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2026年05月27日07:00
前半戦は尻込みしなかったよい社会のよい話でした!
先日の夜、ギョッとなるニュースを見ました。プロ野球読売ジャイアンツの監督をつとめていた阿部慎之助さんが暴行で逮捕された、というのです。その後、やけに迅速で詳細な報道に警察への不信感を高めながらことの推移を見守っていくと、大山鳴動のわりには身近なスケール感の事件であったようだと、輪郭が浮かび上がってきました。情報の出方やタイミングによっては、世間がここまで大騒ぎするほどのことにはならなかったのかもしれないなと思っています。
↓ことの顛末はご本人の言葉でお聞きください!
被害者に相当する娘さんからの実情のご説明も読み上げられています!
ひととおりご理解いただけますようお願いします!
この事件に関連して自分なりに述べたいことなどもあったので、娘さんの意向には応えられていないと承知しつつも前段の状況説明のためにお名前やら情報やらを挙げましたが、実際のところがどうであったのかといった点については大きな関心はありません。今は阿部前監督も、ご家族もそれぞれに辛い状況だと思いますので、少しでも心穏やかに過ごせることをお祈りします。特に、娘さんの心情をイタコのように代弁しつつ同時に本人の人格を否定するような振る舞いであったり(言わされているだの何だの)、SNSに飛び交う娘さんに責を負わせるような言説(金がどうこうだの判断力がどうこうだの)であったりは、厳に慎むべきものだと思います。何がどこまでどうなったとしても娘さんが悪いなんていうことには絶対になりません。どうぞ気に病まずに、しばしSNSなどは見ないようにして過ごしてもらえたらいいなと思います。
まず、この日起きたことは、全体としては社会がちゃんと機能していたという、よい出来事だと僕は思います。何があったかはわかりませんが阿部前監督本人も認めるように、カッとして娘さんに実力行使をする場面はあったのでしょう。その強さはさておき、娘さんも誰かに相談せずにはいられないくらいの出来事だったのでしょう。そこで児童相談所にたどりついたこと、相談を受けた児童相談所から警察へと速やかな通報が行なわれたこと、警察が逮捕という形でもしかしたら加害者と被害者かもしれない両者を一旦引き離す判断に至ったこと、どれも社会がよく機能したよい出来事だと思います。
家庭内の出来事はブラックボックスであり、世間では実際にたくさんの家庭内虐待やときには家庭内殺人といったことが起きています。「これは我が家の問題だ」「娘もそう言っている」と言い張られたら尻込みしてしまいそうな社会が、一旦間に割って入った、そのことに僕は少し感心してもいます。あまりに情報が迅速かつ詳細に出回ったことについては問題があると思いますが、いつもこういった対応がされていれば、きっと救われる命もあるだろうと思います。相談した娘さんも、通報した児相も、駆けつけた警察も、それぞれが正しい行動をしたと思います。そこはどうぞ堂々と胸を張り、「次に同じことが起きたとしても」と思っていてもらえればと思います。
そのうえでまず第一に、発端となった阿部前監督の行動は、やはり問題があったと思います。姉妹のケンカの仲裁ということですが、武器を持っての果し合いでもない限り、我が娘のケンカの仲裁にあたって180センチ90キロとかの男性アスリートが実力行使をしたのは、軽率で過剰だったと言わざるを得ません。阿部前監督であるなら、娘たち双方が殴り疲れるまで間に割って入って殴られていたとしても、さしたる支障はなかったでしょう。何故無用な実力行使に出たのか。何故言葉でおさめられなかったのか。まして相手は「娘」です。「つかむ」とか「投げる」とか、そもそもその時点でどうかしています。男親にとってこの世で一番大切に扱う存在が「娘」なんじゃないのかと。
その一点をもって、今回の辞任というものは致し方ないのかなと思います。阿部前監督は巨人軍という「プロ野球の盟主」ともされる伝統と栄誉のある球団の「指導者」だったわけですが、自分の娘さんの教育・指導で実力行使が出る人物が、日本のスポーツ界を代表するほどの指導者であろうはずがなく、著しく能力・資質を欠いていることは明白です。現役時代もマウンド上の選手の頭を叩きに行くなど、言行において危ういところがある御仁でしたが、決定的な能力・資質の欠如が露見した以上は、辞任・解任はやむなしでしょう。シモの話なら2万歩(※1万歩×2の意)譲ったとしても、今回は指導者の本丸の部分が欠けていたのですから、仮に今回の出来事が露見しなかったとしても、早晩同じような結果になったのではないかと思います(※なので娘さんのせいなどということは断じてない)。
ただ、それはあくまで巨人軍という大きな舞台における話であって、人間は誰しも学び成長しながら生きるものですし、成長途上の指導者というのもいるでしょう。阿部前監督も今回の出来事を痛切に反省しているでしょうし、それを糧にすることもできるはず。一度階段を下りて、また昇り直す、そんな道は当然のこととして残されているべきだと思います。会見の言葉などを聞くと事態をどれほど深刻に真摯に受け止められているのか危うく思われましたので、巨人軍がもう一度評価するほどの指導者になれるのか、機会が巡ってくるのかはちょっとわかりませんが、そういった未来の可能性があってこその社会だろうと思います。気を取り直して、また精進してもらえたらいいなと思います。
「娘さんが書かれた手紙は私も読みまして、そこに書かれている内容が事実、その通りであろうと私は考えておりますけれども、だからといって暴力を振るった、そして逮捕されたという事実を消すことができない。ということであればですね、監督の暴力というのは非常に重い出来事でありますので、辞任は避…
— 日刊スポーツ 巨人担当 (@nikkan_giants) May 26, 2026
それ以上に今回の件で何より問題なのは世間であり、社会であろうと僕は思います。「逮捕されました」の時点で悪認定をして断罪を始めるという冤罪被害上等の拙速さ、反省や再起のチャンスが著しく制限されるキャンセルカルチャーの風潮、ことの輪郭が浮き上がってからも飽きるまで燃やし尽くさずにはいられない魔女狩り気質、そういったものがオープンで風通しのいい社会の実現を阻んでいるように思うのです。相談して、通報して、逮捕された、けれど釈放されて、実情の説明があって、反省して、かばって、といった一部始終を受け止めたうえで「なーんだ」とはならない、火が点くタイミングがあれば途中段階でも一気に火あぶりが始まる、そういう世間と社会の側の問題を改めて省みるような機会なのではないかと思います。
こんな感じで火あぶりが始まる社会であったら、万全を期して一旦割って入るとか、できなくなるじゃないですか。「あれ?有名人だぞ、やべーな」ってなっちゃうじゃないですか。せっかく尻込みせずに社会が頑張ったのに、それを社会の側が自ら潰そうしてしまっているじゃないですか。娘さんや児相や警察を責めるような声、阿部前監督を度を超えて燃やそうとする声、仮に燃えが悪かったら巨人軍やプロ野球のほうに火を点けてやろうと目論む輩、そういったものが真の問題であり、むしろ今「正義」の顔をしているものなのだろうと思います。そりゃあモヤモヤしたりするでしょう。正義感という心の火種がブスブスしたりもするでしょう。でも、それを制御することも含めての人間であり社会です。カッとなって手が出るのが問題であるのと同じように、正義感がカッと燃え上がって火あぶりが始まるのもまた問題なのです。
その意味で、今回のようなセンセーショナルな情報の出し方(リーク?)であったりは、正義感の暴走を助長するよくない手法であったなと思います。本来なら迅速に情報をオープンにするほうが風通しよく理想的ですが、こういう状況を見ると、世間をダマしてでも一旦隠蔽して時間を置いたほうが得、という発想になってしまう。のらりくらりと逃げ回り、情報は小出しにして時間を稼ぎ、世間が飽きるまで逃げ粘ったほうが得する…そんな社会はよくないと思いますし、そういう方向に社会の側が自らボートを向けてしまっているのは残念なことだなと思います。怒るべきこと、憎むべきこと、正すべきことがあれば少々時間が経っても決して忘れず、そこまでの話でないものは「なーんだ」で終われる、そんな塩梅ではいられないものか。いかにも極端だなと思うのです。まぁ、それが熱しやすく冷めやすい人間の性なのかもしれませんが。
だから、この火あぶり社会のなかで本当に大きな成功をおさめるには、まず何よりも人間性が求められるのでしょう。火をつける理由はいくらでもあります。本当の事件もあれば、嫉妬ややっかみによるデマもあります。もはや何十年前の話であっても若気の至りなどと流されるようなこともなく、火種は時を超えて燻っており、火が点くタイミングさえあればサバンナを焼き尽くす勢いで燃え盛ります。そのなかを潜り抜けて真の頂点にたどり着くには、聖人君子にも近い人間性が必要条件なのです。決して自ら燃えることなく、むしろたくさんの人の大きな助力を得られるような人間性があって、初めて目指すあの頂点に手が届くのです。そこで得る好意と悪意を受け止めながらも毒されず、不意にクチを突く言葉やプライベートな空間での振る舞いも含めて自分を高潔に律していくことができる、律する云々ではなく四六時中高潔である、そんな人でなければ世界の頂点には留まれないのです。
人間性は能力よりも根幹を成し、
人間性があって能力は真に開花する。
なるほど、最近のスターであったりはみんなイイ人で立派な感じなのも当然かもしれませんね。なかには聖人君子を演じているだけの人もいるかもしれませんが、10年も20年も社会を欺きつづけるのは難しいですから、本当のスターになるような人はきっとイイ人なんでしょうね。そう理解したら、正義しかすがるものがない皆さんも、我が身のうだつが上がらない人生がもっともなことと思えてきて、少し気がラクになるのではないかと思います。人間性に見合った舞台でしか人間は踊れないのであれば、嫉妬とかやっかみとかを抱かずに済むような気がしますのでね。「あぁ自分醜いもんな」と気づいたら、納得感しかないと思いますので。ここまで話して、何か僕もいろいろ納得できた気がします!みなさんの納得にもつながりますように!
↓何か制裁マッチみたいな顔合わせと結果ですが、たまたまです!
1イニング3発被弾で選手たちがカッとならなくてよかった!
いっそ3連敗くらいしたほうがこの先やりやすいかもですね!
ちょっとみんなで神妙にしてたほうが世間も落ち着くでしょうし!
身の丈とは人間性のことだと理解して、それなりの人生を歩みましょう!





