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よく頑張った!よく頑張ったよ!

いよいよ終盤戦を迎えたミラノ・コルティナ五輪。大会15日目、金メダルだけを狙って日本の睫敞帆さんがスピードスケート女子1500メートルのレースに臨みました。結果は6位。自分の真の種目と自認し、2019年に世界記録を樹立しいまだ破られていない1500メートルでの金は今大会もなりませんでした。10個のメダルを手にし、夏季冬季通じて日本女子選手史上最多となった美帆さんですが、一番欲しいメダルには届かなかった。

しかし、その表情はどこか穏やかでした。不満足を滲ませた1000メートルの銅とも、望外の結果に大喜びした500の銅とも違う、納得感のような表情。行く先々で涙を流し、この出来事を言葉にするのはまだ難しいと語りながらも、ここに至る過程やこの日の結果は納得のなかで受け入れているような表情に見えました。きっとこの挑戦は成功だったのでしょう。結果がこうだっただけで。よく挑み、よくやり遂げた。そんなレースだったのかなと思いました。



迎えた1500メートル決勝の日。スタンドにはオランダ勢にも負けない日本の大応援団が集いました。中継の解説席には姉の睫攤敍瓩気鵑皺辰錣蝓体制は万全です。日本が生んだ史上最高のスピードスケート選手が、一番欲しいメダルに挑む日。胸にはバンクーバーからつづく栄光の日々と、少しの失意と、たくさんの思い出が甦ります。地上波中継の幕間には、まったく同じような思い出を振り返りながら菜那さんがナレーションでその日々を反芻し、最後に「さぁ美帆、戦え。」と呼び掛ける映像も流れていたりします。もはやここまでくるとそれが若干の棒読みであるとかないとかは関係ありません。同じ気持ち、同じ祈りで待つだけです。





この種目、美帆さんへ追い風は吹いていました。今季のワールドカップにおいて美帆さんはこの種目を5戦1勝、2着2回としていましたが、直接対決も含めて残る4勝を挙げたオランダのヨーイ・ブウネさんが国内での代表争いで落選し、この種目には出場しないのです(※3000メートルとチームパシュートに出場し、チームパシュートでは日本に勝利)。リンクが違うので参考にはならないものの、今季も平地で1分53秒台の速いタイムをマークしてきた美帆さんは間違いなく優勝候補のひとりでした。本命と言ってもいい。

まず1組目、いきなり500メートル金、1000メートル銀のフェムケ・コクさんが登場しました。この大会の出来を見れば、1組目からいきなりメダルに飛び込んでも不思議はない強豪です。そして、タイプ的には前半型で、美帆さんのレース展開とも似た形になるはず。コクさんは最初の300メートルで24秒71の入りから、27秒69・29秒87とラップを重ね、ラストは32秒52のラップで1分54秒79のフィニッシュとしました。この落ち方を見ると、美帆さんも最後の粘りがカギとなりそうです。

日本から出場の堀川桃香さんは6組目、佐藤綾乃さんは9組目に登場しますが、タイムは伸ばせず。1組目登場のコクさんをかわす選手が出たのは、10組目で登場した3000メートル銅のバレリー・マルテさんになってようやくのこと。その後、13組目の3000メートル・5000メートルでメダルを獲ったノルウェーのビクルンドさんが1分54秒15でトップに出てきました。前半型よりは後半型のほうがいい流れでしょうか。

美帆さんのひとつ前の14組目では、1000メートル4位アメリカのブリタニー・ボウさんと、チームパシュートにも出場したオランダのデヨングさんが登場しますが、前半でリードしたボウさんが失速するところをラストでデヨングさんがかわしました。やはり後半型の流れか。この時点でトップにデヨングさん、2位にビクルンドさん、3位にマルテさんとなり、金メダルには1分54秒09以上が必要という状況です。

最終組、アウトレーンから美帆さんは滑り出します。最初の300メートルはここまでトップのデヨングさんを0.30秒上回る24秒96としました。その後のラップは27秒97、29秒67とし、残り1周の時点ではデヨングさんの仮想ラインを大きくリードしています。同じ前半型のラップを刻んだコクさんに対しての比較でも、700メートルから1100メートルにかけてのラップでは美帆さんが上回っており、残り1周時点で0.33秒のビハインドまで接近してきました。あとはラスト、ここからどれだけ粘っていけるのか。最後の1周の粘りがメダルを分けます。

解説席から菜那さんの「頑張れ!頑張れ!」の声が響くなか、美帆さんはバックストレートから最後のコーナーへとかかっていきます。しかし、画面に表示された速度計ではグングンと美帆さんのスピードが下がっていき、見た目にも足が重くなってきました。「ラストあげろー!」「落とすな!落とすな!」という菜那さんの叫びは、落ちてきていることを察しての切なる祈りだったのでしょう。その祈りを背に美帆さんは懸命に足を伸ばしますが、1分54秒865の6位(※写真判定)でフィニッシュ。一番望んだメダルには届きませんでした。



レース運びとしては見事にやり通したのだろうと思います。500金・1000銀で自身を上回ったコクさんに迫る前半の滑りを見せ、後半のラップで追い上げ、ラスト1周も美帆さんが上回りました。前半なるべく早く入って、そこで得たスピードを終盤につなぎ、維持していく。そんな滑りは遂行できていたのだろうと思います。

試合後のインタビューでは「だんだん1500メートルが走れなくなっていってるというのも感じてる」という言葉もありました。年齢や疲労、さまざまな要因で距離がもたなくなってきたことを自分で感じながら、そのなかで自分をどう高めていくか、どうやってこの種目の金を獲るかを考え、いい準備ができて、いい実行ができて、ただ届かなかっただけ。そんなレースだったのかなと思いました。

もしかしたらメダル圏内の3位をターゲットにして少し前半を抑えていけば、最後の落ち幅も少なかったのかもしれませんが、すでにこの種目の銀は持っている美帆さんです。金だけを目指し、金だけを狙ってきたからこの4年を頑張れた、そんな側面もあるはず。求めた結果は得られませんでしたが、4年間をまっとうしてゴールまでたどり着いた、素晴らしい挑戦のフィニッシュだったのではないかと思いました。

前回北京ではコロナ感染によりホテル隔離となったヨハンコーチとも最後まで一緒に戦えたこと。取材という形ではあったけれど、菜那さんと言葉を交わし、抱擁し、涙のあとのさっぱりとした笑顔を見られたこと。本当はそれが満面の笑顔であれば最高でしたが、そこにいるべき人とともにこの挑戦をやり遂げてくれたことは、とても嬉しく思いました。素敵なものを見させてもらって、本当にありがとうございます!

↓「よく頑張ったな(自分)」「よく頑張ったよ(美帆)」が聞けてよかった!




五輪の舞台にタラレバはありません。すべてのタラレバを自問自答し終えたあとで、唯一無二の正解を出すのがこの五輪という舞台です。美帆さんには考えられるほかの選択も、あったと言えばありました。前半抑えるという別のレースプランもそうですし、今大会は3000メートルには出場せず500メートルの出場は最後まで迷っていたように、種目を絞るという考え方もあったでしょう。1000もパシュートもすでに金を持っています。この1500メートル一本にすべてを懸け、自分だけのための五輪とすることも、考え方としてはあり得るもの。ここまで15年以上にわたり睫敞帆という存在に支えられてきた日本がそれを咎め立てすることなどできない、僕はそう思います。

しかし、美帆さんは1500メートルで金メダルだけを狙ったレースをしましたが、1500メートルの金メダルだけを獲ればいいとは思っていなかったのでしょう。世界の偉大なスケーターたちがそうであるように、自分の距離のレースに出場を重ねて、競い、勝ち、チームパシュートでも日本を牽引してメダルをつかみ、そのうえで1500メートルの金を獲る、それが美帆さんの唯一無二の正解だった。疲労も調整も含めてそれが唯一無二の正解だった。なので、別の世界線を考えるのはよいことではなく、唯一無二の結果を受け止めるのみなのだと思います。

美帆さんだけでなく、ああしていれば、こうしていれば、というタラレバが思い浮かぶ試合や選手はいるかもしれません。でも、この五輪の舞台で出したもの選んだものが、その人にとっての唯一無二の正解だと僕は思います。人生を捧げ、あらゆることを考え、やり尽くしたあとの今です。もしもほかに選ぶべき選択肢があったのであれば、頭で考えるまでもなく身体がそれを選んだと思うのです。将棋の棋士が指すべき場所が光って見えるというように、そのとき選ぶべき選択肢があれば、頭で考える前に身体がそれを選ぶはず。もしそれを選らばなかったのであれば、それはきっとその人にとっての正解ではないのです。

4年の先にある今、五輪は点ではなく、長い一本の線。

その線を最後までしっかりと描き切った。

そうとしか描けなかった。

その唯一無二のものを大事にしてもらえたらいいなと思います。

素晴らしい挑戦をありがとうございました!



美帆さんがこんなに泣くほどの挑戦を見守れて、素晴らしい五輪になりました!