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日本車いすラグビー、悲願の金!

パラリンピックは戦いの場、勝負の舞台である。そんな当たり前でありながら、見守る観衆の多くがつい忘れがちになることを改めて示してくれた、そんなチーム、そんな戦いがありました。ロンドン、リオ、東京と3度準決勝で涙を呑んできた車いすラグビー日本代表。このチームはただひたすらに勝利を目指していました。人生を頑張るとか不自由を乗り越えるとか多様性とかそんなことではなく、アスリートとしてただひたすらに勝利と金メダルを目指していました。

その戦いはスポーツエンターテインメントして心震わせてくれるものでした。準決勝オーストラリア戦、またしてもここで敗れるのかと戦慄した最終盤と、延長に持ち込んで勝ち切ったあの勝負強さ。シャンドマルス・アリーナを埋める大観衆が生み出した割れんばかりの「ニッポン!」コールはオリンピックやワールドカップと何の差があるものでもありませんでした。戦うために集った選手たちと、素晴らしい試合と、楽しむために詰めかけた観衆たちがいました。熱かった。




大きな壁を打ち破った日本が臨む初の決勝。対戦相手は過去2度の金に輝いた強豪アメリカです。直近の対戦では日本が勝利を重ねているものの、勝負に絶対はありません。試合前、君が代と「The Star-Spangled Banner」が流れるアリーナは星のようなフラッシュで満たされ、輝くばかりです。今大会の競泳でメダルを獲得した富田宇宙さんの「この場に立てたことには、障がいを負って苦労したことを含めて『ありがとう』と言いたくなる」という言葉もよぎります。まさに夢の舞台、「目指したくなる」ような舞台がそこにはありました。

ついに始まった日本初めての決勝戦。日本は池崎大輔さん・池透暢さんの2人のハイポインター通称「イケイケコンビ」がチームの中心となりますが、アメリカもそこへのマークは当然厳しくなります。そこで期待が懸かるのは、今大会攻撃の主軸として活躍をつづける橋本勝也さんです。橋本さんはパラリンピックの金を本気で目指すために、福島県の役場を退職もしました。人生を懸け、この勝負に挑みます。

一方アメリカは絶対的な司令塔チャールズ・“チャック”・アオキさんを中心に、女子選手ながらハイポインターとして攻撃にも積極的にかかわるサラ・アダムさんを活かすホットラインを築いています。女子選手が出場することでチーム編成の持ち点が0.5点増えることも加味した強力布陣から得点を量産していく構え。日本はいかにこのホットラインを塞げるかが鍵となりそう。



最初のティップオフでボールを奪えなかった日本はアメリカに先制を許し、追いかける展開となります。スティールも許し試合序盤で早くも2点差に開きます。基本的に得点の取り合いになる車いすラグビーでは、この2点差はそれなりに重たい点差です。もう離されたくない、日本は必死に食らいついていきます。しかし、2点差で追いかける展開のなかピリオド終盤にはパスが低くなったところを相手のローポインターに弾かれるという痛いミスも生まれ、結局第1ピリオド終えた時点では11-14の3点ビハインドとなります。

第2ピリオドに入ると、日本は相手のパスの出所に厳しいマークをつけ、スティールで点差を縮めることに成功。再び2点差でアメリカを追いかける形とします。しかし、アメリカも自陣ゴール前で壁を作る強固なディフェンスで日本に簡単な得点を許さない構え。日本は際どいパスや後ろ向きの態勢でのトライなどを強いられる我慢の展開です。それでも日本は相手の反則やミスの機会を粘り強く待ち、残り2分台では連続得点でついに同点に追いつきました。

そして残り1分に差し掛かる頃、サラさんとマッチアップした橋本さんは、相手の苦しい態勢からのパスを懸命に背中と腕を伸ばしてカットしました。車いすながらまるでジャンプするかのような大きな伸びでつかんだターンオーバーと逆転トライ。日本は残り時間をしっかりとマネジメントして、このピリオドのラストトライも奪いました。第2ピリオドを終えて24-23と1点リードは理想的な前半戦です。

↓ずっと追いかける展開のなか、前半の終わりについに逆転!



迎えた後半、第3ピリオド序盤は互いにミスが生まれて逆転・再逆転とシーソーゲームがつづきますが、ピリオド中盤には流れも落ち着き、交互に得点を重ねていく取り合いの展開に。そんななかで光ったのが日本のディフェンスでした。アメリカのパスを何度も池さんが弾き、相手にプレッシャーをかけます。その圧力が相手の焦りを生んだでしょうか。ピリオド中盤には「どうしても点を取らねばならぬ」と熱くなったアメリカが、攻撃に手をこまねくなかでショットクロックを伸ばすために「選手が取れるタイムアウト」を使い切り、さらに「ベンチが取れるタイムアウト」も使って攻撃を継続するという勝負に出てきました。相手が貴重なタイムアウトを2つ使ってまで欲しがった得点ですが、ここで日本がしっかりと守り切り、結果としてこれが勝負の流れをグッと引き寄せる大きな大きな分岐点となりました。流れを失ったアメリカはさらにミスを重ね、日本はリードを広げます。

34-32の2点リード、しかも日本ボールという状況で迎えた第3ピリオド最終盤。日本はショットクロックをギリギリまで使ってからタイムアウトでショットクロックを回復させることで「残り時間をキッチリ消化しつつ、このピリオドの最後のトライを取って、日本ボールで始まる次のピリオド冒頭で連続得点」の展開を狙います。この作戦が見事に決まり、第3ピリオドのラストトライを取って35-32の3点差で終えることができました。素晴らしい展開、理想的な流れ、金まで残り8分。アリーナの大観衆は立ち上がってこの熱戦の決着を待っています。日本の大応援団はパリ市民を巻き込んで「ニッポン!」コールを送っています。ついについに金が見えてきました。

↓さぁ最終第4ピリオドへ!10年以上壁の前で見上げてきた金がそこにある!


最終第4ピリオド、日本はじっくりと時間を消化しながら得点を重ねていく構えです。追いかけるアメリカは苦しさは隠せず、無理目のプレーを狙っては反則を重ね、さらに点差は開いていきます。残り6分15秒では5点差という車いすラグビーとしてはかなり大きな点差まで広がりました。もう無理は必要ありません。相手の連続得点だけ気をつけて、1点ずつ積み重ねていけばいい。6点差、7点差、8点差、さらに点差は開いていきますが最後まで日本はプレーを緩めません。1点を守り、1点を取る、その積み重ねに集中しています。勝利の予感は微塵も見せません。笑顔はまったくありません。ただ、涙はありました。選手たちにではなく、スタンドを埋める大応援団が堪え切れずに泣き始めていました。泣きながら張り上げる声援と、ひとつの緩みもなく戦いつづける選手たち。ここまでの悔しさのぶん、日本は最後まで勝利を逃さぬように戦います。

そして迎えた最後のプレー。残り3.7秒という段階でのアメリカの最後の攻撃をカットすると、ボールをつかんだ日本の新たなエース・橋本勝也さんは、そのボールをポーンと弾き上げました。最後の1秒を噛み締めるように、この瞬間で時を止めるかのように、無人のアメリカ陣内で刻まれた夢のバウンド。ロンドン、リオ、東京、どうしても届かなかった金メダルをつかむ瞬間を、チームと応援団と関係者の全員が「何もせず、ただ見つめるだけ」でゆっくりと共有することができるとてもとても美しい幕切れで、日本車いすラグビーが悲願の金メダルを獲得しました!

↓やった!勝った!悲願の金メダル!

パラリンピックおもしれぇぇぇーーーーー!

車いすラグビーおもしれぇぇぇーーーーー!



多くの栄光が生まれた東京パラリンピックで、金のチカラを持ちながら銅に留まった日本の車いすラグビー。あのときの悔しそうな表情が、ようやく眩しい笑顔に変わった、そう思いました。個人的にもあのとき見るつもりでいた瞬間を見られたことで、観衆の立場としても味わった無念が報われるような気持ちになりました。握り締め、無効になったチケットも、「買うならパリのほうだったな」と笑っていることでしょう。本当に楽しませていただきました。ただただ楽しく応援しました。日本勢としてはパリで初めての団体球技のメダル、しかも金。この夏のなかでもとりわけ大きな喜びの瞬間になりました。ずっと見たかったものを見られて、とても嬉しいです!

↓寝てて見逃した人は今からでも見るしかないですね!



新たなエースも誕生して、早くもロスでの連覇に期待が懸かります!