スポーツ見るもの語る者〜フモフモコラム

競泳

池江璃花子さんの「努力は必ず報われる」という言葉を噛み締め、「報われるとは限らない」なんてことはないんだと強く思い直した件。

08:00
努力は報われつづけている!

しばし考え込んでいました。先日の競泳日本選手権で池江璃花子さんが発した「努力は必ず報われる」という言葉についてです。この言葉については、長い時間に渡って議論の種となり、そうだ、そうじゃない、さまざまな意見が述べられてきた類のものです。そして近年では、「報われるとは限らないけれども」という但し書きが添えられることが多くなったように思います。

そんななかで久々に真っ直ぐに打ち放たれた「努力は必ず報われる」というメッセージ。これには早速、「そうじゃないのでは?」という疑問を投げかける向きもあり、改めて考えを深めるいい機会となりました。池江さんの言葉だからこそ、これまで以上に考える機会にもなったと思いますので、僕もひとつこの言葉と向き合ってみようと思います。

↓元発言はコチラでご覧ください!


↓「練習しない」アスリート藤光謙司さんからは「違うのでは?」というご意見も寄せられました!

努力とは何か、報われるとは何か、そして生きるとは何か!

そういうことを考えるキッカケになります!



努力は報われるか報われないか問題に関する発言としては、イチローさんの「報われるとは限らないですね。もっと言えば、努力と感じている状態はまずいでしょうね。その先に行けばきっと人には努力に見える、でも本人にとってはそうでないという状態が作れる。そうすれば勝手に報われることがあるんです」というものがあります。これはむしろ努力のあり方を語る言葉ですが、「努力」は確実に「報われるものとは限らない」という内容です。

少し軸が異なりますが、ダルビッシュ有さんの「練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ」というのも、この話のときに思い出される言葉です。こちらも努力のありようについて語った言葉ですが、やれば何でも効果が出るなどということはなく、総じて言えばやはり「努力」は確実に「報われる」ものとは限らないという内容です。

それから羽生結弦氏の言葉、「努力はウソをつく。でも無駄にはならない」という言葉も思い出されます。こちらは「努力」が必ず「報われる」とまでは言い切りませんし、努力が意図どおりの効果を発揮するわけではないことを示唆しますが、まったくの無駄にはならないという話です。「努力」が確実に「報われる」ものとは限らないが、「無駄にはならない」という。

そんななかでの池江さんの強いメッセージ。競技直後という頭ではなく心で発するタイミングの言葉は、深く考え抜かれたものではないかもしれませんが、より心の率直な想いに近いように思われます。「違うのでは?」という声を受けて池江さん自身も再び考え込んでいるものの、それでも「必ず報われる」と思った瞬間は確かにあるのでしょう。「報われた!」と思ったからこその言葉のはずです。

ここでひとつ注目したいのが池江さんの言葉のつづきです。競技直後のインタビューを終えたあと、さらに別口で問われた機会において池江さんは「(心のなかの桜は何分咲きかと問われて)今は7か8くらいですかね」「(どうしたら満開になる?と問われて)いつかオリンピックで金メダル、もしくはメダルを取れたらかなと思います」と答えています。

池江さんは「報われた」と感じるのと、メダルを取れたら満開というまだ完全には「報われていない」ように見える状態を共存させています。おそらくは真の願い、真に目指したものは世界一であり金メダルであるのだろうと思います。その意味では、あの瞬間というのは東京五輪への内定が決まった瞬間ではあるものの、個人での派遣には届かなかったという瞬間でもあり、少なくともその種目においての世界一や個人としての金メダルはなくなったという「報われない」瞬間でもあります。

個人での内定を逃して落胆する者、リレーでの内定を決めて歓喜する者、同じタイム・同じ順位であっても受け止め方はさまざま。その差は「願ったとおり、目指したとおりになったかどうか」というところでしょうか。願ったものが変わらなければ、どれだけ努力をしても届かないことはあるでしょうし、間違った方向に向かえば無意味なこともあるでしょう。その意味では「努力は必ず報われるとは限らない」。

ただ、願いや目標もまた移り変わるものであるわけで、間違った方向に間違った努力をしたとしても、それが功を奏することだってあるはず。プロ野球選手にはなれなかったけれど、そこで得た経験や人脈を活かして別の道で成功するなんて話もあるものです。それは「当初の願いや目標への努力が報われた」わけではないけれど「すべての努力が報われなかった」わけではない、どちらでもあるという状態でしょう。

願いや目標というのは限りがないものです。

努力もある程度の裁量の幅はありますが、それ以上に願いや目標は無限大です。目標を手前に置くこともできるし、目標を遠くに置くこともできる。右にも左にも上にも下にも置けるし、いくつも置くこともできる。もっと言えば無数の願いや目標で世界を埋め尽くすことだってできる。「こうなりたい」という願いや目標を数多く持つことができれば、すべての努力が何かの目標を達成することだって不可能ではないだろうと。世界中に標的を置いておけばどこに矢を放ったとしても「どれかに当たる」ように。

だから、池江さんのような「報われた」「まだ報われていない」が共存する状態だってあるはずなのです。世界に無限に存在する願いや目標のどれかは達成していないけれど、どれかは達成した、そういう状態が。世界のトップを目指すアスリートなどは通例「たったひとつの大きな目標」に向かって努力するものなので、白か黒かどちらかということになりがちですが、決してそんなことはなく、彼らにだって無限大の願いや目標があっていいはずだと思います。

つまりは「報われた」と感じるかどうかは、願いや目標をどれだけ置いておけたかの差だと感じます。池江さんは「世界一、金メダル」という願いだけでなく、もう一度プールに戻ることであったり競泳選手として復帰することであったり、図らずもたくさんの叶うかどうかわからない願いや目標を備えて日々を過ごしてきました。「競技復帰後のベストタイム」という新しい捉えかたで自分の競技力にも新たな目標を置くようになりました。だから同じ結果に対しても、「報われた」「報われていない」が共存しましたし、それを推し進めれば、願いや目標に制限がない以上は「必ず報われる」は正なのです。

「報われない」と感じるのであれば、きっとそれは願いや目標が少なすぎるのです。もっと近くにも、もっと違う方向にも、それを置いておければどこかで「報われる」部分が必ずある。「毎日少しずつ上手くなること」や「自分ではない誰かの喜びとなること」も、素晴らしい願いや目標のひとつでしょう。それはたったひとつの大きな目標を諦めるとか捨てるなんてことではなく、山頂に至るまでにも一歩ずつの歩みがあり、「草花を愛でる」「キレイな石を拾う」といった別の目的を持つことができるのに似ています。

その意味では、努力は報われつづけている、のだと思います。

そのことに気づけるかどうか、心持ちの違いがあるだけで。

そして、報われなかったように思える努力すらも、いつかどこかで「実は報われていたのだ」と気づくことだってできるはずです。たったひとつの大きな目標には至らなかったとしても、無限大の可能性がある願いや目標を無意識に達成していたと過去を振り返って思い直すことはできるはずです。池江さんの「東京五輪で世界一」を目指した努力は一度「報われなかった」と確定的に思えた瞬間があったはずですが、そこから世界が変わり、池江さん自身の願いや目標も変わり、「報われなかった」で確定したはずの努力までもが再び甦ってきました。無駄になったのではなく、ちゃんとつながっていた。

気づかないことも含めて、努力は報われつづけている。

「報われるとは限らないけれども」という但し書きはいらない。

今は世界でたくさんの「報われない」ことが生まれている時期ですが、強い気持ちで「必ず報われる」と思い直していきたいなと思います。たったひとつの大きな目標だけに囚われるのではなく、もっとたくさんの可能性があり、願いや目標には制限がないことを意識しながら。「明けない夜はない」みたいなおまじないの一種かもしれませんが、「努力は必ず報われる」そう思っていきたいなと。そうでないと、正しい努力をできなかった自分を、間違いで、失敗のように思ったりしてしまいそうですし、それはイヤですからね。

じっくり考えまして、僕は「努力は必ず報われる」「というか、報われたと感じてみせる」に1票を入れます。そう思える自分でいられるように、日々を過ごしていきたいなと思います。

そうやって過ごしていくうちに、たったひとつの大きな目標が叶う日も来るかもしれない、そんな希望とともに!



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「報われない」と感じている人にも「報われていた」と思える日が来ますように!

2年前の今日が1年前より今年より遥かに辛かった池江璃花子さんの視界で見れば、今日は「自己ベスト」で素晴らしいと思えた件。

08:00
言葉にするその日へと近づいている今!

7日の競泳ジャパンオープンにて、単に「競泳」という枠にとどまらない注目のレースが行なわれました。女子50メートル自由形、そこにはちょうど2年前に白血病を患ったことが発覚した池江璃花子さんの姿がありました。昨年8月にレースに復帰、今年1月の北島康介杯では女子100メートル自由形で4位に入るなど着実に前進してきたなかでの「ジャパン」を冠する大舞台。

そこで見せた池江さんの泳ぎは目覚ましいものでした。すでに池江さんは4月に予定されている日本選手権への参加標準記録も突破するなど「全国レベル」のところまで競技力を上げてきていましたが、今大会では予選を25秒06の復帰後自己最速記録で全体1位通過とすると、決勝ではさらにタイムを上げて24秒91での2位表彰台。まだひとつの目安となる「24秒46」には及ばないものの、それを「目指している」と言っても差支えのないタイムをたたき出しました。





「定位置」である4レーンに池江さんがおさまったとき、ゴーグルを手で押さえたとき、こちらの気持ちとしては勝手に感極まったものがわき上がってくるようでした。迎えたスタート、反応自体もやや鈍く、体重不足により飛び込み後の進みも弱く、浮き上がった時点では3番手から4番手といったところの池江さん。それでもそこから伸ばしていくと、最後はトップ争いを繰り広げての2着入線。上位3人が24秒台を記録するレベルの高い競り合いのなかで、1着の大本里佳さんには0秒16及びませんでしたが、真っ向戦っての2番でした。

試合でどうしても表彰台に及ばない、4番という結果に留まっていたことを池江さん本人は気にしていたようで、予選後にはようやくそれを打破できたと涙する場面もありました。それはもはや、世間が思い描く「病との戦いに臨む悲劇の人」の姿ではなく、「ライバルとの戦いに燃えるアスリート」としての姿でした。「楽しみたい」と弱気を滲ませるのではなく、「勝ちたい」と声を荒ぶらせるかのような。力強い目も、厚みを取戻しつつある身体も、勝負にこだわる言葉も、2番という結果に隠せない悔しさも、すべてがアスリートでした。

↓嬉しさだけではないように見える、この表情!強い人が「銀」を獲ったときに見せる、あの顔に見える!



2年前の2月8日、東京の「ヒロイン」となることが確信されていた池江さんが、白血病という大きな病を患ったことを告げられたあの日。あの日から先のすべてはまるで予想外のものでした。池江さんが東京からパリへと目標をシフトするような未来も、東京五輪・パラリンピックがコロナ禍によって1年延期されるという未来も、一度たりとも想像したことのないものでした。

ただ、その両方が重なったことで、目の前には不思議な光景が広がっています。白血病を乗り越えて新たな競技人生を歩む池江さんと、コロナ禍と向き合いながら開催への道のりを模索する東京とが、足並みを揃えて並走するようにして前へと進んでいます。早く言葉にしたい、そういう気持ちが高まってきています。ノドまで出かかるような思いです。目安となる記録を見ながらはたしてそこに及ぶのかと想像を巡らしたり、自由形での強みもある池江さんならば団体種目でという道もあるぞと仕組みを紐解いたり、言葉にする準備をしながらスタート台で構えているような気持ちです。先走る気持ちを懸命に抑えてブザーを待っているという感覚です。

池江さんは葛藤のなかで前へと進んできています。折々に聞く言葉には「揺れ動く」さまがよく表れていました。退院後の第一声では「パリ五輪が目標」とし、ある程度「諦める」側に揺れていました。テレビでのインタビューでは東京五輪への重圧を強く感じており、病気になったことで「もう五輪について考えなくてもいいんだ」という安堵があったことも語っていました。

それでもクラブでの練習開始後は「みんなと同じ練習がしたい」「負けたくない」と負けず嫌いをにじませました。国立競技場で1年後の希望を描くセレモニーに登場した際は、「一般人でもあり、アスリートでもある」という揺れを見せつつ、自ら推敲を重ねた本番コメントは「競泳選手・池江璃花子」と締めくくりました。復帰後初のレースについては「楽しみたい」とコメントしつつ、のちにそのときのことを振り返ったコメントでは「あれは正直な気持ちではなかった。そう言わざるを得なかった。不安だった。怖かった」と心境を吐露してもいました。

それは自分がどうありたいのか、どうあるべきなのかを手探りしている姿のように見えました。「無理だろう」「一度すべてがなくなった」と思う気持ちもどこかにあり、「そんなはずはない」「もっとできる」という気持ちもどこかにあり、それを言葉でねじ伏せているように見えました。怖いから楽しむと言い、戻りたいから戻れないと言う、何かを捻じ曲げているような姿に。

しかし、2021年を迎え、そうした揺れがようやくひとつに集束しているように感じます。コメントで「(今の自分は)ただの池江璃花子」と称するような、シンプルで単純なところに。競泳を好きで得意な「ただの池江璃花子」がいて、今このぐらいのタイムで泳げて、この先のスケージュルがこうなっています、さぁどうしようか?という、「今」をスタートラインとして前へと向かうようなシンプルなところに。過去をスタートラインとして失ったものを見る視界ではなく、今をスタートラインとして目の前だけを見る視界に。

だからこそ、言葉は慎重ににじり寄っているのだろうと思うのです。一度は「パリが目標」と完全に切り離した東京への想いについても、「五輪を目指してやっているとは言い切れない」「そこまで東京五輪を意識しているわけではない」という表現になってきています。まだ揺れている。いや、揺れ始めた。揺れているからこそ否定している。目指しているから目指していないと言い、意識しているから意識していないと言う、「ただの池江璃花子」に戻るまでの揺れ動きのように、その想いを自分に問いかけているように僕には見えるのです。

スタートラインに立ち、前が見えている。

遠くにそれは見えている。

目指していいのか、目指せるのか。

その気持ちが固まったとき、それは言葉となって出てくるのでしょう。

「次は1番(を目指す)」「王座を奪還するのが目標」と語ってジャパンオープンを締めくくった池江さんが、ひとつずつ自分を試していった次の次の次の次のどこかで、その言葉がきっと出てくる。結果がどうなるかではなく、そうやって目指していく姿を見ることができたなら、この1年というのも何もかもが悪いことばかりではなかったと、たくさんの人が思えるようになる気がします。

だって、かつての光景をスタートラインとするのではなく、今をスタートラインとして前だけを見れば、この時代もそんなに悪くないぞと思えてくるでしょう。過去と比べるのを止めれば、今この瞬間も、昨日より今日、今日より明日に向かって世界はどんどん素晴らしくなっているはずです。2年前の今日が、1年前の今日、そして今日より遥かに辛い日であった人の視界で世界を見れば、今日が「自己ベスト」の日になる。自己ベストを更新していけば、今はまだ遠くにある希望も言葉にできるようになる。そう思うのです。やりたいことや、会いたい人や、いろいろなことを。前を向いていきたいものですね!




池江さんは「できる」と確信するまで「できる」と言わないタイプと見ました!

韓国の用意した背泳ぎ用スタート装置が「引っ張ると滑る」ヤツだったことに悪意はたぶんナイので与えられた条件で頑張ろうの巻。

12:00
これが韓国運営だと思って頑張るしかない!

「よく知らないけれど、大体こんな感じだろう…」精神。これが僕が長年さまざまな大会を見てきたなかで最終的に感じる韓国運営の精神的根っこです。悪意…も多少あるかもしれないけれど、大半においてはそれは小さな問題であり、「大体こんな感じ」でやった結果「意外とそうでもなかった」と判明するというオチ。やり始めてから「えぇっ!?バドミントンの競技会場ってエアコンの風が影響を与えたらダメなんですか!?」と気づくみたいな。言うならば初体験ならではのドキドキや微笑ましい失敗談みたいなものです。「ファーストキスで前歯を当てた」的な。

今回、そんな素敵な初体験を見せてくれているのは韓国・光州で行なわれている世界水泳。世界のトップスイマーが集い、真剣勝負を繰り広げる大舞台は、日本の誇る競泳陣も金メダルならば東京五輪内定が決まるということもあってガッチガチの大本番として臨んでいる大会です。しかし、韓国側では今回も「よく知らないけれど、大体こんな感じだろう…」が発動してしまいました。

問題となっているのは競泳・背泳ぎ用のスタート装置。背泳ぎではスタートする際にプールに一旦沈み、飛込み台のバーに手をかけ、「レッジ」と呼ばれる台に足を引っ掛けて水上で待機します。その状態でヨーイドンとなり、背面から飛び込むと。しかし、その「レッジ」とやらのこと、正直知らないですよね?名前も初耳だし、「そんな装置があったんですか?」というのが一般的な認識でしょう。韓国もそうだった。それが必要なのだということ、大体こんな感じということは聞き及んでいたけれど、「大体」で駆け抜けてしまっていた。

↓レッジに「チカラをかけると落ちる」事態が散見されているそうです!


「思ったより選手のチカラが強くて…」
「我々が手で引っ張ったときには大丈夫でしたよ?」
「これって絶対必要なものです?」


↓日本の入江さんはスタート前に手で引っ張って確かめたら、「引っ張るな」と言われたとのこと!

「あーダメダメ」
「それ引っ張っちゃダメ」
「やめてください!」
「怒りますよ!」


↓そのレッジというのは、こんな感じのモノです!


スタート台につけた装置から伸びているヒモ!

壁につける足引っ掛け台!

ヒモの長さを調整するパーツ!

当然引っ張ったり縮めたりして調整できるのがウリなわけですが…。


↓で、韓国の用意したヤツを引っ張るとこうなります!


ダメだわこれはwwwww

そりゃ「引っ張るな」って怒るわwww

絶対に踏ん張ってはいけないスタート台www



スタート台からヒモのようなものが伸び、踏ん張りやすい場所に足引っ掛け台を設置し、水上で待機しておくための装置が、調整部分が緩かったためにズルッと滑ってしまうという現象。当然ズルッと滑ったままスタートしてしまったりするケースも発生しており、そうした場合には「もう一回泳いでいいよ!」という救済措置で対応しているとのこと。このあたりは「どうせ毎日何キロも泳いでるんでしょ?」「一本くらい増えたって大丈夫大丈夫」「高校野球だって194球くらいなら普通に投げてるから」とワイルドなタフネスで押し切っていく考えです。

スタート台のほうはある程度しっかりというか、見た目通りの形で作れば「まぁこんなもんかな…」という妥協もできるでしょう。多少、何か上っ面に貼ってある素材に違和感があったり、微妙に飛び込むときに角度が急だなぁと思ったりしたとしても。しかし、パーツがいろいろ複雑になってくると話は別。仮に既製品であったとしても、買ってきたときは大丈夫でも日頃のメンテナンスであったり、使い方などでいろいろなトラブルは生まれ、そして「大体こんな感じ」なのでそれが放置されていく。

「今大会で使う装置だ」「引っ張って足を掛けるヤツだ」「絶対に必要なヤツ」と言われたら、全部を一度は設置して「本当に大丈夫かな?」とガシガシ引っ張って調べるのが一般的な感覚だと思うのです。ぶっ壊れるんじゃないかぐらい足で引っ張って、それでガシッと止まって、ようやく「大丈夫だな」と。そこを2つくらい手で引っ張ってみて「大丈夫そう」とGOサイン出したり、「まぁよくわからんけど買ってきたヤツだし大丈夫やろ…」でGOサインを出していくと、こんなトラブルも生まれるのかなと思います。実際、ほぼほぼ大丈夫でしたし。

↓たまーに、トラブルの影響で「ひとりでもう1本」泳がされたりしますけど、大体大丈夫です!

「滑ってしまったな」
「すまんすまん」
「もう1本泳いでええぞ」
「おぉ…また滑ってしまったな」
「すまんすまん」
「もう1本泳いでええぞ」
「よし、これで大丈夫!」
「よかったよかった」

結局予選で3本泳いだイタリアのサッビオーニ選手は無事に準決勝に進出!

準決勝では「余計な調整」はナシでレッジ固定ということになったので、無事にスタートできました!

おめでとうございます!




「暑い寒い」とか「韓国運営」とか前提条件が同じなら頑張るしかない!

「あの人を手ぶらでは帰せない」という、自分の限界を超えるための実用的(※2大会連続メダル獲得に成功中)心構えの巻。

18:43
手ぶらの無限連鎖講!

人は、誰かのために強くなる。少年漫画のカッコいいセリフみたいなのを地で行く男たちがいた。競泳男子4×200メートルリレー、日本チーム。ただ強いだけでなく「今日特別に強い」を実践しつづける驚異の調整力の持ち主たちが、ひとつまた大きな仕事をやってのけました。

52年ぶり、1964年東京大会以来のメダル獲得。

その原動力となったのは、今大会このリレー一本で参加している、ベテラン松田丈志の存在だったと言います。チームの合言葉は「松田さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」。前回ロンドン大会で、松田さんが「(北島)康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」と鼓舞してメドレーリレーのメダルを獲得したフレーズの再起用です。

想いをつなぐリレーは各選手のチカラを最大限に引き出しました。第1泳者・萩野公介は前半からガンガン飛ばし、自身の持つ日本記録に迫る好タイム。つづく第2泳者・江原“ナイト”騎士は予選より大きくタイムをあげてメダルを争うライバルを大きくリードして、全体2位で第3泳者へ。さらに第3泳者・小堀勇氣は自身もまたこのレース一本にかけ、予選から2秒ほどあげてくる会心の泳ぎ。そして、全体2位でバトンを松田さんにつなぎ、あとを託します。

あぁ、この感じは北京五輪の陸上男子4×100メートルリレーだ。チカラを保ち、長く踏みとどまったベテランにだけ与えられる、「自分を見て大きくなった若者との合流」というごほうびだ。敬意と感謝が「この人のために」という意識を生み、全力以上のチカラを引き出してしまう現象だ。

松田さんは、実績で言えば200メートルバタフライを得意とする選手。しかし、200バタでは世界に挑むだけのチカラを選考会で出せませんでした。マイケル・フェルプスと鎬を削った選手にも衰えというものはあります。五輪をあきらめてしまっても不思議はないところです。すでにあれだけの栄光を得たあとなのですから。

しかし、勝つために自分を変えていくしぶとさこそが、松田さんの持ち味だった。ロンドン大会のメドレーリレーでは、手薄だった自由形とバタフライの穴を埋めるため、本職ではない100メートルバタフライのスピード練習を詰み、メンバーに加わりました。そして、今回はバタフライではなく、かつて日本記録も出した200メートル自由形のチカラを活かせるリレーで、「そのほうがチャンスがあるから」と再び頂点に挑んだ。

ビニールシートで覆われた決して快適とは言えないプールから世界の頂点まで迫ったタフネスが、再びここに松田さんを連れてきた。しぶとくしぶとく踏みとどまりつづけたからこそ、予想外とも言える舞台での最後のチャンスを得られた。後輩が作ったカラダひとつぶんほどの差を守り切れば、52年ぶりのメダルに届くというチャンスを!

↓松田さんはイギリスにはかわされるものの、最後まで失速することなく3位でフィニッシュ!


「来い!」という後輩たちの声援!

それに応える最後の力泳!

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自分の頑張りが種を蒔き、自分の頑張りがあとにつづく者の道標になってきた。そこに感謝があるからこそ、「手ぶらでは返せない」という気持ちも生まれる。たくさんのものを先に受け取ってきたから、手ぶらでは帰せないという気持ちになる。そうやって時代がつながり、経験がつながっていく。

松田さんが語った「このメダルをきっかけに若い選手がさらに日本の自由形を強くしてくれると願っている」という言葉。五輪は最後と公言している松田さんですが、水泳人生をかけての言葉のようにも聞こえるこの言葉・このメダルが、まさに松田さんの置き土産。「松田さんを手ぶらで帰せない」という想いで獲った4つのメダル。松田さんがその1つだけを持ち帰り、3つを若者たちに残した。土産をもらったら、半返しを欠かさない日本人の美徳のように、互いに何かを贈り合った。

この気持ち、きっとほかの競技でも活かせるもの。自分のためなら諦めてしまうことも、誰かのためなら頑張れるのは、みんな何となく感じていることでしょう。それが一緒にやる仲間のためであったなら、お互いの気持ちが反響して、ものすごい効果になるのではないでしょうか。プレイヤーだけでなく、コーチ陣にもこの事例、大いに参考にしてもらいたい。自分たちのグループには「この人のために」と思われるような人物がいるか。もしいないなら、それを加えることもひとつの手として。

競泳はほとんどが個人種目ではありますが、チームとして行動しています。選手たちの多くは仲間のレースの応援に集まり、日の丸を振って声援を送ります。その時間、理屈で言うなら個人調整をしてもいいわけですが、今大会も大集団で応援をしています。松田さんも、日の丸をふって日々スタンドから応援をしていました。競泳がただ強いだけでなく、「今日特別に強い」ということを毎回の五輪のたびに見せてくれることを考えたとき、こうしたチーム力もまた強さの秘密なんだろうと思ってしまうのです。自分ひとりで自分の限界を超えられるなら、たったひとりで戦ってもいいんでしょうが、きっと、そんな簡単なものではないはずですから。

「●●さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」

この気持ちを持てたなら、きっと強くなる。

そう思える相手が仲間にいたら、きっと強くなる。


サッカー男子よ!ダメ元で「藤春さんを手ぶらでは帰せない」の気持ちを持て!

キングオブスイマー萩野公介とキングオブフレンド瀬戸大也がつかんだ「ふたりだからこうなった」友情の金と銅の巻。

12:22
友だちがいてくれたから、ここまでこれた!

勝った喜びをさらに加速させ上書きしていくような美しい友情の場面。7日に行なわれた競泳男子400メートル個人メドレーでの萩野公介の金、そして瀬戸大也の銅。日本選手団にとっての金1号は、ただ勝った、ただ強かったという以上に、友情というのは素晴らしいものだな…と心が温かくなるような金銅でした。

小学校時代からのライバル同士。早くから天才少年として知られ、圧倒的なスピードで孤高の存在であった萩野公介。もちろんそのままでも世界に轟く、歴史的選手であったことは疑いがありません。ただ、ひとりで速く泳ぐだけの人生であったなら、このメダルがこんなにも温かいものにはならなかったのではないか。

泳ぎを終えたふたり、萩野の喜びの笑顔以上に印象的だったのは瀬戸のさわやかな笑顔。そして、ガッチリと手を握り合った姿。悔しくないはずがない、と外野としては思います。金のチャンスもあった選手が銅なのですから、「負けた」という悔しさで唇を噛んでもおかしくはない状況。でも瀬戸の笑顔は、鈍びたブロンズのものではなく、まさにダイヤモンドの輝き。どうしてこんなに笑顔でいられるのか、不思議になるほど。

「ライバルではなく、自分が追いかけていた」

萩野を追いかけて追いかけて世界のトップまできた瀬戸。類稀なる勝負強さで自身も世界王者となり、肩を並べるところまできたにも関わらず、今もその目は真っ直ぐに萩野を追っている。自分の悔しさ以上にこぼれる「萩野すごいな!」という祝福、そして敬意。自分が目標としてきた相手が本当に素晴らしい目標だったんだということを喜ぶかのような笑顔が、本当に眩しかった。

追いかけてくる強敵がいる。一緒に同じ悩みにぶつかれる盟友がいる。リラックスした時間を過ごせる幼馴染がいる。「ただ速い」ということについては生まれ持った天才であった萩野公介という傑物に、人生の中で見つけなくてはならない宝を一度にたくさん持って現れた運命の人、それが瀬戸大也だった。

おそらく歴史においては、このレースのことは「萩野金」という話だけが残っていくと思います。しかし、この日、コレを見た人だけでも「萩野金、瀬戸銅」で覚えていてほしい。強いヤツが勝手に獲った金でなく、友情物語としての金・銅であったことのほうが、はるかに貴重なストーリー。萩野に敬意と、瀬戸に感謝を、それぞれに捧げずにはいられないレースだったと思います。

60年ぶりに生まれた競泳でのダブル表彰台。

それを生んだのは萩野公介ではなく、瀬戸大也である。

萩野という天才を追いかけつづけた瀬戸大也が生んだ金銅である。

そういう憶え方なら、この記憶が長く残るかもしれません。

いくつも見てきた金よりも、この金銅はとてもイイものです!

↓瀬戸が飛び出し、萩野が抜け出す!間のレーンでアメリカのカリシュが迫る!


最後追われたときは少し怖かったけれど、世界王者・瀬戸に10年以上追われつづけてきた萩野に隙はなかった!

追われることは日常風景!

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感想(0件)




萩野が出した4分6秒5は自身の持つ日本記録を1秒以上更新するもの。昨年の世界水泳を「自転車に乗っていてコケる」という事故で辞退した萩野。右ひじ橈骨の骨折という大ケガは、もしかしたら「自転車以前の萩野には戻らないのではないか」という不安さえ生むものでした。しかし、この大舞台で過去を超え、自分を超えた。さすが日本の大エース、日本競泳史上最高傑作!

↓強さ以上に眩しかった友情の握手&抱擁!


お兄さん、久々に他人の友情で感動しちゃったよ!

瀬戸攻×萩野受の同人誌あったら今なら買っちゃうわ!

執拗にケツを追いかける瀬戸が、バック(※背泳ぎ)で攻めたり、自由(※クロール)に攻めたりするヤツ!


↓いい友だちがいてよかったですね!瀬戸の笑顔のおかげで全力で祝福できる!

瀬戸ありがとう!萩野お疲れ様!

東京では金銀を頼むぞ!


↓初日からセンターポールに上がった日の丸と、ながーーーーーーく楽しめる君が代!
http://www.gorin.jp/video/5074076695001.html

誰だよブラジルでこの君が代のCD売ったヤツwwww

遅すぎて、心の中の歌声がギッコンバッタンなるわwwww

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感想(0件)




競泳が作った最高の流れ、風に乗って日本選手団全員に届け!
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婦人公論 2017年 12/27、1/6 合併特大号

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