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「問題視」を招き入れるのはどうかと思いますね!

スポーツに怪我はつきものですが、そのなかでもある種の「罪」のように扱われるのが、与死球による怪我です。「謝れ」から「辞めろ」に至るまで、死球を与えた投手は罪人のように主に相手球団ファンから非難され、擁護などしようものなら「じゃあそちらが当てられても文句言わないんですね!」的な報復の脅し文句みたいな言葉が平然と飛び出してきます。当てたほうは加害者、当てられたほうは被害者、そんな意識がジワリ広がっているのかなと感じます。

個人的には死球とは「双方の技術の問題」によって起きるものだろうと思います。死球を与えれば(痛みに釣り合っているかはさておき)一塁への出塁を許す不利がありますし、頭部付近への投球であれば1球で危険球退場となる可能性もあるのですから、投手側は当然勝利のために死球を与えないような技術追求を図るべきです。一方で打者の側も怪我をすれば仕事に支障をきたしますから、生活のためにも身体に向かってくる投球を咄嗟に避ける、あるいは影響の少ない箇所で受ける技術追求をするべきです。投手が人間を狙って投げてくる殺し屋だと言うならともかく、どんな投手・どんな人間にも起き得る「ミス」としてのすっぽ抜けたボールはあるのですから、打者の死球回避能力は野球に必要不可欠な技術の一部だと僕は思います。ボクサーの回避技術と同様に「その競技をやる以上は当然持っていないといけない技術」であろうと。打者の側にも「ミス」としての回避失敗は起こるとしても。

もしその技術を持たないでも成立するような競技を目指すのであれば、アメフトのようにもっとガチガチのプロテクターをつけて安全面の向上を図るべきですし、何ならアクリル板かネットでも立ててどうやっても投球が打者に当たらないような環境を整備すべきです。しかし、現在の野球は安全性とエンターテインメント性(顔が見える等)を勘案して、「今以上は特に何もしない」を選択しているわけでしょう。であるならば、そこで重大なインシデントを起こさないのは「投手と打者の共同作業」であり、野球界全体の課題として取り組むべき問題です。そして、もしも投手側が一方的に悪とされそうになったら「避けられなかった俺も悪い」と世間をなだめ、「ウチらはプロとして大丈夫なようにやってますんで、そこを問題視しないでください」と機先を制しないといけないと思うのです。そこが問題視されるようになったら、危ないのは事実その通りなのですから「野蛮だ」「前時代的」「止めろ」という話にしかなりません。死球も、ピッチャー返しも、衝突・交錯も「プロとして大丈夫なようにやってますんで、そこを問題視しないでください」の項目です。問題視するのは、大抵はそれが大事ではない人たちなのですから、大丈夫でないのなら「止めろ」一択なのです。

しかるに、17日のプロ野球横浜DeNAベイスターズVS中日ドラゴンズ戦での出来事は、その「問題視」の部分を揺るがすような出来事だったなと思います。この試合、DeNAは3年ぶりに日本球界に復帰した藤浪晋太郎さんを先発に立てました。すると中日側は藤浪さんの死球による怪我を避けるための策として、投手も含めて全員左打者にするという変則打線を組んできたのです。

↓おかげさまで投げやすかったのか藤浪さんは5回1失点の好投で日本復帰を果たしました!




藤浪さんは右打者の頭部付近にすっぽ抜けたボールが飛ぶことが多い投手です。ネタとして擦りつづけたことでイメージが誇張されている部分もあり、実際の与死球数や藤浪さんの与死球によって起きた大きな怪我というのはそこまで多くはないのですが(通算約1000投球回で与死球55)、ヒヤッとする投球は確かに多いなと思います。ときには投手にも死球を与えたりして、内角を攻めた結果とかわざと当ててるとかとは異なる突発性があり、それが「怖い」というイメージを膨らませる要因ではあるでしょう。中日側が怪我を恐れる心情は理解できますし、右打者を出したくない、打席の遠くに立ちたい、そんなことも考えるのは理解できます。全員左を並べるのも選択の自由、どうぞご勝手にの範囲です。

ただそこは言うても「投手と打者の共同作業」なわけです。「プロとして大丈夫なようにやってます」なわけです。大丈夫じゃないことをやっているのなら「止めろ」なわけです。野球に興味がない人は、人の命を無闇に危険にさらすボール遊びなど許してくれないのです。ボクシングに興味がない人が、人の命を無闇に危険にさらす殴り合いを許さないのと同じように。であるならば、本来理想的には「素晴らしい技術を持つ右打者を9人並べて逆に藤浪さんにプレッシャーをかけて崩す」くらいのことをやってのけるのがプロであり、実際にはできないまでも、そういう建前を持たないといけないと思うのです。それは極端な例としても、「素晴らしい技術を持っている打者揃いなので、右とか左とか関係なく藤浪投手攻略に最適な打線を組みました」という話でないといけないと思うのです。

もし、死球回避能力がそんなになくて、内心では危ないな怖いなと思っている場合も、「危ないし怖いから左を並べました」なんて本音をぶちまけて野球自体が持つ危険性や投手と野手双方の技術不足を明らかにするのではなく、「勝つためにこの打線がベストと思ったので」と言い張らないといけないだろうと思うのです。ほかの競技でも大事な試合の前のそんなに大事じゃない試合に露骨にメンバーを落としてくることがありますが、それを「捨て試合なので2軍で戦いました」なんて言ったら敗退行為と取られるでしょう。「主力選手には疲労があり…」「若手選手は成長目覚ましく…」「これが今日のベストメンバーであります」と勝利のためのターンオーバーと言い張るのがプロの建前なのです。思い出作りのための代打、負け試合での体力温存のための主力交替、後半5分間だけ出てくる大物目玉選手、気分の問題で出社したくないときの体調不良、本音を言ってはいけない建前はこの世にたくさんあり、そのひとつがこの「全員左打者」なのではないかと僕は思います。

↓ほかの監督さんもそうするかもしれませんが、「そうしました」とは言わないでしょうね!


↓藤浪さんは当然こう言うでしょうし、こう言わなければいけないでしょう!

ぶつける気はないんです、誰にでも起き得る「ミス」が発生しているだけで、プロは大丈夫なんです!中日さんは何故か勝手に嫌がっているだけなので気にしないでください!

もしもそのミスが本当に野球そのものや人命を脅かす危険性を持つのであれば、技術不足の投手を排除する仕組みか、技術不足の打者を守る仕組みが必要ですもんね!

ボクシングで重大事故が発生したときに「プロもヘッドギアつけたら?」「グローブもっと厚くすべき」「ダウンとかいらないし頭部殴ること自体を禁止にせよ」と言われる感じで!



2018年7月26日の藤浪さんとの対戦で、左打者7人を並べた広島カープは、当時の緒方監督が「相手どうこうより、打撃コーチの指示の中でしっかりプランを持って打席に入れているのがひとりひとり見えた」「(打線を)入れ替えてもというか、起用された選手の役割だから。それをやってくれた」とあくまでも自分たち主導の打線改造であったことを強調していました。

2019年3月2日のオープン戦にて、途中登板の藤浪さんを相手に「右打者には代打を送って打者7人全員左打者」で迎え撃ったソフトバンクは、当時の立花義家1軍打撃コーチが「そういう意図はなくて、単純に左打者の打席に立っている数が少なかったから、左打者を打席に立たせたかった」と藤浪対策の意図を否定していました。

2020年7月30日の藤浪さんとの対戦で投手を含めて8人の左打者を並べたヤクルトは、高津監督が「まだこれからも対戦があるから言わないが、いろいろ考えて考えて、よし、これでいこうと決めた」「ちょっと色んなことがあってあの打順になったというのは頭に入れておいてください」と左打者を並べた意図についてギリギリのところで明言を避けていました。

そうした過去事例を見たあとで、2025年8月17日の藤浪さんとの対戦で「おれもけが人を出したくない。ベストオーダーで臨めない。でもそれはしょうがない。そういう投手を立てられたら」「普段は出ていない控えのメンバーを出しながらも左(打者)を並べるという策しかこちら側としてはない。そこで『よっしゃ、よっしゃ』と向こうに思われてもしゃくには障るけど、実際右(打者)の細川であり、石伊でありに万が一のことがあったらと思ったら、他の監督さんもそうするんじゃないかな」と本音の部分までぶちまけた中日・井上監督のコメントは、それを言ったらオシマイよなのではないかと思うのです。

「やっぱり当たったら危ないんだな」
「避けられないし大丈夫じゃないんだな」
「じゃ、そんな危ないこと止めなさいよ」

僕が野球に1ミリも興味のない門外漢であったなら、反射的にそう思うだろうと思いますので。控えメンバーの左打者を出さないとならないほど危険な投手が跋扈しており、それを回避したり防御したりする有効な手立てや技術はない環境でやっていることなのであれば、即刻止めるべきですよね。危ないんだから。もし本当にプロとしても全然大丈夫ではないのであれば、本音は言わずに対処をつづけたうえで、そういう危険を排除するようなルール・環境をしっかりと整備していただければと思います!



本当に危険なのであれば防具を増強するか「危険球引退」を導入すべき!