スポーツ見るもの語る者〜フモフモコラム

競泳

池江璃花子さんが得意種目100mバタフライで個人としてのパリ五輪出場を決め、2019年に掲げた遠い未来の約束が果たされた件。

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2019年の池江璃花子さん!2024年の池江璃花子さんがパリへ行きますよ!

素晴らしい瞬間を見ることができました。17日から始まったパリ五輪への派遣選手を決める競泳の国際大会代表選手選考会。大会2日目となる18日には注目の種目、池江璃花子さんが個人としてのパリ五輪出場権を狙う、女子100メートルバタフライの決勝が行なわれました。

東京五輪のヒロインになるだろう選手として多くの注目を集めた池江さんは、白血病という重い病に侵され、図らずもコロナ禍によって翻弄された東京五輪の象徴のような存在となりました。大会自体の1年延期と、池江さんの劇的な回復というふたつが合わさることでリレーメンバーとしての大会出場が叶ったとき、「あの1年」が辛いだけの時間ではなかったのだとようやく思えたものです。

その池江さんが、今度はリレーメンバーとしてではなく「個人」として、2019年の退院報告で掲げた遠い未来の目標に迫ろうとしている。この日行なわれる女子100メートルバタフライは池江さんの出場種目のなかでもパリへの切符をつかむ公算がもっとも高いだろう種目でした。準決勝は全体トップタイム、その時点で派遣標準記録を超える泳ぎも見せています。いよいよ、ついに、ようやく。祈らずにはいられない大一番です。

↓勝負の舞台は東京五輪の競泳会場・東京アクアティクスセンター!
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↓チケットは完売!なお会場の大半は選手・関係者席だった模様!
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↓いざ世界の頂きへ!謎の顔出し看板が盛り上げる!
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まるで水面のように波打つ天井が美しい東京アクアティクスセンター。「本来ならばここで…」と繰り言を始めればあとからあとから言葉が出てきそうな気分にもなりますが、時は戻りませんし、やり直すこともできません。人間にできるのは起きたことを受け止めて、それを乗り越えていくことだけ。

会場には多くの観衆と、それを上回る多くの選手・関係者が集っています。プールサイドの2階スタンドが一般席だとすれば、その上の3階スタンド以上の上層はすべて関係者席といった感触。明らかにスイマー、明らかに大学・クラブ関係者、明らかにVIP、そんな面々が日常の延長線上のようにして和気藹々と集っています。うむ、まさにここはスイマーが人生を懸ける決戦の舞台であり、チケットを売りさばいて小銭を稼ごうなんてつもりではないのでしょう。あくまでも「やる側」の大会、そんな雰囲気に観衆として紛れ込んだ僕も背筋が伸びます。

↓まぁ、だもんで、売店では身内用にビール売ってたりもするんですが!
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あとから気づいたんですが、左上に小さくポップが出ていました!

飲みながら競泳見るってのもアリですね!観衆は酒に溺れる感じで!



午前中に予選を行ない、夜に準決勝・決勝を行なうというスケジュールで進んでいくこの大会(※間に大きく時間が空くため、入場者も予選と準決勝・決勝とで完全に入れ替えになるという仕組み)。夜の部から観戦を始めますと、早速女子100メートル平泳ぎ準決勝では青木玲緒樹さん、鈴木聡美さん、渡部香生子さんといった錚々たる顔ぶれが集ったレースが行なわれ、上位選手は準決勝の段階から派遣記録突破タイムでゴールするなど上々の仕上がり具合。33歳とベテランの域に入った鈴木聡美さんが「今が全盛期」というような元気さで、2大会ぶりの五輪へ視界良好です。

さらに男子100メートル背泳ぎ準決勝では入江陵介さんが全体1位での決勝進出を決める順調ぶり。こちらはもし決勝で派遣記録突破&上位2人に入れば日本競泳最多の5大会連続での五輪出場となります。記録としてはもう少し上げていきたいところですが、まだ泳ぎにも余裕たっぷりですので、決勝も大いに期待して見守りたいところ。実力者たちの奮闘で、「世界」へ向けての気持ちも高ぶっていきます。

そして迎えたこの日の決勝種目。まず注目の一戦となったのは男子400メートル個人メドレー決勝。こちらには言わずと知れた第一人者、世界の瀬戸大也さんが登場してきます。「今年の」世界選手権で銅メダルを獲得している瀬戸さんとしては、五輪切符は通過点…のはずだったのですが、前半力強く飛び出したものの後半の平泳ぎと自由形でまくられ(最後失速気味)、まさかの2位。しかも派遣記録にも及ばず、何と世界選手権で7大会連続メダル獲得中の大本命種目で瀬戸さんは五輪を逃してしまいました。

もちろんこれは「日本が独自に設定している世界大会10位相当の派遣ライン」に及ばなかったというだけで、五輪が定める標準記録は余裕で上回っているわけですから「出そうと思えば出せるけど、出さない」という非常に厳しい結果です。この仕組みでずっとやっている以上「今のやっぱナシ!」とは今さら言えないでしょうが、もしこのあとの200メートル個人メドレーで派遣記録を突破し、瀬戸さんが個人として五輪切符を獲るようであれば、杓子定規にならずに400メートル個人メドレーにもエントリーするような運用を日本水連にも期待したいところです。「200のためにもなるから!」「調整名目で!」「本気でやらないようにキツく言っておきます!」とか何とか理由をつけるような柔軟さがあってもいいのではないかと思いました。そうさせられるように、瀬戸さんのもうひと踏ん張り、期待したいところです。

↓その400メートル個人メドレーでは、かつての萩野・瀬戸を思わせるように、高校生の松下知之さんが競泳第1号で五輪内定!

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ちょっと不穏な空気のなか、いよいよ始まる女子100メートルバタフライ決勝。準決勝では池江璃花子さんと平井瑞希さんが派遣記録を上回るタイムを記録しています。ほかにも派遣記録に迫る選手がいますので、タイムはもちろん順位も非常に重要になってきそう。大型モニターに各選手がお茶目なポージング映像を投影するなか、センター4レーンを泳ぐ選手として最後に入場してきた池江さんは両手を大きく掲げるガッツポーズを見せました。緊張感というよりはワクワク感。薄っすらと笑顔さえ浮かんでいます。

ゆっくりと準備をし、最後にスタート台に向かった池江さん。パンパンと身体を叩いて何度も気合を入れます。深く一礼して臨む決勝の舞台、池江さんはややスタート合わずも伸びのある浮き上がりから、前半26秒35でトップに立ちます。派遣記録ペースは十分に上回っています。ターン後の浮き上がりでも先頭をキープした池江さんですが、前半の入りが速過ぎたという準決勝と同じ課題が出たか、終盤はやや苦しい泳ぎに。5レーンの平井瑞希さんがグングン追い上げ、池江さんをかわす勢いです。最後の5メートル、池江さんはかわされたか、そして派遣記録の57秒34もかなり際どい状況。最後までもつのか。ゴール後に本人たちと観衆とが全員で見上げた電光掲示板の表示は…!

↓1着平井さん56秒91!そして2着池江さん、タイムは派遣記録をわずかに上回る57秒30!2人がパリ五輪内定!


池江さんは掲示板を確認すると、水中で小さく、けれど力強く拳を握りました。ほかの選手がプールから出て行くなかで、池江さんは自分のレーンから動かず、仰ぎ見るように上を見たり、うなずくように視線を落としたり、プールのなかで余韻を噛み締めるように過ごしています。やがてプールから出ると、両の手を合わせて、拝むように、スタート前よりもさらに深々と、プールに向かって長く長く頭を下げました。その長さは、乗り越えてきた困難の時間の長さゆえだったでしょうか。泣くでもなく、笑うでもなく、あえて言うなら「感謝」するように池江さんは時を過ごしていました。1位の選手がいることも敗れた選手がいることも承知しつつなお、今日は池江さんを盛大にお祝いせずにはいられない、そんな会場の一体感を覚えました。

インタビューに臨んだ池江さんは、前半の入りの速さについて「自分が思っている以上に速くなっているし、自分の制御が効かないくらい強くなっている証拠」ととらえ、さらに体力をつけてこの結果を次につなげたいと語りました。速過ぎて終盤失速したという悲観的な分析ではなく、強くなろうとしている自分に抑えが効かないんだ、そんな前向きな捉え方は新鮮で朗らかでした。そうです、池江さんは強くなろうとしている途中。ここからが本当の始まりです。

2019年に掲げたパリ五輪という遠い未来の目標は、途中思いがけず東京五輪に間に合うという前倒しもありつつ、この日しっかりと叶いました。ただ、あのとき掲げた目標にはもうひとつ「メダル獲得」というものもありました。かつての池江さんが成し遂げていない目標、新たな地平にある目標です。メダル獲得には復帰以前の自分を超えるタイムが必要となってくるでしょうが、逆に言えばそこまでたどり着けば、過去も、かつての自分も、困難も、すべてを超えた一番向こうにいるということでしょう。ぜひそこまでたどり着いてもらいたいものです。池江さんには病気から奪い返した時間があります。今大会にも30歳を超えてなお最前線で戦う選手たちが集っています。池江さんはまだ23歳、パリもロスもブリスベンも全部狙える大会です。そんな果てしない未来を夢見て、まずはパリを見守ろうと思いました!

↓おめでとう!ありがとう!素晴らしいものを見ました!



最後に。競技終了後、観衆も多くが帰途についたあとの会場では表彰式が行なわれていました。女子100メートルバタフライ決勝で3位に入り、池江さんとわずか0.01秒差で惜しくもパリ五輪を逃していた松本信歩さんの記録57秒31が学生新記録であるということでの表彰でした。

この種目の高校記録であり日本記録でもある56秒08を池江さんが記録したのは、2018年6月のこと。池江さんが病を発症したのは高校卒業を間近に控えた2019年2月のことでした。その後、日大に進学した池江さんは2022年に50メートル&100メートル自由形と50メートルバタフライでの学生記録を樹立するも100メートルバタフライでは記録を更新するに至りませんでした。

何もなければ更新されていただろう記録が、巡り巡ってこの試合を祝福しに来てくれたような気持ちになりました。皆が「池江さんおめでとう」と言っている切ない時間に行なわれた別のお祝いが、0.01秒の無念を少しでも埋め合わせるものであればいいなと思いました。全員の夢は叶わないのが現実であったとしても、全員が何かしら得られるような、そんな世界であればいいなと。希望が叶った人にも、そうでない人にも、みんなに何かいいことがあればいいなと思う、そんな一日でした!

↓この先の熱戦にも期待しています!
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次回は売店でビール買って「4-5」とか予想でもしながら見ようと思いました!

互いの表情は見えなくても涙に触れることはできると気づかせてくれた、木村敬一さんと富田宇宙さんのふたりだからこうなった「金と銀」。

08:00
TOKYO2020史上、最高に泣けた!

この光景を見たかった。何年も前からこの東京五輪・パラリンピックに見ていた夢のひとつが、これ以上ないほど素晴らしい形で叶いました。東京パラリンピック競泳男子100メートルバタフライS11クラス決勝、日本からは木村敬一さんと富田宇宙さんが出場しました。親友でライバルで、それだけでは言い表せないような関係を備えた至高のふたり。このふたりが夢で見たとおりの「金と銀」を獲りました!




抱きしめるというよりも、互いの存在を手で確認するように抱き合ったふたり。視覚障がいのクラスは掲示板も他選手の様子も見えないはずですが、支える人たちの声と、水と空気から感じるもので夢が叶ったことを理解していました。ここまでのレースでは見られなかった最高の笑顔と最高の喜びがプールのなかで弾けています。そして、パラリンピックのプールに涙が溶けています。あぁ、これは五輪でも出会わなかったかもしれないなと思うほどの震える思いで、自分ももらい泣きしました。

「木村くんに金を獲ってほしいと思っている」

「本気で金をほしいと思ってるわけじゃないやつと俺何で戦ってるんだろう」

「何色でも見えないよ」

「金を獲れば君が代が聴けるよ」

「木村くんが鳴らしてくれても同じだよ」

そんな言葉でときにすれ違い、ときにぶつかり合いながらも、この舞台を目指してきたふたり。パラリンピック4大会出場、ほぼ生まれながらに視力を持たず、泳ぎというものをまったく見たことがないなかで作り上げた木村敬一さんの泳ぎは、すべての泳ぎ手から敬意を向けられるべきものです。途中からこの競技に参加した富田さんが「木村くんに獲ってほしい」となる気持ちは理解できます。

しかし、木村さんが本当に求めていたのはライバルだった。同じ世界で戦い、自分の全精力を傾けるにふさわしいライバルとの競い合いだった。全力で競い、全力で脅かされ、なおかつ勝ちたい。それはアスリートの本能です。強い敵と戦って勝ちたいという闘争心です。ほぼ生まれながらの障がいだから、自分にとってはそれが普通だから、何も失ったわけではないから、木村さんは「アスリート」のド真ん中で戦いを求めています。勝ちを譲られようなんて気はサラサラない。

そんな木村さんとの友情に応えるには、強くなるしかなかったのかなと思います。「あ、これは獲るだけじゃダメなんだ」という気づきの先には、世界のほかの選手を全部倒して自分が木村敬一を脅かさないと、「木村くんに金を獲ってほしい」は成立しないんだという責任感すらあったのではないかと思います。自分も本気で金を目指し、勝ってやるぞと挑んだ先で、もしもチカラで負けることがあったなら。胸を張って負けを認められる戦いができたなら。さすが木村敬一だとさらに大きな敬意を抱くほどの強さを見せつけられたなら。それこそが真に願った「金と銀」になる…そういうことなのかなと思います。



迎えた決勝。力強く拳をあげて入場してくる富田さんと、4大会13年越しの悲願に挑む研ぎ澄まされた表情の木村さん。ふたりは予選をそれぞれ1位で通過し、センターレーンに並びます。3レーンにはここまでのレースでふたりを退けてきたドルスマンもいます。役者は揃った。舞台は最高。これ以上ない戦いが始まります。

浮き上がりで先頭に立ったのは木村さん。前半から積極的に飛ばしていきます。しかし、ドルスマンも速い。富田さんはドルスマンを追って3番手から2番手へと進出していきます。最初の50の折り返し、木村さんがトップ、2番手にはわずかの差で富田さん。苦楽をともにしてきたタッパーが「このタイミングで色さえ変わる」と思いながら繰り出す渾身のタップは互いに遜色なく、決着のラスト50に向かいます。

富田さんは懸命に追いすがりますが、木村さんの勢いは落ちません。むしろ引き離すようにしてゴールへと向かいます。強い、さすが木村敬一、強い。ライバルを引き離して木村さんがゴールした直後、富田さんもゴール。一瞬の静寂ののち、互いの順位を知ると「キム!」「宇宙!」「おめでとう!」と友情の抱擁が自然と起きます。無観客だから、ふたりの言葉が聞こえます。ありがたい。美しい。ありがたい。

あぁ、こんな素晴らしい場面を、当のふたりは見えていないだなんて。「こんなに嬉しそうな木村さんを見たことがない」とふたりに伝えたくて仕方ないような気持ちです。最高の笑顔ですよと。最高の名場面ですよと。しかし、そんな差し出がましいことをしなくても大丈夫なのだと気づきました。木村さんの目から流れる涙。たとえ目が見えない相手に対してでも、どんなに喜んでいるかを伝える手段を人間はちゃんと持っているんだと、今さらながらに気づかされました。泣いて、泣いて、泣いてください。喜びが互いに伝わるまで!

↓そうか、涙は触れることができるんだ、今初めて気づきました!


↓NHKによるハイライト動画はコチラです!


この試合を見て、VTRを見て、インタビューを見て、何回も泣いてる!

見させていただいてありがとうございます!



試合後のインタビュー、先に海外メディアのインタビューを受けてきたためか、英語で答えていたら涙が止まってきたと開口一番の軽口で笑わせる木村さんですが、まさに「決壊」するように涙はあとからあふれてきます。何を聞かれても嗚咽するほどの昂ぶり。「この日のために頑張ってきたこの日は本当に来るんだな」という言葉は、その日がいかに来なかったかを示すものです。北京大会からでも13年、もっと長い時間、目指して目指して届かなかったぶんの重みがあります。コロナ禍のなかで「夢見るぐらいはいいんじゃないか」と勇気を持って言葉にしただけの想いがあります。

そんな木村さんに「本当は悔しがらないといけないのかもしれないけれど…木村くんが金メダル獲ってくれたことが本当にうれしいし、そこにつづいて僕がゴールできたことも本当にうれしい」と改めての言葉を捧げた富田さん。ここまでくれば、もう木村さんも怒りはしないでしょう。これだけの戦いをしておいて「まだ言うか」と呆れるように笑ってくれるはず。練習でも試合でも切磋琢磨することで、このコロナ禍のなかでもチカラを高め合ってきたふたり。ふたりが揃わなければ、この笑顔も、この涙も、なかったのかもしれないなと思うと、色は分け合いましたがふたりの「金と銀」だなと思います。

木村敬一と富田宇宙だからこうなった。

ふたりだからこうなった。

表彰台に立つふたりが聴く君が代は、木村さんが鳴らしたものではありますが、「木村くんが鳴らしても同じだよ」なのですから何の問題もありません。ふたりで頑張って、ふたりで鳴らした、ふたりの君が代。木村さんは震えるほどに泣き、富田さんは朗らかな笑顔というのもまた対照的で、とても素敵です。結婚じゃないですが、お互いを補い合える素晴らしい関係だったのだろうなと思います。

ふたりの対照的な表情、メダルの色、見守る人たちがどんな顔をしていたか、ふたりが知り得ない情報がたくさんあるので、周囲の人やメディアはゆっくりたっぷり伝えていってくれたらいいなと思います。こんなに素晴らしい場面が過去にいくつあっただろうと思うような瞬間です。本人たちにも可能な限り味わってほしいなと思います。そして、僕らが本能的に「この色は一番すごそうだな」と感じる金の色を、たくさんの人の言葉で伝えていってほしいなと思います。太陽のようだ(浴びる)、山吹の花のようだ(嗅ぐ)、柑橘系の果実のようだ(食べる)…そこに横たわる生命の熱気のようなものが「すごい色なんだろうなぁ」と感じる助けになればいいなと思います!




木村さんが金を獲って泣いているところを見られて、本当にうれしいです!

富田宇宙さんが「この瞬間のために生まれてきた」と語る銀メダルを獲得し、「瀬戸VS萩野」につづく「木村VS富田」の期待高まるの巻。

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生涯最高、見せていただきました!

東京パラリンピックを迎えるにあたり、何人かその動向が気になっていたアスリートがいます。そのひとりが富田宇宙さんでした。富田さんは競泳のなかの視覚に障がいがあるS11クラスでメダルを争う実力者。2019年の世界パラ選手権では400メートル自由形と100メートルバタフライでメダルを獲得しており、今大会も複数のメダルを狙える存在です。

そんな競泳選手としての顔だけでなく、富田さんはマルチに人生を謳歌することでも知られる人です。メディアへの登場。講演会などの活動。大学時代から始めたという競技ダンスでは数々の大会で活躍し、2018年には「24時間テレビ」の企画のひとつとしてブラインドダンスの大会への挑戦の模様が採り上げられたこともありました。明るい性格と前向きな姿勢、コメントも軽快でバラエティ受けもしそうな人材です。

↓富田さんは佐藤栞里さんとのペアで優勝していました!


ただ、一方で気になる部分もありました。どこか競技者としてはひょうひょうとし過ぎているように見受けられたのです。一番印象に残るのは、S11クラスの100メートルバタフライでは金メダルを争うライバルになる、日本を代表するパラアスリート・木村敬一さんとのやり取りでした。

富田さんのほうが年上ですが、パラアスリートとしては木村さんが先輩というふたり。富田さんが「憧れ」と評すれば、木村さんは「自分を高めてくれる存在」と意識する、ライバルであり友人であるという互いを認め合うふたりです。リオ大会当時はふたりのクラス分けは別々でしたが、富田さんの目の病気が進行したことで同じS11クラスとなり、ふたりはまさにメダルを争う直接のライバルとなったのです。

しかし、そんなライバル関係にありながら、ふたり同時の取材において、富田さんは「やっぱり彼(木村さん)に(メダルを)獲って欲しいし、彼が獲ってこそ収まりがいいのかな」などと言うのです。その場では木村さんは「金を獲れば国歌が鳴ります」と視覚に障がいがある同士ならではの焚き付け方をしますが、それを富田さんは「木村くんが獲っても君が代なんでね」ともう一度受け流しました。

そういったやり取りの機会を何度か重ねたすえに、ついに木村さんは「キレ」ました。腹に据えかねた苛立ちをぶつけるように「金メダルを心の底から欲しいと思っているわけじゃないヤツと、俺が戦っているのって何なんだろう」と噛みついたのです。それはライバルと思えばこそ、この切磋琢磨を楽しめばこその言葉だっただろうと思います。アイツに勝とうと燃えている自分って何なんだと。この寂しさは何なんだと。そういうことだったのかなと思います。





今大会に臨むにあたっても富田さんは「自己ベスト」を一番の目標に挙げていました。26日の400メートル自由形S11クラスでは、富田さんは日本記録・アジア記録を持っています。自己ベストを更新すればアジア記録更新ということになり、当然メダルに手が掛かるわけですが、富田さんは「金でも銀でも見えないから色にこだわりはない」といった調子。競泳は相手と戦う種目ではないので、それもまた正しい心持ちではありますが、欲の薄さが気になる思いでした。

競泳男子400メートル自由形S11クラスの決勝が始まる直前、会場ではこの日金メダルを獲得した日本の鈴木孝幸さんの表彰式が行なわれていました。今大会初めて流れる君が代。リオでは流れなかった君が代が序盤で早くも聴けたことに嬉しくなり、そしてこの音は富田さんにも届いているだろうかと思います。誰が鳴らしても同じ、なんてことはないんじゃないかと思いながら。

右手を挙げて入場してきた富田さん。予選では全体2位のタイムを出し、決勝は5コースを泳ぎます。コースロープをガイドのようにして進んでいく富田さんは先頭争いです。泳力自体は4コースを進むオランダのドルスマンが上のようですが、富田さんはターンのたびにその直前にあった差を少し詰めて浮上してきます。棒で頭を叩いてターンのタイミングを知らせるタッパーとの呼吸の成せる技か。ドルスマンが途中のターンで一度「空振り」をし、壁をほとんど蹴ることができなかったのとは対照的です。

先頭から数メートル離された状態で最後の50メートルに向かった富田さんですが、それでも最後まで力泳はつづきます。終盤は再び差を詰めて、4分31秒69の2位でゴール。自己ベスト、日本新、アジア新での銀メダルという快挙の瞬間でしたが、全員が視覚に障がいを抱える選手たちということもあって、勝利のガッツポーズも歓喜の声もあがりません。少し時間を置いてからようやく結果を把握するという静かな決着は、パラリンピックならではの光景でした。

↓「俺が金かな?「俺が銀かな?」「どうかな?」という静かな決着!


↓NHKによるハイライト動画はコチラです!




このメダルは富田さんにとってどういう意味を持つものになるのか、静けさのなかで見守ったインタビュー。やはりひょうひょうとしているのだろうか、そんなことを思いながら言葉を聞けば、まるで世界が反転するかのように熱さがあふれ出してきます。富田さん本人も涙で言葉を詰まらせますが、こちらまでもらい泣きするような歓喜と感謝でいっぱいです。

「パラリンピックはオリンピックよりも本当にたくさんのみなさんのサポートが必要で」

「練習だけじゃなく、生活から何から、24時間支えていただいて、それで初めて競技ができる」

「ひとつひとつの種目で自己ベストを出して、また恩返しができるように」

そんな強いメッセージ性を備えた感謝の言葉のなかに、ちゃんと聞きたかった言葉もありました。「金メダルを目指してきた気持ちは、もちろんあった。けれども、それ以上にメダルを取ることができて、もう信じられないくらいうれしい」という言葉。そして、メダルを手にして、その重みを「本当に、本当に重たく感じる」と首に感じながら語った「障がいを背負って、いろいろな経験をしてきましたけど、この瞬間のために生まれてきたのかなと思います」という言葉。

あぁ、見事に「生涯最高」が発揮できたんだと思いました。自己ベストを出すことも、メダルを獲ることも、恩返しをすることも、結局は全部同じ行為であるものがちゃんと達成されて、生涯最高の瞬間を迎えることができたんだと思いました。「金メダルは木村君が獲って」という言葉を聞いたときの寂しさのような気持ちもかき消されていくような気がしました。

もしかしたら、富田さんは目標を探し求めて、マルチになっていったのかもしれないなと思います。生まれながらに見えない人とは違い、人生の途中から視力を失うことがどれほど辛いかは、未経験ながらも想像はできます。日々、できることが少なくなっていく暮らし。失っていく暮らし。何をすればいいのか、人生の目標も見えなくなるでしょう。そんななかで「見えなくてもできること」を探し求めていくのは、「人生の目標を見据えて進む」のとは違う向きのベクトルだっただろうと思います。

病気の進行によって世界トップを争う選手となったことも、もしかしたらどこかバツが悪い部分もあったのかもしれないなと思います。頂点を目指して人生を捧げてきた人と、はじめからそれを目指してきたわけではない自分との対比。それが「木村君が獲ってこそおさまりがいい」といった物言いにもつながったのではないかと思います。

しかし、今はもう目標が見えているのだろうと、試合後の言葉を聞いて確信しました。夢だった宇宙飛行士になったわけではなく、失ったものが戻ってきたわけではないけれど、「この瞬間のために生まれてきた」と思える瞬間に富田さんはたどりついたのですから。生涯最高の瞬間を迎え、ここからさらに未来を目指していくのですから。パラリンピックという舞台を通じて、生涯最高にたどりついたのですから。

あの言葉を聞いて、このあとの大会がさらに楽しみになりました。この「生涯最高」を超えていこうとすれば、自己ベストを出して恩返しすることはもちろん、金メダルというさらなる色を目指していくことになるでしょう。消去法的に選ぶ「中の中」とか「中の上」とかではなく、生涯最高の先にある「上の上」を目指すなら、自然とそうなるしかないでしょう。

富田さんと木村さんが競い合うだろう競泳男子200メートル個人メドレーSM11クラスと競泳男子100メートルバタフライS11クラスは、それぞれ8月30日と9月3日の予定。そこで銀の重さを感じた富田さんと、銀の悔しさをロンドン・リオで噛み締めた木村さんとが直接対決に臨むだなんて、何と熱い展開か。

特に100メートルバタフライS11クラスは木村さんと富田さんが今季の世界ランク1位・2位に位置し、文字通りふたりによる金メダル争いになる激アツの試合です。水泳競技の最終日最終盤に行なわれるファイナルアルティメットクライマックスレースであるという意味でも絶対に見逃せない試合です。日程も含めて「これを見ろ!」と言われているとしか思えない試合です。(※この試合激アツだな!と組織委員会も思ってこういう日程を組んだのでしょう)

「大変な人が頑張っているから」という理由ではなく、どっちが勝つんだと気になって見ずにはいられない試合がそこにある。そこで生まれるドラマを存分に受け止めるためにも、ここからの日程もしっかりと見守っていきたいもの。できれば木村さんのリオのビデオを見返したりするともっとよいかなと思います。「瀬戸VS萩野を超えるんじゃないか?」くらいの注目度で木村VS富田を楽しみましょう!

↓リオでは木村敬一さんは100メートルバタフライS11クラスで銀でした!


100メートルバタフライS11クラス決勝は9月3日の19時40分頃!

今大会でも必見の試合のひとつです!



パラリンピックは日本側の望む日程が通っている感じで、見やすいですね!

池江璃花子さんの「努力は必ず報われる」という言葉を噛み締め、「報われるとは限らない」なんてことはないんだと強く思い直した件。

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努力は報われつづけている!

しばし考え込んでいました。先日の競泳日本選手権で池江璃花子さんが発した「努力は必ず報われる」という言葉についてです。この言葉については、長い時間に渡って議論の種となり、そうだ、そうじゃない、さまざまな意見が述べられてきた類のものです。そして近年では、「報われるとは限らないけれども」という但し書きが添えられることが多くなったように思います。

そんななかで久々に真っ直ぐに打ち放たれた「努力は必ず報われる」というメッセージ。これには早速、「そうじゃないのでは?」という疑問を投げかける向きもあり、改めて考えを深めるいい機会となりました。池江さんの言葉だからこそ、これまで以上に考える機会にもなったと思いますので、僕もひとつこの言葉と向き合ってみようと思います。

↓元発言はコチラでご覧ください!


↓「練習しない」アスリート藤光謙司さんからは「違うのでは?」というご意見も寄せられました!

努力とは何か、報われるとは何か、そして生きるとは何か!

そういうことを考えるキッカケになります!



努力は報われるか報われないか問題に関する発言としては、イチローさんの「報われるとは限らないですね。もっと言えば、努力と感じている状態はまずいでしょうね。その先に行けばきっと人には努力に見える、でも本人にとってはそうでないという状態が作れる。そうすれば勝手に報われることがあるんです」というものがあります。これはむしろ努力のあり方を語る言葉ですが、「努力」は確実に「報われるものとは限らない」という内容です。

少し軸が異なりますが、ダルビッシュ有さんの「練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ」というのも、この話のときに思い出される言葉です。こちらも努力のありようについて語った言葉ですが、やれば何でも効果が出るなどということはなく、総じて言えばやはり「努力」は確実に「報われる」ものとは限らないという内容です。

それから羽生結弦氏の言葉、「努力はウソをつく。でも無駄にはならない」という言葉も思い出されます。こちらは「努力」が必ず「報われる」とまでは言い切りませんし、努力が意図どおりの効果を発揮するわけではないことを示唆しますが、まったくの無駄にはならないという話です。「努力」が確実に「報われる」ものとは限らないが、「無駄にはならない」という。

そんななかでの池江さんの強いメッセージ。競技直後という頭ではなく心で発するタイミングの言葉は、深く考え抜かれたものではないかもしれませんが、より心の率直な想いに近いように思われます。「違うのでは?」という声を受けて池江さん自身も再び考え込んでいるものの、それでも「必ず報われる」と思った瞬間は確かにあるのでしょう。「報われた!」と思ったからこその言葉のはずです。

ここでひとつ注目したいのが池江さんの言葉のつづきです。競技直後のインタビューを終えたあと、さらに別口で問われた機会において池江さんは「(心のなかの桜は何分咲きかと問われて)今は7か8くらいですかね」「(どうしたら満開になる?と問われて)いつかオリンピックで金メダル、もしくはメダルを取れたらかなと思います」と答えています。

池江さんは「報われた」と感じるのと、メダルを取れたら満開というまだ完全には「報われていない」ように見える状態を共存させています。おそらくは真の願い、真に目指したものは世界一であり金メダルであるのだろうと思います。その意味では、あの瞬間というのは東京五輪への内定が決まった瞬間ではあるものの、個人での派遣には届かなかったという瞬間でもあり、少なくともその種目においての世界一や個人としての金メダルはなくなったという「報われない」瞬間でもあります。

個人での内定を逃して落胆する者、リレーでの内定を決めて歓喜する者、同じタイム・同じ順位であっても受け止め方はさまざま。その差は「願ったとおり、目指したとおりになったかどうか」というところでしょうか。願ったものが変わらなければ、どれだけ努力をしても届かないことはあるでしょうし、間違った方向に向かえば無意味なこともあるでしょう。その意味では「努力は必ず報われるとは限らない」。

ただ、願いや目標もまた移り変わるものであるわけで、間違った方向に間違った努力をしたとしても、それが功を奏することだってあるはず。プロ野球選手にはなれなかったけれど、そこで得た経験や人脈を活かして別の道で成功するなんて話もあるものです。それは「当初の願いや目標への努力が報われた」わけではないけれど「すべての努力が報われなかった」わけではない、どちらでもあるという状態でしょう。

願いや目標というのは限りがないものです。

努力もある程度の裁量の幅はありますが、それ以上に願いや目標は無限大です。目標を手前に置くこともできるし、目標を遠くに置くこともできる。右にも左にも上にも下にも置けるし、いくつも置くこともできる。もっと言えば無数の願いや目標で世界を埋め尽くすことだってできる。「こうなりたい」という願いや目標を数多く持つことができれば、すべての努力が何かの目標を達成することだって不可能ではないだろうと。世界中に標的を置いておけばどこに矢を放ったとしても「どれかに当たる」ように。

だから、池江さんのような「報われた」「まだ報われていない」が共存する状態だってあるはずなのです。世界に無限に存在する願いや目標のどれかは達成していないけれど、どれかは達成した、そういう状態が。世界のトップを目指すアスリートなどは通例「たったひとつの大きな目標」に向かって努力するものなので、白か黒かどちらかということになりがちですが、決してそんなことはなく、彼らにだって無限大の願いや目標があっていいはずだと思います。

つまりは「報われた」と感じるかどうかは、願いや目標をどれだけ置いておけたかの差だと感じます。池江さんは「世界一、金メダル」という願いだけでなく、もう一度プールに戻ることであったり競泳選手として復帰することであったり、図らずもたくさんの叶うかどうかわからない願いや目標を備えて日々を過ごしてきました。「競技復帰後のベストタイム」という新しい捉えかたで自分の競技力にも新たな目標を置くようになりました。だから同じ結果に対しても、「報われた」「報われていない」が共存しましたし、それを推し進めれば、願いや目標に制限がない以上は「必ず報われる」は正なのです。

「報われない」と感じるのであれば、きっとそれは願いや目標が少なすぎるのです。もっと近くにも、もっと違う方向にも、それを置いておければどこかで「報われる」部分が必ずある。「毎日少しずつ上手くなること」や「自分ではない誰かの喜びとなること」も、素晴らしい願いや目標のひとつでしょう。それはたったひとつの大きな目標を諦めるとか捨てるなんてことではなく、山頂に至るまでにも一歩ずつの歩みがあり、「草花を愛でる」「キレイな石を拾う」といった別の目的を持つことができるのに似ています。

その意味では、努力は報われつづけている、のだと思います。

そのことに気づけるかどうか、心持ちの違いがあるだけで。

そして、報われなかったように思える努力すらも、いつかどこかで「実は報われていたのだ」と気づくことだってできるはずです。たったひとつの大きな目標には至らなかったとしても、無限大の可能性がある願いや目標を無意識に達成していたと過去を振り返って思い直すことはできるはずです。池江さんの「東京五輪で世界一」を目指した努力は一度「報われなかった」と確定的に思えた瞬間があったはずですが、そこから世界が変わり、池江さん自身の願いや目標も変わり、「報われなかった」で確定したはずの努力までもが再び甦ってきました。無駄になったのではなく、ちゃんとつながっていた。

気づかないことも含めて、努力は報われつづけている。

「報われるとは限らないけれども」という但し書きはいらない。

今は世界でたくさんの「報われない」ことが生まれている時期ですが、強い気持ちで「必ず報われる」と思い直していきたいなと思います。たったひとつの大きな目標だけに囚われるのではなく、もっとたくさんの可能性があり、願いや目標には制限がないことを意識しながら。「明けない夜はない」みたいなおまじないの一種かもしれませんが、「努力は必ず報われる」そう思っていきたいなと。そうでないと、正しい努力をできなかった自分を、間違いで、失敗のように思ったりしてしまいそうですし、それはイヤですからね。

じっくり考えまして、僕は「努力は必ず報われる」「というか、報われたと感じてみせる」に1票を入れます。そう思える自分でいられるように、日々を過ごしていきたいなと思います。

そうやって過ごしていくうちに、たったひとつの大きな目標が叶う日も来るかもしれない、そんな希望とともに!



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「報われない」と感じている人にも「報われていた」と思える日が来ますように!

2年前の今日が1年前より今年より遥かに辛かった池江璃花子さんの視界で見れば、今日は「自己ベスト」で素晴らしいと思えた件。

08:00
言葉にするその日へと近づいている今!

7日の競泳ジャパンオープンにて、単に「競泳」という枠にとどまらない注目のレースが行なわれました。女子50メートル自由形、そこにはちょうど2年前に白血病を患ったことが発覚した池江璃花子さんの姿がありました。昨年8月にレースに復帰、今年1月の北島康介杯では女子100メートル自由形で4位に入るなど着実に前進してきたなかでの「ジャパン」を冠する大舞台。

そこで見せた池江さんの泳ぎは目覚ましいものでした。すでに池江さんは4月に予定されている日本選手権への参加標準記録も突破するなど「全国レベル」のところまで競技力を上げてきていましたが、今大会では予選を25秒06の復帰後自己最速記録で全体1位通過とすると、決勝ではさらにタイムを上げて24秒91での2位表彰台。まだひとつの目安となる「24秒46」には及ばないものの、それを「目指している」と言っても差支えのないタイムをたたき出しました。





「定位置」である4レーンに池江さんがおさまったとき、ゴーグルを手で押さえたとき、こちらの気持ちとしては勝手に感極まったものがわき上がってくるようでした。迎えたスタート、反応自体もやや鈍く、体重不足により飛び込み後の進みも弱く、浮き上がった時点では3番手から4番手といったところの池江さん。それでもそこから伸ばしていくと、最後はトップ争いを繰り広げての2着入線。上位3人が24秒台を記録するレベルの高い競り合いのなかで、1着の大本里佳さんには0秒16及びませんでしたが、真っ向戦っての2番でした。

試合でどうしても表彰台に及ばない、4番という結果に留まっていたことを池江さん本人は気にしていたようで、予選後にはようやくそれを打破できたと涙する場面もありました。それはもはや、世間が思い描く「病との戦いに臨む悲劇の人」の姿ではなく、「ライバルとの戦いに燃えるアスリート」としての姿でした。「楽しみたい」と弱気を滲ませるのではなく、「勝ちたい」と声を荒ぶらせるかのような。力強い目も、厚みを取戻しつつある身体も、勝負にこだわる言葉も、2番という結果に隠せない悔しさも、すべてがアスリートでした。

↓嬉しさだけではないように見える、この表情!強い人が「銀」を獲ったときに見せる、あの顔に見える!



2年前の2月8日、東京の「ヒロイン」となることが確信されていた池江さんが、白血病という大きな病を患ったことを告げられたあの日。あの日から先のすべてはまるで予想外のものでした。池江さんが東京からパリへと目標をシフトするような未来も、東京五輪・パラリンピックがコロナ禍によって1年延期されるという未来も、一度たりとも想像したことのないものでした。

ただ、その両方が重なったことで、目の前には不思議な光景が広がっています。白血病を乗り越えて新たな競技人生を歩む池江さんと、コロナ禍と向き合いながら開催への道のりを模索する東京とが、足並みを揃えて並走するようにして前へと進んでいます。早く言葉にしたい、そういう気持ちが高まってきています。ノドまで出かかるような思いです。目安となる記録を見ながらはたしてそこに及ぶのかと想像を巡らしたり、自由形での強みもある池江さんならば団体種目でという道もあるぞと仕組みを紐解いたり、言葉にする準備をしながらスタート台で構えているような気持ちです。先走る気持ちを懸命に抑えてブザーを待っているという感覚です。

池江さんは葛藤のなかで前へと進んできています。折々に聞く言葉には「揺れ動く」さまがよく表れていました。退院後の第一声では「パリ五輪が目標」とし、ある程度「諦める」側に揺れていました。テレビでのインタビューでは東京五輪への重圧を強く感じており、病気になったことで「もう五輪について考えなくてもいいんだ」という安堵があったことも語っていました。

それでもクラブでの練習開始後は「みんなと同じ練習がしたい」「負けたくない」と負けず嫌いをにじませました。国立競技場で1年後の希望を描くセレモニーに登場した際は、「一般人でもあり、アスリートでもある」という揺れを見せつつ、自ら推敲を重ねた本番コメントは「競泳選手・池江璃花子」と締めくくりました。復帰後初のレースについては「楽しみたい」とコメントしつつ、のちにそのときのことを振り返ったコメントでは「あれは正直な気持ちではなかった。そう言わざるを得なかった。不安だった。怖かった」と心境を吐露してもいました。

それは自分がどうありたいのか、どうあるべきなのかを手探りしている姿のように見えました。「無理だろう」「一度すべてがなくなった」と思う気持ちもどこかにあり、「そんなはずはない」「もっとできる」という気持ちもどこかにあり、それを言葉でねじ伏せているように見えました。怖いから楽しむと言い、戻りたいから戻れないと言う、何かを捻じ曲げているような姿に。

しかし、2021年を迎え、そうした揺れがようやくひとつに集束しているように感じます。コメントで「(今の自分は)ただの池江璃花子」と称するような、シンプルで単純なところに。競泳を好きで得意な「ただの池江璃花子」がいて、今このぐらいのタイムで泳げて、この先のスケージュルがこうなっています、さぁどうしようか?という、「今」をスタートラインとして前へと向かうようなシンプルなところに。過去をスタートラインとして失ったものを見る視界ではなく、今をスタートラインとして目の前だけを見る視界に。

だからこそ、言葉は慎重ににじり寄っているのだろうと思うのです。一度は「パリが目標」と完全に切り離した東京への想いについても、「五輪を目指してやっているとは言い切れない」「そこまで東京五輪を意識しているわけではない」という表現になってきています。まだ揺れている。いや、揺れ始めた。揺れているからこそ否定している。目指しているから目指していないと言い、意識しているから意識していないと言う、「ただの池江璃花子」に戻るまでの揺れ動きのように、その想いを自分に問いかけているように僕には見えるのです。

スタートラインに立ち、前が見えている。

遠くにそれは見えている。

目指していいのか、目指せるのか。

その気持ちが固まったとき、それは言葉となって出てくるのでしょう。

「次は1番(を目指す)」「王座を奪還するのが目標」と語ってジャパンオープンを締めくくった池江さんが、ひとつずつ自分を試していった次の次の次の次のどこかで、その言葉がきっと出てくる。結果がどうなるかではなく、そうやって目指していく姿を見ることができたなら、この1年というのも何もかもが悪いことばかりではなかったと、たくさんの人が思えるようになる気がします。

だって、かつての光景をスタートラインとするのではなく、今をスタートラインとして前だけを見れば、この時代もそんなに悪くないぞと思えてくるでしょう。過去と比べるのを止めれば、今この瞬間も、昨日より今日、今日より明日に向かって世界はどんどん素晴らしくなっているはずです。2年前の今日が、1年前の今日、そして今日より遥かに辛い日であった人の視界で世界を見れば、今日が「自己ベスト」の日になる。自己ベストを更新していけば、今はまだ遠くにある希望も言葉にできるようになる。そう思うのです。やりたいことや、会いたい人や、いろいろなことを。前を向いていきたいものですね!




池江さんは「できる」と確信するまで「できる」と言わないタイプと見ました!

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