採用」といった方式にしたっていいはずです。山と違って基本的に「攻略ルートは1本」しかないボルダリングの課題で、その攻略ルートをサイズ由来でクリアできない選手が生まれたらどうしたって不満は生まれます。「5課題4採用」とか「4課題3採用」にしておけば、「ひとつまでは無理な課題があっても戦える」でしょう。全員に対して公平に無理目な課題をバランスよく入れるより、よっぽど簡単に現状を改善できるんじゃないでしょうか。
そして、根本的な課題として「ボルダリングとリードをまとめて評価するのはやっぱり無茶だよね」という点を本気で詰めていくべきでしょう。クライミング界隈ではそんなこと百も承知でしょうし、できるならば「リード」「ボルダリング」「スピード」で3種目やりたいわけでしょう。そうすれば森さんは世界一のリード選手として、正しい評価で正しく金を取ってハッピーでしたし。そうするためには競技自体の人気が上がり、肥大する五輪の厳しい人数制限のなかで「3種目分の選手が出てもいいよ」とIOCに思ってもらうことが何よりも重要です。有り体に言えば「人気が不十分だから選手数削減のために複合種目にされている」んです。そのときにすべきことは素人衆を突っぱねることではなく、「皆さんのご不満、よーく伝わりました」から始まる改善への議論のはずです。現状を説明して有識者マウントを取ることではなく、もっといい方式を考えることのはずです。そうやって世間を巻き込んでいかずに、「ありのままの俺に五輪が合わせろ」なんて話、通るわけないでしょう。五輪のほうから「その辺の岩でも登ってろ」と言われて終わりです。
残念ながらそういった視点を持った有識者が見受けられないのが、スポーツクライミング界隈の現在地なのかなと思います。
選手は懸命に「壁」と向き合っているのに、有識者は「世間」と向き合っていないなと思います。
日本が競争力を持てそうで、個人的にも面白く見られる種目だけに、そういう閉鎖性を非常に残念に思ったパリ五輪でした。
選手は頑張ってると思いますけどね!
↓こういうさりげない「敬意」が嬉しいですね!
女子課題が「不公平」と議論のスポクラ 男子金・英国選手が森秋彩を「レジェンド」と称賛― スポニチ Sponichi Annex スポーツ https://t.co/DqPNFJEoLY
— スポニチ記者ツイート スポーツ (@sponichisports) August 13, 2024
同じ不満が生まれない仕組み、4年でしっかり作ってくださいね!
あんな「つまらん」負けも、逆にあの手の「つまらん」勝ちを得るのも、どっちも下手糞です!
次はリード種目ができて、ヤンヤ・ガンブレットさんと頂上決戦できますように!