スポーツ見るもの語る者〜フモフモコラム

フィギュアスケート

羽生結弦氏が石川県輪島市に赴いた「news every. 伝えたい思い」で届けた、「辛さは比較しなくて大丈夫」という心からの思いの巻。

08:00
それぞれの辛さも、それぞれの幸せも、唯一無二のもの!

心移ろいやすい僕らに大切なことを伝え、思い起こさせてくれる時間がやってまいりました。日本テレビ系「news every.」で不定期に放送されている、羽生結弦スペシャルメッセンジャーによる「伝えたい思い」。その最新レポートが9日に放送されたのです。今回羽生氏が向かったのは元日に起きた能登半島地震から半年が経過した石川県輪島市。すでに地元ニュースでは学校訪問の様子などが伝えられていましたが、いよいよスタジオ生出演を含めての全容を拝見できるということで、僕も襟を正して見守ります。



番組開始から約1時間、ここからは全国向け放送に切り替わるというタイミングで羽生氏はスタジオに現れました。隣には「news every.」のキャスターをつとめる斎藤佑樹さんが。野球にも造詣の深い羽生氏のことですから内心には「2006年の夏の甲子園で中田翔さん擁する大阪桐蔭と田中将大さん擁する駒大苫小牧を倒して深紅の大優勝旗をつかんだ斎藤佑樹さんだ…!」という思いがあったかもしれませんが(←こんな甲子園マニアおぢみたいな思考ではないかもしれないが…)、もちろん羽生氏はその辺を表に出すことはありません。「ドキドキしてます本当に」の一言にすべてを込めて、出会いのグータッチに臨みます。ここは顔見世までということで、熱中症対策には「水分と塩分が大事」という的確な回答と「伝えたい思い」の予告のみで一旦羽生氏は退場していきました。

30分ほどニュースを伝えたのちいよいよ始まった「伝えたい思い」のレポート。先月25日のものだという映像では、羽生氏は生々しい傷跡を見ながら石川県輪島市へと向かっていました。「大きな災害があって、いてもたってもいられなかったという気持ちは強くありました」とつぶやく車中。倒壊した家屋が道沿いに並ぶ様子を、羽生氏は言葉もなく見つめるばかりです。輪島市中心部では、倒壊の原因を調査するためにあえてそのまま保全されている五島屋ビルの前を歩く姿も。その後も羽生氏は市内に残る被災の様子を自らの目と心で受け止め、「そのまま傷跡が残っているんだなという感じが強い」と現地に思いを致すように巡ります。

その足で向かったのは輪島中学校。校名が剥がれ落ちたままの校門や、被害を受けた校庭などに胸を痛めつつ、生徒たちとの対面の舞台となる会場へ向かう羽生氏。サプライズでの訪問だったということで、会場の中学生たちは羽生氏の登場に目を見合わせて驚いたり、クチに手をあてて叫びをこらえたりしつつ、同時にたくさんの笑顔で迎えてくれました。喜んでもらえたこと、笑顔の時間が生まれたこと、とても嬉しくなるような場面でした。

早速の質疑応答のコーナーでは遠慮がちになる生徒たちに、羽生氏から「好きな食べ物何ですか?とかでもいいよ〜」という心を軽くする呼び掛けも。せっかくのお誘いなので「好きな食べ物は何ですか?」と生徒さんが聞いたくだりでは、僕のなかのQuizKnockが「ギョーザ!」などと早押しの態勢で動き出しますが、羽生氏は「好きな食べ物、ギョーザかな」と答えたのち「あとトンカツとか好きだよ」と付け足し情報を出してくる衝撃の展開が。まさか「好きな食べ物はギョーザですが、さてもうひとつは何でしょう?」の出題パターンんだったとは。ふぅー、コレがもしも「羽生結弦大クイズ大会ワールドツアー〜お手付きは即帰国〜」であったなら、僕も含めた多くのYuzuruKnockがフライングのギョーザ回答でお手付きとなったに違いありません。「くぅー、名古屋公演で味噌カツ食べたとかかー」「空前のトンカツブーム来たる」「明日トンカツにしよう」と我が家も大盛り上がりです。

その後もつづく質問大会。そのなかで「勝ったときってどんな気持ちですか?」という素朴な質問に対して、「めっちゃもう死ぬほど練習したな今回、って思って勝ったらめっちゃ嬉しいし、別にそんな練習しなくて勝ったら別にそんなに嬉しくないから、めっちゃ練習しよう。頑張って」という深い答えを返した羽生氏。その心境に到達するにはある程度の経験と時間が必要かもしれませんが、人生の大切なことが詰まった言葉だなと思います。中学生たちにもぜひ大事にしてもらいたいもの。

そして「29年間どういう人生でしたか?」という質問の返しの機会に、羽生氏は「思い」を語り始めます。「いいことと悪いことがいっぱいあったな、って」「つらいこといっぱいあるけど、でも実は楽しいことのほうが探そうと思えばいくらでもあるというか」「僕は何か(東日本大)震災起こったあとにすごい思ったけど、ただただご飯が食べれるだけで幸せだし、学校に来れてみんなと話せているだけで実は幸せだし」と、今もしかしたら必要かもしれない「思い」をそこに置くように語り掛けた羽生氏のぬくもり。この日の話と、その後一部の生徒さんが涙するほど感極まったハイタッチの時間が、これからの支えになればいいなと思います。「泣かんでええ」の言葉、いろんなときに思い出して頑張っていってください。

↓羽生氏の真後ろをゲットした男子!頑張りましたね!



その後羽生氏は輪島朝市へ。「生活の跡がもはや見えないですよね…」と沈痛な表情を浮かべながら、羽生氏は朝市で店を出していたというご婦人たちに話をうかがいます。皆さんそれぞれに朝市という大切な場所に大きな被害を受けた人たちでありながら、「たまたま私の家は住める状態」「被害も少なかったから引け目がある」「申し訳なくなってね、物資の配給に行きにくい、行けない」といった申し訳なさが言葉になって出てくる一幕も。羽生氏もことさらに共感するようにうなずきます。

それでも4月からはクルマで仮設住宅を訪問し、週に一度の訪問朝市を再開したのだとも言います。野菜や山菜、総菜などを販売する朝市にはたくさんの笑顔があふれています。そして「今の私たちは朝市があってよかった」「今度朝市に行くときに持ってくわーと思えるのは張り合いになる」「前向きになれる」と活力をみなぎらせています。「生き甲斐ですよね」とうなずく羽生氏。そこには震災「後」の10年あまりを生き抜いてきた人の実感がこもっていました。生きるために必要なものは衣食住だけではない、僕もそんなことを思います。

だから、ご婦人方の全国の視聴者へ伝えたい思いが「きっと、きっと復活する日があると思う」「来る日を信じて頑張ります」「またぜひ朝市に来てください」「朝市を見に、ばあばの顔もまた見に来てください」というものだったことには、逆にこちらが元気をもらうような思いがしました。優しくて、たくましいばあばたちの朝市、僕も「いつか行く」リストに書き加えて、その日を楽しみにしたいと思います。朝起きられないので、寝ないで行く感じになりそうですが…!



その後、スタジオに戻っての振り返りで羽生氏は、「東日本大震災と通じることは?」という問いかけに対して、先ほどの朝市のご婦人が語った申し訳なさについて言及します。自分自身も東日本大震災の被災者(※自宅が全壊判定を受け避難所生活となる)でありながら、内陸部住みで津波に見舞われなかったことなどから、より深刻な被害を前に「自分は被災者とは言えない」と同じような心境だったことを振り返ります。

スケートをつづけられることへの申し訳なさもたびたび語ってきた羽生氏は、そうした心境に長く深く向き合ってきたのでしょう。そのなかで結ばれた言葉が「被害に遭われた方は皆辛いので、その辛さは比較しなくても大丈夫なのかなと僕は思っています」というものだったことには、自分の心にも日が差すような温かい気持ちになりました。我慢が、忍耐が、解きほぐされるような気持ちになりました。

辛さは比較しなくていい、誰が一番なんて比べることではない、それぞれにどうしようもない辛さがある、みんなが唯一無二の辛さを抱えている、そういうものなんだと。「震災後」をひと足先に歩んできた人が深く思い致してようやく至ったこの心境、助けになる人がきっといると思います。それぞれが抱える唯一無二の辛さが和らぎ、それぞれの唯一無二の復興が成る日が来るまで、それぞれが頑張っていけるよう祈りたいと思います。頑張ってください!

↓先に起こった出来事の経験が、未来の助けになりますように…!




さて、僕は東京住みなものでまったく気づかなかったのですが、どうやらここで番組は「壁」に突き当たったようで、以降は一部地域のみでの放送になったのだとか。壁地域住みの方の嘆きがSNSで渦巻くなかで見守る羽生氏出演のお天気コーナーの楽しさたるや(←ヤなやつ)。いやー、まったく「壁」に気づかずに恐縮ですが、都知事選の地獄絵図を乗り越えたゴッサムシティの住人には、これぐらいの得があってもいいでしょう。ありがたく「壁」の内側でお天気コーナーを拝見します。

コーナー開始前に一瞬チラリと姿が見えてしまうアクシデントも何のその、「木原さーん、そらジロー、そして羽生さーん!映っちゃった!」の呼び掛けで始まったお天気コーナー。羽生氏はそらジローとの恒例の絡みに臨みました。早速そらジローは「得意なダンスを一緒に踊りたい」と言い出し、「Choo Choo TRAIN」のイントロでやる回転ダンスを一緒にやりたいなどとのたまいます。一部の視聴者からは「やい、そらジロー!Dynamiteのハイキックに挑め」などの無茶振りも飛び出しますが、羽生氏は笑顔で回転ダンスコラボを承諾します。そして羽生氏、そらジロー、木原さんで演じられた回転ダンスは見事な出来栄え。この回転で夏の雨雲も消えてしまいそう、そんなことを思う名物コーナーでした。

↓大切な思いを伝えたい人は、何らかの出し物をやらされるシステムだぞ!(←違う)


↓番組終了後にはキャスター陣も交えてさらなるダンスに挑戦した模様!


くぅー、僕もやりたい!

羽生氏とチューチューしたい!

チューだけでもいい!

観衆と一緒に踊るタイプの演出、作りませんか!



そんなことで今回も無事に大役をつとめた羽生氏。視聴者としても楽しみながら大切なことを伝えてもらえるのはありがたい限りです。その思いを全国に伝えるためでしょうか、瞬間的な「壁」こそあったものの、上に紹介したように番組公式からすぐさま動画が配信され、どの地域の方も格差なく出演の様子を見守れたというのもとても素敵だなと思います。ほんの数年前まではこうではなかったものが、人々の行動によっていい方向に変わってきた、そうした現象のひとつだなと思います。楽しみたいという気持ち、ワクワクする気持ち、前向きな気持ちが集まれば、世のなかはちゃんと変わっていく、そんなことを思います。

人生もそういうものなのかなと思います。楽しいこと、やりたいこと、生き甲斐となっていること、そういうものに一生懸命取り組んでいくなかで人生は前進していくのかなと。10年前、20年前、振り返れば不便や不満はたくさんありました。もう一回すべてを戻そうと思わない程度にはいい世界になったんじゃないかなと思います(時を戻したい出来事もあるけれど)。「きっと、よくなっていく」そう思って日々を楽しんでいけたなら、人生も充実していくのかなと思います。そう信じて毎日を頑張っていくことが、人生を輝かせる道なのかなと思います。

明るい未来へ今日も一歩前進している。

今は辛くとも世界は変わっていく。

そんな想いを新たにする時間となりました。

なので、今日も、明日も、その先も、頑張っていきたいなと思います。

いつか唯一無二のそれぞれの幸せをつかむまで…!

↓誰もができるわけではない、思いを受け取って伝えるつとめ、これからも頑張ってください!


いつか「ねぇ、チューチューしよ…?」から一緒に回転ダンスしたい!

終了間際の駆け込みでメゾンコーセー銀座さんでの羽生結弦氏×雪肌精みやび特別展示を鑑賞するなど銀座羽生氏巡りをしてきた件。

08:00
駆け込みで拝見してきました!

この週末は銀座にお出掛けをしてまいりました。いくつか所用が重なったというタイミングだったのですが、その機会にまだ達成できていなかった推し事をしてまいりました。おなじみの聖地・メゾンコーセー銀座さんで行なわれている、羽生結弦選手×雪肌精みやび特別展示の鑑賞です。

こちら雪肌精みやびモイスチュアプロテクトセラムの発売1周年を記念した展示とのことで、本商品の各種告知等に登場する羽生結弦氏のビジュアル…通称「若竹の君」にちなんで、若竹空間のなかに若竹の君のフォトパネル展示や羽生氏のスケート靴の展示をしているとのこと。展示自体は期間延長によって7月10日まで開催されるとのことですが、スケート靴の展示は6月30日までとのことで、まさにこの日が最終日。これはぜひ見ておかねばならぬと遅ればせながらうかがったのでした。



小雨降る銀座の街は、少しだけ普段より人通りも少なく感じます。それでもたくさんの通行客と歩行者天国は魅力的なのか、次々に都知事選の候補者が演説をしにやって来ている模様。その盛り上がりを横目に見つつ、僕は羽生氏巡りへと繰り出します。まずはグッチ銀座さんのギャラリーで行なわれている「In Focus: Yuzuru Hanyu Lensed by Jiro Konami」へ。以前も拝見している写真展ですが、やはり銀座に来る機会には欠かさず訪れておきたい羽生氏関連ホットスポットです。

予約の時間にお店にうかがうと、この日もギャラリーは盛況です。アジアのインフルエンサー風の人は撮影エリアにある写真と並んで素敵な決めポーズで撮影しています。僕も改めて展示写真を拝見しつつ、会場の全体図の抑えがもう少し欲しかったという思いもあり、スマホの広角カメラで会場の様子などをおさめていきます。

その後は改めて撮影エリアからは記録できない写真を中心に振り返りの鑑賞へ。扉に展示してあるホログラムハイキック様や、モニュメント裏の「手」様などをじっくりと眺めていきます。前回の訪問時に「銀座で一番暖かい場所」と感じていた日差し差し込む上層階へ移動すれば、何だか心まで温まるような気持ちに。

「もしかして…恋?」などと思っていたら、気分だけではなくリアルにあったかい。暖房でも効いているみたいにあったかい。周辺の人もポカポカしますねみたいな話をしています。展示物のコンディションか何かを考えてのことなのか、ギャラリーはほんのり高めの温度に設定されていて、その温まった空気が上層階のほうに上がっていくのだろうか…などと思いながら「リアルに銀座で一番あったかい場所」も撮影していきます。

↓「窓から東京タワーが見える角度」があるらしいのですが、撮るのを忘れました!
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↓お客さんがモニュメントの裏にいるタイミングを狙った一枚!
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↓入口付近も改めて撮影!また機会があればうかがいます!
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心も身体も温まったところで、つづいて向かったのはメゾンコーセー銀座さん。本日も1階のスタッフさんに元気にご挨拶して、実家にでも来たくらいのこなれ感で2階の展示フロアへと向かいます。そこに広がるは緑の若竹空間。若竹の君のフォトパネルの展示もさることながら、リアルな竹林が築かれているのは壮観です。その竹林繁る台座の中央には、まるで竹を切ったらなかからスケート靴が出てきたかのような感じで羽生氏の靴が展示されているではありませんか。

↓おおっ、見事な若竹空間!
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「何度かお会いしておりますが…」などと靴様にご挨拶をしつつ、早速各所の展示を鑑賞したり撮影したりしていきます。フォトパネルの鑑賞では撮影風景の映像も含めて若竹の君をじっくりと拝見します。竹林の雰囲気と、もう7月にかかる時期ということもあって、何だか七夕の彦星様でも見ているような気分になってきます。あるいは短冊くらい置いてあるんじゃないかと思って台座を探してみましたが、さすがにそれはなさそう。まぁ紙もペンも手持ちがあるので短冊さげることはできなくもないのですが、もちろん誰もそんなことしていませんので(!)、そっと心に短冊をさげることに。

「羽生結弦氏が心身ともに健康で、新しい挑戦に元気に向かっていけますように。僕も心身ともに健康でいろんなところに推し事に行って楽しく過ごせますように。その妨げとなる、世界と身の回りの平和を脅かすすべての者、例としては各種週刊誌、各種イヤなヤツ、各種病気の原因など一切合切が滅びますように。滅ぼすリストにはいつでも何人でも追加できますように。あと天災とか起きませんように。ついでにお金たくさん欲しいです」と心の短冊に記して、七夕の君に祈りを捧げておきました。全部は難しいかもしれませんが半分くらいでも叶うといいですね。

↓若竹の君のフォトパネル展示を見てきました!
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↓竹越しに見る君もいいですね!屋敷の外から君の様子をうかがっている気分です!
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台座の上には竹林にくわえてキラキラした飾りなども据えられており、ちょっとした天の川のようです。そのなかにモイスチュアプロテクトセラムやコンシーラーが置かれており、ご自由にお試しくださいとのこと。お試しについては自重してしまいましたが、「やっぱり竹っぽい」などと思いながらひとしきり拝見しました。別の台座にもさまざまなテスターとみやびやかなお花が設置されており、いつにも増して優雅で心安らぐ空間に大変癒されます。

↓ガンガン試してもよかったのかもしれませんが…自重しました!
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↓みやびやかなお花も飾ってありました!
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そして、いよいよ中央におわします靴様のもとへ。竹を切ったらなかから靴様が出てきた感じを模した展示は完全にかぐや姫のそれです。僕も竹取の翁の気分で靴様を拝見していると、ふと思いました。「この神々しい輝きのなかで竹取の翁はかぐや姫を見つけたのであろうな」「だとすると、持ち帰っちゃダメじゃない…?」「この神々しさで輝く姫がいたわけでしょ…?」「持ち帰っちゃダメじゃない…?」「完全に神様系の何かじゃん」「たとえばこの靴様が竹林で見つかりました、とする」「竹を切ったら金色の光とともに出てきたとする」「まずすることは『誰か靴お忘れですよー!』の叫びでは?」「そして警察へのお届けでは?」「名前も書いてあるんだからお届けは必須」「僕にはコレは持ち帰れない」「持ち帰ったらアカン感じがビンビン」「翁やってんな」「やっちまってんな」「だから使者が取り返しに来るんだよ」「使者に抵抗するほうが間違ってる」「大事に育てたんだろうが、スタートで持ち帰ってるのはダメ」と。まさか数十年を経て竹取物語への新たな視点「翁泥棒説」を獲得できるとは。推し事は心にも身体にも刺激を与えてくれるものですね…!(←推しが与えてきた刺激ではナイ)

↓靴様は次は札幌三越でお勤めとのこと、頑張ってください!
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↓もうご覧になったかもしれませんが展示の様子は動画にまとめておきました!


その後は百貨店を巡ったり、お土産のスイーツを買ったりして充実の休日となりました。グッチさんの展示もメゾンコーセーさんの展示も7月10日までということでお名残惜しいところではありますが、7月19日には羽生氏のプロ2周年の元日もやってまいりますので、一年の計は元旦にありの精神で新たな年に向かっていけたらいいなと思います。果てしない希望を胸に宿しつつ、それにしっかりとついていけるような自分でいられるよう、元気に過ごしていきたいもの。いつ何が始まってもパッと動けるよう、面倒事やお仕事などもサボらずに頑張ります!



「every.」での石川県輪島市訪問の件についてもお待ちしております!

羽生結弦氏「RE_PRAY」ツアーのプレイヤーズガイドを読了し、攻略本を見てから始まるコンプリートプレイの入口にようやく立った件。

08:00
ネタバレにご注意ください!

この週末はじっくりと読書などをしておりました。ようやく手元に届いた待望の書籍、「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd “RE_PRAY” TOUR OFFICIAL PHOTO BOOK」と「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd “RE_PRAY” OFFICIAL PLAYER’S GUIDE」の2冊。要するに羽生結弦氏の「RE_PRAY」を改めて深く堪能できる写真集と攻略本を読んでいたわけですが…、いやー…、これは大変なものでしたね…。

まず写真集についてですが、こちら一般の写真集サイズであるA4判よりもさらに大きい横約230弌濬通330个梁膩織汽ぅ困謀鎮羸詭世気鵝η重伉召気鵑箸い信頼と実績のフォトグラファーが追った4都市8公演の模様をまとめた集約の一冊でした。幕間の休憩時間をも表現するような折り込みの特殊ページの仕様や(使い方が贅沢の極み!)、8ページ相当の新たなインタビューも収録するなど充実の作りで、通常ならこの一冊で振り返り本は満点完結となるようなものでした。装丁の加工の美しさを含めて、僕の渾身の「シュリンクを剥がさずにフチを切り開く技」「本棚の段を一段高くする技」も振るい甲斐があったというもの。まさに公演の記憶が甦る素晴らしいメモリアルアルバムでした。

しかし、真打は最後にやってきました。「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd “RE_PRAY” OFFICIAL PLAYER’S GUIDE」、略してプレイヤーズガイド。いわゆる「攻略本」はこの公演の秘密をさらけ出すように、解き明かすように、猛烈な情報量と濃密さでプレイヤーに突きつけられました。かねてよりこの本を読んで初めてわかることがたくさんあるだろうとは思っていましたが、改めて率直に言えば「この本を読むまで何もわかっていなかった」という絶望感すら覚えるような内容でした。何度も公演を鑑賞し、何度も映像で振り返り、それなりに解釈する努力もしたつもりでいたものの、その多くは的外れの深読みで、頭でこねくった部分のほとんどはただの戯れ言でした。そして、読むほどにさらに謎は深まり、さらに奥行きが広がっていくような気がしました。

今日はそんなことを、反省を踏まえてまとめていこうと思います。本の内容は各位でご確認いただくのがよいですし、僕も紹介するつもりはないのですが(※又聞きだと理解を阻害しそう)、プレイヤーズガイドを踏まえて新たに思ったことを書けばどうしても「ネタバレ」的な話にはなりますので、望まない方は避けていただくのがよいでしょう。そして、このように「何もわかっていなかった」人が、「さらに奥行きを感じる」ような気持ちで綴っているものなので、真に受けないでいられる人だけが参考程度に見るのがよいだろうと思います。あくまでもこれは僕が僕のために記録する感想なので、正しくなくとも何かの気づきにつながればいい、それぐらいの気持ちで見られる人だけが先に進んでいただければと思います。

↓買わなかったプレイヤーはいないと思いますが、いい買い物をされましたね!



攻略本というよりは設定資料集サイズのA4変形判82ページからなる本書。印刷機の仕組みから言えばA判原紙に16ページ単位、あるいは8ページ単位で印刷(※つまり本のページ数は8または16の倍数になる/80ページとか256ページとか)するのが高効率なわけですが、あえて2ページ端数を増やすように部分的にページ数を変えた折を設けての「82(ハニュー)」ページでまとめたこだわりの一冊。実物を見るまでは表紙と裏表紙の内側の面を各1ページで換算しているのだろうと踏んでいましたが、この本はリアルに82ページでした。誰かが「絶対に82ページにしたいんです」と強く言わなければ絶対にこうはならない仕様に、「公式同人誌だ…!」「公式だから同人誌とは言わないが…!」「これは商売100%で作っている本ではない…!」と早くも震えが来ます。

巻頭部分に投げ込まれるようにしてRE_PRAY中に登場したドットキャラクター「8bitユヅル」のステッカーが入っているのも往年の攻略本のようでとても楽しい。ステッカーの枠すらもRE_PRAYプレイ用モニターの枠を模しており、遊び心もたっぷりです。このデザインの壁紙などあれば各位のPCも「あのテレビ」のような雰囲気になってとてもよさそうだなと思いました。裏表紙側から見たときにはタイトルが鏡文字のようになって表示されるデザインや、最初のページと最後のページそれぞれからページ隅に注目してめくっていくことで楽しめる遊びもまた楽しい仕掛けです。巻末のほうにデータ集(キャラクターリストとかモンスターリストとか)や開発者インタビューがあるのも攻略本的でとてもいいこだわりでした。雰囲気があります。

内容もまた素晴らしい。いよいよ読み始めると、まず目次には各演目の正式なタイトルや幕間の映像部分のタイトルなどが記載されていると同時に、羽生氏自らが記した「プロット」の原文を掲載しているページがあるという「本書の見方」が用意されていました。そして、このプロットの分量が膨大かつ新情報の渦で、まさに本公演の原点と言えるような内容です(※実際にそのプロットからすべてが生まれているようなので、文字通りの原点であるが)。読むごとに「そうだったのか」と気づかされる内容があり、同時に「何もわかっていなかった」とうなだれる感じも。最初にコレを読んでいれば各公演の理解はもっと変わっていたかもしれませんし、読まずにいたからこそさまざまな驚きや謎を楽しめたのかもしれないし、まぁとにかくこれを読まずば「RE_PRAY」をクリアしたとは言い切れなくなるような情報群でした。

そのときにひとつ理解したのは、この言葉たちはもちろんストーリーではあるのですが、それは小説形式のような「その言葉自体が作品」である性質のものではなさそうだということです。RE_PRAYの物語は羽生氏の心のなかにあり、それを他人に伝えるための表現の一部、一種の伝達装置としての役割がこのプロットにはあるということです。本書のインタビュー中でMIKIKO先生は羽生氏の言語化能力に驚きつつ「羽生くんの言葉を読解する脳トレ」をしたと言いますし、映像作家の小原穣さんは「お話しさせてもらうたびに100メートルくらいずつもぐって」とその言葉の深淵に迫った様子を語っていましたが、言葉の奥にある真意のようなものにどこまで迫れるのかが重要だったのです。この言葉を含めて、羽生氏が伝達のために用意したというナレーション音声や(※本番でも使用されているとのこと)、Vコン(※映像による絵コンテ)などは、すべて「心にある物語」を伝達・共有するためのものであり、その最終的としてもっとも具現化されたものが言葉も映像も音楽も照明も効果も演技も含めた「RE_PRAY」そのものであるということです。つまり、すべてを「心」で理解しなければいけなかった。

だから、「RE_PRAY」を見て素直に感じる心の動きこそが一番の要となるものであり、その一部分…たとえば言葉とか演出とか映像だけにフォーカスすることは、木を見て森を見ずになりがちな断片を追うような行為なのだなと感じました。そこは今後の羽生氏のアイスストーリーを追うなかでも心がけたい部分だなと思いますし、そうした伝達を経ながら「RE_PRAY」を具現化した各方面のプロたちには頭が下がります。そういう方たちの存在と理解力がなければ、十分な形で「RE_PRAY」が具現化されることはなかったことでしょう。表現のプロとはこういうことなのだと打ちのめされる想いです。

↓あの場面が実は、あの場面は実は、そんな気づきの連続でした!




そのなかで僕がもっとも思い至っていなかったことは、やはりストーリーの全体像でした。それこそが根幹であるものを、いらぬ解釈と深読みの連続であらぬ方向に進んでいってしまったのだと反省するばかり。心が素直に感じた「生きるとは…」という漠然としたものをもっと大事にすべきだったのに、何か違うものを無理に探してしまっていたように思います。大きな構造としてゲームをプレイする羽生氏(≒観衆)がいて、ゲームのなかのキャラクターである『○○○』(←と呼ぶらしい)がいるという構造は理解はしていたものの、それを両方とも羽生氏が演じていることやあえて不気味に表現されたりする演出に引きずられて深読み対象としてしまい、もっと素直にその構造を見ることができていなかったなと思います。

この物語は基本的に「プレイヤー」と『○○○』が向き合う構造のなかで描かれるわけですが、この両者の関係性はまさにひとつの人間であり、「自己(心の全体)」と「自我(意識)」のような関係にあるものと捉えるほうがよかったのかなと思いました。プレイヤーが向き合う「激流」とは日常であり即物的な現代社会であり「サラリーマンが満員電車に乗る」ような行為であり、そこにはたくさんの生命が流れ、その流れる命を奪いながら生きていくような状況があります。『○○○』とは、その激流のなかでどんな自分となって適応していくかという意識のありようであったりするのかなと思います。この日常にフルコミットしてその世界のルールのなかで成功をおさめていくこともひとつの形ですし、逆にその日常に抵抗して破壊するようなこともまたひとつの形なのでしょう。ただ、いずれもそれは「激流に飲まれている」ことは同じです。上手に激流を乗りこなすか、流れに逆らって立ち向かうかの違いこそあれど。

日常への向き合い方の差異はM-3『Hope&Legacy』『阿修羅ちゃん』のプロットにおいて「自我が綺麗な多面体に」(YESのルート)、「自我への攻撃 歪な多面体へ」(NOのルート)とそれぞれ説明されていました。おおよそ丸かったり、わりととんがっていたり、多少形は違うのでしょう。しかし、いずれの形をとってもそれはあくまで日常のなかでの取り組みであり、すなわち激流に飲まれている状態での戦いであることから、帰結としては同じところに到達するのでしょう。どちらのルートにおいても自我であるところの『○○○』がいつしか主体となっていき、S-3-2「審判の時」ではまるで『○○○』に支配されるようにプレイヤーはYESを連打するようになります。倫理観も生への執着も失い、ただ先へ進むことだけを考えて、「自我の多面体が、一つの面(勝ちへの執着)だけになっていく」というのです。あるべき姿ややるべきことなど肥大する自我によって、自己そのものが支配されてしまう状況がそこにはあるのでしょう。これが第1部でのプレイヤーと『○○○』の関係であり、ひいては「生き方」だったのかなと思います。

一方で、第2部ではS-6「日常への問い 生命への愛」で起こるガラスが割れるような場面について、S-8「祈る」のプロットにおいて「バラバラになっていた心(自我)」と綴り、やはり自我というワードを用いて説明されています。あの場面は誰かが死んだかのように見える少し怖いものでしたが、流れる命を手にしない(※日常そのものに疑問を持つ/激流から離れる/生命を大切にする)ことを選んだことで、激流によって注がれていた命の水が枯れ、自我はあるべき姿ややるべきことを失った空っぽのウツワだけとなって一度砕け、ルールも選択肢も何もないからこそ自由である暗闇に飲まれるなかで、いつしか落ちてきた水滴(水=命の起源)によって自我はつなぎ留められ、世界を巡る水(生命の流れ/ライフストリーム/輪廻)のなかで生かされるような感覚を得ていく様子が描かれていたのかなと感じました。

激流が日常であり即物的な現代社会であるとしたとき、そこにはたくさんの生命が流れています。自然環境から奪うこと、労働力を搾取すること、そのなかで自分の心が歪みすり減っていくこと、ゲームのように命が軽く扱われること、やがて破滅へと向かうであろう生命の消費が起きています。しかし、そうした生き方から離れたとき、そこには何もないようでいて、実は輪廻するように生命が芽生える豊かな世界が広がっており、その輪廻は誰かの祈りによって巡っているのだという、別の生き方を見つけられたりするのかなと思いました。日常をPLAYしているときには見えなかった、祈り(PRAY)によって希望や夢や命をつなげていくような世界と生き方が。そんなイメージを持って「RE_PRAY」を眺めていくと、第1部から第2部へと一筋の道がつながっていくような感覚が得られました。

言葉にするのは難しいのですが、ひとりの人が生き方を模索するなかで、自分がどうするこうするということではなく、もっと大きな命の輪廻を感じながら、その流れに加わっていくような、その輪廻がつづいていくようにと祈りを捧げるような、そんな在り様を見つけ出したという物語性を感じました。一言で言えば「生きるとは…」ということになるのですが、それを観客(≒プレイヤー)自身が我が事として考えるような公演、そういうことを考える体験をひと息にしていくようなゲームプレイ、そんなことだったのかなと思いました。生も死も繰り返し描けるゲームだからこそ、いくつもの人生を体験して(REPLAYして)、そのなかで自分自身の生き方を見つめ直す機会が得られる、そんな狙いを備えた。

だから羽生氏の人生に重ねて「あの場面は●●五輪のことだろう」とか「あの場面は震災のことだろう」とか考えるのは部分的な重なりでしかなく、誰の人生にも起こる困難や挑戦や絶望を自分なりに思い浮かべながら、鑑賞ではなく「体験」していくのがよかったのかもしれないなと思いました。これは「私の物語」なのだと思って。もし、この「RE_PRAY」をプレイするなかで、見て楽しむだけではなく、自分自身の人生や生き方が新たに見えてきたのなら、それこそがこのゲームのエンディングでありクリア画面であるのかなと。

「生きるとは…」

最初から漠然と感じていたものが、実は本質だったのかなと今さらながらに思うのです。そう思って初演後の羽生氏の言葉を読むと、最初からそんなことを言ってくれているような気もします。そのタイミングでは「この演目はUNDERTALEというゲームの曲で」「あのキャラクターはサンズといって」「これは敵の攻撃で」みたいなディティールの部分に囚われ、オマージュ探しばかりに目がいってしまっていましたが、そういうことじゃなかったのかもなぁと。プレイヤーズガイドを読んでもなお、謎は深く、奥行きは広く、考えることは果てしないのですが、ようやくスタート地点に立ったような気がします。そして「ねぇあんたわかっちゃいない」と半年前くらいの自分をバツが悪い気持ちで見るような感覚があります。

まぁそんな混乱も含めて、制作者は楽しんでいてくれていたらいいなと思います。謎はすんなり解かれるよりも、みんながあーだこーだと言いながら懊悩している時間に仕掛ける側の喜びがあると思いますので。MIKIKO先生をはじめとして、この物語をいち早く理解し、読解し、深淵を覗きながら具現化していったプロの皆さんへの敬意を改めて深めるとともに、「RE_PRAY」クリアへの光がようやく見えてきたプレイヤーズガイド読了体験でした。次回公演の際は、「攻略本見てから公演が見られる」機会があるといいなと思いました。攻略本見てからコンプするためにやるってプレイスタイル、あると思いますからね。今回で言えばフラッグを売ったあたりで攻略本も一緒にありますと、いい感じのコンププレイができたのかなと思いました。まぁ、本書の魅力のひとつとして、演出の狙いや公演期間中のアップデートについてもくわしく記されているという点がありますので、全部終わってからでないと書けない本かもしれませんが。内容の充実とネタバレ回避と制作期間とを鑑みながら次回以降のプランを検討いただけるとよいのかなと思いました。いっそ「ゲーム同発本」と「完全攻略本」の2冊体制でもいいかもですね!

↓同じ言葉を読んでも理解がより深まった気がしました!


↓手汗かくほど読み込んでしまったので、保存用が必要だったなと思いました!
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まぁ、攻略本ってそういうものですけどね!

僕もダビスタの本とかボロボロになるまで読みましたから!



なお、ブドウについては書いてありませんでしたが「生命」かなと思いました!

羽生結弦氏×西川貴教さんコラボ演目「Meteor -ミーティア-」に感じる、いくら吹き飛ばされても僕らはまた花を植えるよの想いの巻。

08:00
僕らはまた花を植えるよ、きっと!

昨日はCS放送で羽生結弦氏出演のアイスショー「ファンタジー・オン・アイス2024」の愛知公演最終日の生中継を見ておりました。個人的な多忙な状況もあり現地に赴くことはできませんでしたが、そのぶん大画面でじっくりとその瞬間を感じることができました。

羽生氏はツアー後半への出演はないということで今年のファンタジー・オン・アイスへの出演はこれで最後。そして、羽生氏と西川貴教さんのコラボによる演目「Meteor -ミーティア-」も一旦はこれで終演となります。また再演の可能性もなくはないのでしょうが、コラボが前提の演目であることも含めると、これで見納めであっても何の不思議もありません。大変お名残惜しい時間でした。

↓いつかまた「Meteor -ミーティア-」と会えることを祈っています!





そんななか、愛知公演の「Meteor -ミーティア-」を見ておりましたところ、演技終わりの部分の動きが幕張公演とは異なっているようでした。日々さまざまな箇所にアップデートは加わっているでしょうし、スポーツである以上は日によって出来栄えの違いやコンディション由来の微調整もあることでしょうが、この演技終わりの変化はどうも意図的な振り付けの変更のようでした。幕張公演では手の平をズバッとリンクに突いて決めポーズで終わるような感じだったものが、愛知公演では手の平を上に向けたまま大切な何かをそっと地面に置くかのような動きがあったうえで、改めてリンクに手を突くような終わりに変わっていたのです。何か思いが込められているのであればぜひ感じたい。自分なりに考えていこうと思います。

まず前段として、幕張公演以降「この演目では劇中のどの場面を想起しているのか」ということを考えていました。「Meteor -ミーティア-」は「機動戦士ガンダムSEED」シリーズのなかでたびたび使われてきた楽曲であり、羽生氏も多分に「ガンダムSEED」シリーズの世界観を踏まえて演目を構成しているだろうことを考えると、この演目とリンクする劇中の場面がいくつかあるだろうと思われましたので、それがどのあたりなのかを考えていたわけです。

それらしき場面はいくつか思い浮かびました。まず冒頭部分、暗闇のなかで演技が始まることからしてここはフリーダムガンダム起動の場面です。この作品世界では、通電することで通常兵器に対して完封に近い防御力を備える特殊な装甲があり、その装甲が「通電時に発色する」特性を持つことから、起動前はグレーだった機体が起動時に青くなったり赤くなったり白くなったりします。色のない機体に色がついたら戦闘準備完了の証であり、そこから動き出すというのはまさに戦場へと出発する場面になるわけです。「ジャキーン」という感じの直線的な動きは、肩のバーニアや脚部のスラスターなどを作動させる表現でしょう。その後、多くの場面は戦いを描いたもので、頻繁に見られる両手の指を広げるポーズは、フリーダムの翼に格納されたビーム砲を一斉に発射する場面でしょう。つまり、この演目では主に戦闘の場面を描いています。まぁ言わずもがなの話ではありますが。

さて、戦闘以外の場面でまず気になるのは、1番から2番の間奏で手の平に乗せた何かを右肩に乗せる動きでしょう。これは「ガンダムSEED」シリーズ全体の主人公格であるキラ・ヤマトが親友アスラン・ザラにもらった鳥型のロボット「トリィ」を肩に乗せる場面を思わせます。肩に乗せた直後に顔を覆って苦悩するような素振りを見せるのは、このトリィが少年の頃に交わした友情の証であると同時に、敵対する勢力に分かれて戦い合う関係になったふたりの「戻らない過去」を象徴する存在でもあるからでしょうか。

劇中でも、第1シリーズ「ガンダムSEED」第28話「キラ」でキラとアスランが偶然の再会を果たした際にトリィがふたりを引き合わせるのですが、その状況が「アスランが味方とともに別勢力に潜入している」ところだったものですから、アスランはキラが見知らぬ人であるかのように振る舞い(※知り合いだとバレると非常に面倒)、キラもそれを察して「(この鳥は)昔、大事な友だちにもらった、大事なものなんだ」と言葉を掛けるに留まりました。その後、ふたりは互いの仲間の命を奪い合い、ついにはアスランがキラに自爆攻撃をお見舞いするまでに決定的な亀裂が入っていくわけですが(※のちに解消したりしなかったり)、そういう意味では「戦いのなかで起こる友との別れ」を示すような場面なのかなと思います。

↓キラたちが乗っている宇宙戦艦を探して残滅するための行動中にキラと会っちゃった、という気まずい場面です!


そして間奏後の「注ぐ生命 刻む羽根で」からのリンクに倒れ込んで悶える演技のくだり。キラとフリーダムが経験した悶えるほどの大きな喪失と言えば、「ガンダムSEED」最終局面でのフレイ・アルスターの死の場面が浮かびます。フレイはまだ平和だった時代にキラが通っていた学校の後輩でマドンナ的な存在(お嬢様)でしたが、父親をザフト軍(当初アスランが所属していた勢力)によって殺されると、その主たる構成者である遺伝子操作された特殊な人類「コーディネイター」への憎悪を決定的に募らせ、やがて「コーディネイターであるキラをけしかけて、コーディネイターを殺させる」復讐劇へと自身を走らせます。キラに「私の想いがあなたを守るから」と寄り添う姿勢を示しつつ、唇と身体を重ねることでキラを望まぬ戦いへと向かわせることに成功したフレイ。しかし、憎悪からキラを利用している罪の意識と、実は少しずつキラ自身に惹かれていく本心との板挟みで情緒は不安定になっていきます。

とある出来事(※キラから同情あるいは憐れみをかけられたと感じた)をキッカケにキラとの関係にも亀裂が入ると、やがてフレイはザフト軍に拉致されて捕虜となり、ザフト軍では第1シリーズのラスボス格にあたるラウ・ル・クルーゼの付き人とさせられ、人類自体の滅びを望むクルーゼによって「技術的に封印されていた核兵器を再び使用可能にする技術」を各勢力に拡散させるための運び屋とされたのち(ここでザフトを離れる)、自らの意志もあって最前線に留まることになります(※それが贖罪になると考えた)。最終局面では、乗っていた船が戦闘不能となったことから脱出艇で宇宙空間を漂っていると、キラとクルーゼの戦闘に遭遇。キラを倒す隙を作るためか、あるいは精神的な攻撃を加えるためか「フレイの乗った脱出艇を攻撃する」というクルーゼの策によって脱出艇は攻撃を受けます。一旦はキラがシールドを射出してフレイを守るも(※倒れ込んで手を伸ばす動き)、直後にクルーゼの再攻撃によってフレイの脱出艇は撃墜され、キラの目の前でフレイは死ぬのです(※リンク上で悶える動き)。

フレイの魂はキラに対する贖罪と「本当の私の想いがあなたを守るから…」という言葉を遺して消えていきます。もっと早い時期に本心からの会話があれば、このような悲劇的な結末を迎えなかっただろうふたりですが、些細な行き違いから心が結ばれる前に死別しました。キラは初恋の人であろうフレイの死によって覚醒状態になり、クルーゼとの最後の戦いに臨みます。人間は決して争いを止めることなどなく自らの手で滅びるのだと説くクルーゼに対して、「それでも…それでも…守りたい世界があるんだ!」と言い返すキラは、最後は手にしたビームサーベルでクルーゼが乗るプロヴィデンスガンダムを貫き、この戦いに勝利します。クルーゼとの戦いの模様も、「光はまた 空に堕ちる 望むだけの 熱を捧げて」のあたりで両手を突き出す動きが決着の突きだったりするのかななどと思うわけです。

↓戦うのは嫌だし、戦うことをいいとも思わないけれど、それでも守りたい世界がある!




劇中場面との連想で言うと、第1シリーズ「ガンダムSEED」の最終局面をベースに戦いが生み出す悲劇を表現しつつ、劇中での象徴的な場面として28話「キラ」を念頭に置いて構成した演目だったりするのかなと感じました。トリィを肩に乗せてアスランと別れる場面も、フレイとの関係に亀裂が入る場面も、いずれもその28話「キラ」での出来事ですので。そして、その背景にある構造を考えると、アスランはキラに対して「お前もコーディネイターなのに何故俺たちの仲間にならないんだ」と思っており、フレイはキラに対して「あなたはナチュラルである自分とは違うコーディネイター、父を殺したコーディネイターが憎い」と思っており、同じ人間のはずなのに「生まれ」のせいで友だちや恋人でいつづけられないという悲しさや愚かさがあります。そのいずれの場面もキラの肩の上で機械であるトリィが見つめているというのもまた示唆的な場面だなと感じます。もし機械に心があれば、「どちらも大した違いでもないのに、違うだの同じだのと…」と思ったことでしょうから。

という解釈のなかで、愛知公演での「Meteor -ミーティア-」を見ますと、最後に振り付けが変更になったと思われる箇所では右手で何かを大切そうに持っていますが、この右手の動きは間奏でトリィを肩に乗せたと思しき場面と、リンクに倒れて悶えた場面と共通する動きです。そこで手にしていたものは友への想いであり、初恋の人への想いだろうと思います。愚かな戦いの果てでも、そうした想いを失わずに大切にしていくこと、そんな情景が思い浮かぶ終幕です。ズバッと勢いよく終わった場合は「勝った!」感が強調されやすくなるかなと思いますが、戦いのなかで掬い取り、戦いのあとに大切にしているものを最後にゆっくりと示すことで「想い」の部分がより強調されるような気がしました。ガンダムシリーズ自体もそうですが、この演目も「敵に勝ったぞ」という単純な善悪の対立みたいな話ではない、互いの正義が生み出す人間の争いを見つめるものだろうと思いますので。

その大切なものをリンクに置いたのち手の平を返して改めてリンクに手を突く場面は、こちらは深読みが過ぎるかもしれませんが、想いをリンク(=大地)に埋めるような動きに見えました。まるで花でも植えるかのようにして。キラやアスランは、もうひとりの主人公格であるシン・アスカを迎えた第2シリーズ「ガンダムSEED DESTINY」でも活躍していくのですが、物語の序盤にシンとキラがとある慰霊碑の前で偶然(互いが誰とは知らずに)出会ったときに、シンはキラに「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす…」という言葉を掛けています。先の大戦で家族を失ったシンが、今また始まろうとしている戦いを憂い、絶望しながら述べた言葉です。その後、物語のなかでは終始敵対する関係にあったシンとキラは「ガンダムSEED DESTINY」での長い戦いを終えたあと再び同じ慰霊碑のもとで出会います。そこでようやく互いがガンダムのパイロットであることを認識するのですが、戸惑うシンに対してキラは握手を求めながら「いくら吹き飛ばされても、僕らはまた、花を植えるよ。きっと」と、いつか言われた言葉へのアンサーを返します。それは、何度絶望しても、打ちのめされても、「戦いを止めるという戦い」を止めない、そういうことなのでしょう。

もし、この「Meteor -ミーティア-」という演目での最後の振り付けが、戦いのなかでも大切な想いを失わず、その想いの花を植えつづけることを示しているのだとしたら、「ガンダムSEED」という作品群を汲み取りつつ、自分の表現として昇華させた美しい終え方だなと思います。ロボットアニメという作品の性質上、戦闘シーンが多く描かれる作品ではありますが、本当に物語が目指すゴールは「戦いを止める」ことなのですから。その想いをグッと凝縮して、仮に「ガンダムSEED」を知らなくても通底する想いが伝わるような新たな自分自身の表現として見せたこと、改めて感嘆させられます。ガンダムSEEDだと思ってみればそう見えるし、ガンダムSEEDを知らなくても思うところは伝わってくる、その絶妙な重なり方が。これが全部で6回しか演じない演目になるだなんて、本当にもったいない限り。いつか羽生氏自身の公演で何らかの形で活かしてもらえたらいいのになと思います。「自分が好きなガンダムSEEDなどの作品から受けた影響をひとつのストーリーにして演じてみようと思った…」的な機会など設けていただきまして。実際やるかどうかはさておき、ストーリーにできるぐらいの想いが胸の内にあるのではないか、そう感じる作り込みでしたので!

↓キラが誰かと向き合うとき、そこにはいつもトリィがいる…!


「ガンダムSEED」の終わりも、トリィが宇宙を漂うキラを見つけて、アスランを連れてきてくれましたしね!

トリィいなかったらたぶん見つかってないですからね!



生歌でないと演じられない、ということもないだろうと思っています!

羽生結弦氏出演の「ファンタジー・オン・アイス2024」は、憎しみの連鎖を断ち切ろうと切ない祈りを捧ぐ「薄っすらガンダム縛り」だった件。

08:00
幕張に舞い降りた剣!

本日はお出掛けの記録です。行ってまいりました、羽生結弦氏が出演するアイスショー、ファンタジー・オン・アイス2024幕張公演へ。前日が寝ずの作業だったこともあり、ほぼ情報を摂取することはなくSNSのファーストビューで飛び込んでくる大情報(※どうも羽生氏×西川貴教さんのコラボは「Meteor -ミーティア-」であるらしいこと)以外は何も持たずに向かった現地。道中では楽曲の復習として「Meteor -ミーティア-」をリピートしながら気持ちを高めていきます。

↓到着しました幕張メッセ!
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↓今年もファンタジーな時間が始まる!
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満場の大観衆が夢の時間を楽しみに待つ幕張メッセ。開演まであまり時間がない段階での到着だったこともあって、記念写真撮影などもそこそこに席に着きますと、ほどなくオープニングの時間です。フィナレー後には元気に集合写真にも参加したジェフリー・バトルさんが手掛ける恒例のオープニング。綺羅星のごときスケーターたちが現れるなか、ラストで登場してきた羽生氏は、ジャンプのあとにキックをつけて大観衆に早速熱を届けてきます。

その流れで安田レイさんとのコラボ「Ray of Light」でのパフォーマンスへ。この公演で近年導入されている「ステージの一部がリンク中央に移動してくる」仕掛けも活用し、スケーターとアーティストが絡み合うような演技を披露。羽生氏もまるで背中に目でもついているかのように後ろ向きで動くステージに近づくと、ソロパフォーマンスで盛り立てます。のちにCS生放送の録画を見返すと、練習中の負傷で縫ったという右目の傷が心配にもなりますが、現地で見る限りにおいてはいつもと変わらぬ元気さで、楽しい気持ちで満たされていきます。

そして始まった公演第一部。アダム・シャオ・イム ・ファさんのファンタジー・オン・アイスへの初登場や、前日は通称「ハビエルマン」を演じたらしいハビエル・フェルナンデスさんがこの日は演目を変えて楽しませてくれた「Bull Fighter」などつづくなか、あのアーティストとのコラボ演目が。注目の西川貴教さんとのコラボ、まず選ばれたのは現在公開中の劇場映画「ガンダムSEED FREEDOM」の主題歌「FREEDOM」、そしてもう1曲もガンダムの劇場映画から「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」の主題歌である「BEYOND THE TIME 〜メビウスの宇宙を越えて〜」を披露するとのこと。「今日はガンダム縛りですね!」と僕の脳裏に走るニュータイプ(あるいはコーディネイター)の電流。羽生氏が「Meteor -ミーティア-」を演じるクライマックスへ、何かの道がつながっていくような予感が動き出します。

「FREEDOM」では動くステージに乗った西川さんの歌声とアンサンブルスケーターたちの群舞が、ブリッジで指揮を執る西川艦長と戦闘に臨むモビルスーツたちかのようにクロスします。リンクの上はさながら宇宙空間での激しい戦闘か。そしてつづけざまに「BEYOND THE TIME」へと進むわけですが、このつながりもまた美しい。楽曲「FREEDOM」の作者であり、西川さんの「T.M.」のユニット名の源流である小室哲哉さんが生み出した「逆襲のシャア」の名曲が、西川さんによって歌われる。刻をこえてガンダムとガンダムが重なったことに、刻の涙を見た想いがします。「ついでに水の星へ愛をこめても…」「あとDREAMSも…」「JUST COMMUNICATIONもお願いします…」と欲も出てきますが、さすがに関係も理由もなくなってきたので、それらの楽曲への想いは後日ひとりカラオケで解消することにしましょう。

アンサンブルスケーターたちの作る人垣のなかから飛び出してきた田中刑事さんは、真っ赤なスーツ風の衣装で肩に金の飾りをつけています。「シャ…シャアだ…!」「赤い彗星だ…!」「逆シャアだから仮面はつけていないぞ…!」と観衆も興奮を覚えるなか(←そんなことを思っていた人は少数かもしれないが…)、田中さんは戦いと過ちを繰り返しながら迷い進んでいく人間の業と向き合うような演技。クリーンに演じ上げるだけではなく、そこに想いを乗せてひとつの表現とする、プロスケーターとしての滑りを見せてくれました。

そして第1部の終盤、通例なら第2部ラストでの登場となる羽生氏が第1部から早くもリンクに姿を見せました。そこで演じたのは「Danny Boy」。しばしば戦地へ向かう人を想った曲として解釈されるこの曲をあえて第1部から演じることで、先ほど「Meteor -ミーティア-」へとつながった道がまた明確になるような気持ちになりました。スケーター間でどこまで演目を調整しているかはさておき(←それぞれが純粋に趣味で選んだ結果かもしれないが…)、「FREEDOM」「BEYOND THE TIME」「Meteor -ミーティア-」の間に「Danny Boy」を持ってくることには、つながる一筋の想い…世界を今まさに覆っている戦いの暗い影を感じずにはいられませんでした。人と人、正義と正義とが生み出す悲しい出来事に悩み、苦しみ、それでもなお生きていく、そんな情景が心に浮かびます。

↓また「Danny Boy」と会えた…!この想いはきっと繰り返し演じられるものなのでしょう…!



やがて公演は第2部へ。第2部から登場のゲストアーティスト・城田優さんは山本草太さんとのコラボ「僕こそ音楽」でミュージカルのような世界を描き出したかと思えば、さらに青木祐奈さんとのコラボ「A Whole New World」ではミュージカルそのものといった演出で観衆を魅了します。「アラジン」のプリンセスであるジャスミン風の衣装をまとった青木さんを、城田さんが「Do you trust me?」のセリフでステージに乗せる場面などは、まさに「アラジン」の一場面。リンク上を蛇行して動くステージは魔法のじゅうたんです。空から街を見下ろす青木さんの表情の演技も素晴らしい。安田レイさんも加わった歌唱と、青木さんの滑りが生み出す「魔法」の世界。ファンタジー・オン・アイスならではの好コラボでした。

その後、この公演でおなじみのメリー・アゼベドさん&アルフォンソ・カンパさんによるメキシコの「死者の日」をモチーフとしたフライングの演目や、パパダキス/シゼロン組と安田レイさんのコラボによる「If I Ain't Got You」にも偶然なのか必然なのか一筋の道を感じつつ迎えた第2部終盤。大トリとして登場した羽生氏が西川貴教さんとのコラボで演じるのは「機動戦士ガンダムSEED」シリーズの挿入歌「Meteor -ミーティア-」です。直訳すれば流星とか隕石とかそんな意味となる曲名は、ガンダムシリーズの文脈のなかでは悲しみと痛みと憎しみの連鎖…人間の罪を感じるような世界観の一曲です。

宇宙空間で行なわれる戦闘によって散り行く戦士たちが、最期に放つ一瞬の光。それは自らの信念のため、守るべきもののため、描く夢のために戦った生命が燃え堕ちて生まれる流星の光です。星が瞬くたびにまたひとつ生命が消える、そんな戦場。その戦場で対立するのは正義と悪ではなく、正義と正義です。散り行く者と生き残った者は勝者と敗者ではなく、敗者と敗者です。生き残った者もまた自らに降り積もる罪を背負い、失うものしかない戦いのあとを、過ちの果てを生きていくのです。そして、ときにその流星は映画「逆襲のシャア」で描かれたアクシズ落とし(※地球に小惑星を落下させて愚かな人類を粛清しようとする作戦)のように、人類を滅ぼしかねない巨大チカラとしても描かれるものです。

この楽曲「Meteor -ミーティア-」が作中で用いられるのは、主に「ガンダムSEED」シリーズを通しての主人公格であるキラ・ヤマトがより大きなチカラ…「剣」を手にしたときです。もっとも象徴的なのが第1シリーズ「機動戦士ガンダムSEED」35話「舞い降りる剣」のなかで、キラが新機体「フリーダムガンダム」とともに戦場に復帰した場面。親友アスラン・ザラの大切な人を戦いのなかで殺してしまったことから一度は戦場を離脱したキラが、守るべき人のために再び戦場へと戻ろうとするとき、本作のヒロインであるラクス・クラインから託されたのがこのフリーダムガンダムでした。戦いを望まず、生命を奪うことを望まないキラに対して向けられた「想いだけでも、力だけでも駄目なのです」の言葉。戦いを止めるために、誰も殺さないために、より大きなチカラが必要となる、そんな矛盾を内包しながらキラとフリーダムガンダムは戦います。たとえ対立する相手であったとしても「殺さず」を求めながら。その理想は多くの場合において叶わぬまでも。

その後もこの曲は新たな「剣」の登場とともに使われていきます。一般論で言えば、ロボットアニメの主人公が新兵器を手にして「無双」を始める場面なのですから、勝利の喜びに満ちた勇ましい曲をあててもよさそうなものですが、あえてこの物悲しい曲が使われるのはより強いチカラを手にしたことで、この悲しみと痛みと憎しみの連鎖がさらにつづくことを見つめるからでしょう。強いチカラが弱いチカラと対立したとき、未来に起こるのは平和や安息ではなく、弱いチカラが滅びるか、憎しみがより強い別のチカラを生み出すか、そのどちらかなのですから。

↓新たな剣を手にした名場面を「Meteor -ミーティア-」とともに!


リンクに現れた羽生氏はフリーダムガンダムを模したと思しき、背中に翼状の装飾を施した青い衣装に身を包んでいます。腕に描かれる螺旋状の模様は、この作品が遺伝子操作された特殊な人類コーディネイターと、自然に生まれた人類ナチュラルとの対立を描くものだからか。衣装に輝く大粒のクリスタルは、「種が割れる」演出(※ゾーンに入るのと似た覚醒状態)を模したものか。両サイドの腰の部分にわずかなスリットがあるのは、フリーダムが腰に備えるレールガンを思わせる装飾です。右肩のみにつけられた羽根状の飾りは、フリーダムガンダム(と後継機)が左の翼を失って堕ちることをイメージするかのようでもあり、キラが戦場を離脱している間に身を寄せた教会で見つめた片翼の天使像のようでもあります。

演技冒頭、ゆっくりと目覚める…起動するように滑り出した羽生氏。各部兵装に装填あるいはスラスターを起動させるような動きのあと、高機動形態で戦場へと向かうのでしょうか、葛藤を見せながらフリーダム羽生氏は進んでいきます。曲がサビへと向かう際には両手の指を開いて大きく腕を広げる動きが。これはフリーダムが背中に備えた10枚の翼を広げ、翼部分に収納したビーム砲を一斉に放つときのポーズのよう。それはすなわち、多くの敵兵器と敵モビルスーツを迎撃する場面でもあるわけですが。戦闘のなかで、フリーダムである羽生氏はときにビームを放ち、あるいはサーベルを振るい、そのたびに懊悩します。そして、ようやくひとつすくい上げた生命なのか、あるいはキラ・ヤマトが親友アスラン・ザラからもらった鳥型ロボット「トリィ」なのかを肩に乗せ、また戦い、また苦悩します。アクシデントで生まれた右目の傷さえもこの演目のための演出のように見せてしまう熱演は、コラボの機会だったから、好きな楽曲だったから、それだけではない今だからこその祈りが込められているように思えました。「生きる」、そんな言葉をたびたびクチにする羽生氏が想う、生命への祈りが…。

↓「SEEDが好き」という出発点(多分)から、この表現にまで到達するプロの凄み!



夢のコラボを終えると公演はフィナーレへ。フィナーレでは西川さんの「HIGH PRESSURE」とともにスケーターたちが再び登場。羽生氏も早着替えで合流すると、西川さんの往時の振り付けも模してみせました。これはほかのスケーターはやっていない振り付けのようでしたので、センターポジションの特別な振り付けなのか、あるいは個人として「やろう」と思ったのか、いずれにしても嬉しいサービスでした。衣装もどことなく「HOT LIMIT」で西川さんが着ていた黒い帯の衣装のようで、「あの衣装着て!」「あの時代の曲でコラボして!」「やると思うけどSEEDもやって!」というコチラの希望がすべて叶った感じさえ。期待を察知してそれ以上で応えてくれる、素晴らしい公演でした。脇の下もキレイで最高でした!(←地球の重力に縛られた愚かな人類の邪念)

大観衆の拍手と感謝が注がれたグランドフィナーレの最後、羽生氏が退場していくその瞬間に、ごくごく自然に静まる場内。溜めも、静寂を求める仕草も必要とせずに肉声による「ありがとうございました!」まで流れるように進んでいった場面は、演者と観衆とが互いに心を合わせてひとつの公演を作ったことの証のようでした。楽しいショーで笑顔になれる平和な時間がこの日あったこと、自分がそういう環境にいられたこと、そのありがたみを実感する日でした。本当に皆さん、ありがとうございました!

すっかり盛り上がってしまった僕は、その足で映画館に向かい公開中の「機動戦士ガンダムSEED FREEDOM」も見てしまいました。もう少し待てばアマプラで見られそうではありましたが、この熱量の日に見てこその盛り上がりもあるだろうと心のままに向かいました。この劇場版でも最終局面でキラが新たな剣「マイティーストライクフリーダムガンダム」を得る場面で「Meteor -ミーティア-」が流れるのですが、これがまたいい場面でして、曲が流れ始めたときには鳥肌が立つようでした。

そして、さらに強大なチカラを手にしたキラとこの機体は、憎しみの連鎖を断ち切るチカラを備えていました。その解決法は、確かに「殺さず」を貫きながら戦いを止めるチカラでした。予告映像においてラクスが宇宙空間にパイロットスーツ姿で無防備に浮かんでいられたのも、そういうことだったのかと納得がいきました。このあたりは映画を見てのお楽しみですが、この究極の「殺さず」がこの連鎖を断ち切るためのキラなりの答えになるのかもしれないと思いましたよね…。

シリーズ未見で劇場版だけ見てもさすがに何のことやらわからないだろうとは思いますが(説明はほぼナイので)、絶望の先でそれでも戦うために新たな剣を手にする場面で流れる「Meteor -ミーティア-」を体感することができる最新の作品ですので、配信が始まったらご覧になってみてもいいのではないでしょうか。キャラクターたちにもそれぞれ幸せな結末が与えられて後味もよく、大満足の映画鑑賞でした。推し活を通じて新たな体験が広がる充実の一日となり、重ねて感謝です!

↓推しと同じ映画(多分)を見るってのは、楽しいものですね!

SEEDは宇宙世紀オマージュもたくさんあって、オールドファンも楽しいですよ!

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