2024年07月31日07:00
最初から最後まで諦めてはいけないんですね！
想像を超えるような展開、想像を超えるような勝利でした。パリ五輪全体のなかでも国民的な注目を集める競技、体操男子団体。体操ニッポンは2大会ぶりに金を奪還しました。しかし、その奪還への展開は想像していたものとはまったく異なるものでした。
戦前の予想としては「非常に苦しい」が正直なところでした。日本は2023年の世界体操で団体金を獲得していますが、それはライバルの事情によるものでした。当時も現在も最大最強のライバルである中国は、開催時期が近かった自国開催の杭州アジア競技大会に主力選手を派遣しており、世界体操で日本と戦った中国は真の中国ではありませんでした。
戦前の予想としては「非常に苦しい」が正直なところでした。日本は2023年の世界体操で団体金を獲得していますが、それはライバルの事情によるものでした。当時も現在も最大最強のライバルである中国は、開催時期が近かった自国開催の杭州アジア競技大会に主力選手を派遣しており、世界体操で日本と戦った中国は真の中国ではありませんでした。
中国のエースである張博恒さん、世界最高の平行棒を見せる鄒敬園さん、日本の体操ファンにもおなじみの肖若騰さんらが出場したアジア競技大会で、東京五輪銀メダルメンバーである北園丈琉さんや谷川航を擁する日本の代表は圧倒されました。6種目総合で3.4点近くを放される大差の敗戦。
しかも世界体操での日本側の勝利も薄氷を踏むようなものでした。このときはローテーションが異なりましたので目の前で起きた出来事ではありませんが、中国が競技の早い段階で臨んだ鉄棒の試技において蘇煒徳さんが伸身トカチェフとコールマンで2度の落下を犯しており、11.166点と非常に低い点を出していたのです。
もし、日本と同じローテーションでまわっていたとした場合、この試合でも中国が強いつり輪で2.333点差をつけられており、ほかの種目で何とか挽回しつつも0.633点のリードを許す展開で最後の鉄棒を迎えているはずでした。ここに主力が加わった中国との戦いは、非常に苦しくなることは言うまでもありません。日本にできることは自分たちの技を高め、ひとつの足割れひとつの着地ミスも減らすように「美しい体操」をやり抜くのみ、でした。そして、それでも「届かないだろう」という見立てでした。
#パリ五輪 ２日目、#体操 男子予選２班で #橋本大輝 選手は鉄棒で着地を失敗し、種目別鉄棒の決勝に進出できず、大会２連覇を逃しました。 #OlympicGamesParis2024 #Paris2024
— 毎日新聞写真部 (@mainichiphoto) July 27, 2024
写真特集→https://t.co/HFAA1U4GXs pic.twitter.com/ak22xPCPZH
その見立てはパリで想像以上の現実として的中しました。27日に行なわれた予選の結果は、「予選ではあるものの」2.434点差で中国の後塵を拝しました。期待ほどにゆかと跳馬で差を挽回できず、つり輪と平行棒では大きく水を開けられました。日本側にはミスも多く、種目別のメダルも視野に入れていた橋本大輝さんの鉄棒や、谷川航さんの跳馬も振るいませんでした。橋本さんには少し痛むような仕草も見えます。地力、状態、流れ、すべてが振るわない。
それは本線に入っても変わりません。ゆかでは岡慎之助さんがほぼすべてのタンブリングでビタ着を決める素晴らしい演技を見せ、中国に対して0.734点差といういいリードを築くことができましたが、もうひとつ引き離しておきたいあん馬では橋本大輝さんが痛恨の落下。あん馬で期待の杉野正尭さんも予選より得点を落とし、これでリードはおろか中国に逆転を許す格好となります。勝利へのシナリオはすでに崩れた、そう言っても過言ではない展開でした。
↓エース橋本さんも懸命にスタンドを煽り、自分たちを鼓舞する！
【速報動画 #パリオリンピック2024】
— NHKスポーツ (@nhk_sports) July 29, 2024
体操 男子団体 決勝
#橋本大輝 選手 ゆかで高得点！
気合いの入ったガッツポーズ！
📺総合で放送中
スマホでも見られます NHKプラスで配信中https://t.co/LrP2KMLh3F pic.twitter.com/aKqAgd7vgq
それでも日本は諦めません。言葉だけではなく本心から諦めていません。中国が圧倒的に強いつり輪では、予選よりもわずかに点差を詰めました。ほんの少しの身体の揺れをおさめた程度の詰め方に過ぎませんが、劉洋さんの圧倒的なつり輪の演技を見せられても折れることなく、自分たちにできることを丁寧に積み上げました。練習から気をつけていた身体の角度、肩の位置、途方もない道のりを前にミリ単位で前進するようなことをつづけました。
心が折れそうな時間はなおつづきます。跳馬は日本が点差を大きく詰める可能性のある種目でしたが、日本は谷川航さんの大技リ・セグァン2（難度点6.0）がドラグレスク（難度点5.6）と判定されてしまったうえに着地も大きく乱れ、本来狙っていた得点よりも1点以上低くなるという痛恨のロス。追撃のチャンスを十分に活かせません。チーム順位も大きく後退し、（このあとの種目と得点を勘案すれば大丈夫ではあるものの）メダルすら危ぶまれる状況となります。
5種目めとなる平行棒ではもともと大きな差をつけられることを覚悟していたわけですが、それにしても中国は強い。日本も自分たちの最高に近い実施をしているのに、それを遥かに上回っていきます。張博恒さんの15.100点だけでも厳しいなかで、鄒敬園さんは驚愕の16.000点をマークしました。そしてその点数が出るのも納得の見惚れるような実施でした。あまりにも雄大なバブサーには、天翔ける鳳凰さえ見えるようでした。
5種目終えて中国と日本の差は3.267点。最終種目鉄棒は落下減点がある種目とは言え、落下分と技の実施がなくなったぶんを考慮したとしても2回落下して届くかどうかという点差です。これはない、基本的にない、もはや中国を追ってどうこうではなく確実な演技で「銀確保」をテーマにすべきだ、僕はそう思いました。多くの人がそう思っていたと思います。この点差は追える点差ではないと。
しかし、それでもなお諦めていなかった。
体操ニッポンは金メダルだけをひたすらに目指していた。
もはや相手の大過失なくしてはどうしようもない点差ですが、「呪う」のではなく「尽くす」という感じで、自分たちの演技をして天命を待つ構えだった体操ニッポン。キャプテン萱和磨さんは「諦めるな」「絶対に諦めるな」と競技を通じて叫びつづけました。そうか、と思いました。素人が見てわかることを選手たちがわからないわけがありません。いかに中国との点差が大きく、いかにこの戦いが厳しいか、彼らは何年も前から骨身でわかっていたはずです。その時点からずっと何年も「諦めるな」と心で叫びつづけてきたはずなのです。
そして甦る世界体操の記憶。あのときも実態としては似たような展開でした。それでも日本は勝ちました。何故か。通常なら「まずあり得ない」と思う鉄棒での2回落下があったからです。そして、その演技をしてしまった蘇煒徳さんが、怪我の選手に代わっての招集だということですが今大会も中国のメンバーに入っています。中国のなかでは高い演技構成の鉄棒ができる蘇煒徳さんはこの大事な局面でやはり起用されました。「まずあり得ない」ものが「あり得た」ときの顔ぶれが、「何かが起こり得る」五輪で再現されていた。再現してしまった。
そして、それは起きました。
にわかには信じがたい、日本を応援して見ているコチラでさえも目を覆うような、2回の落下。
あの世界体操とまったく同じように、伸身トカチェフとコールマンで落下しました。
もしかしたら伸身トカチェフで落下した時点で、スイッチのように世界体操の記憶が甦ってしまったのかもしれません。コールマンの実施では、バーに近づき過ぎて「手首にバーが当たる」というとても握れるポジションではありませんでした。表示された得点は11.600点。まさにあの世界体操のようなことが起きたのです。
この時点で日本は中国を逆転します。最後の演技は互いの絶対的なエース、橋本大輝さんと張博恒さん。それぞれ15点前後を出せるチカラはありますが、日本のリードはその時点で0.699点。橋本さんが通常の出来で演技をすれば、張博恒さんには自分を超える演技を強いることができるだけの点差です。
ある意味で猛烈な重圧だったでしょう。急激に増した重圧だったでしょう。直前まで「勝てない」だった展開が急に「勝てそう」になったのですから。しかし、橋本さんは変わりません。体操ニッポンは変わりません。苦境だろうが何だろうが、ずっと「勝つ」ことだけを信じて、「勝つ」ことだけを目指してきたのですから。「勝てない」も「勝てそう」も関係なく、ただ「勝つ」と自分に課してきた。
そして橋本さんはやり切った。リューキン、カッシーナ、コールマン、伸身トカチェフ、目の前で「2度の落下」を見たあとですが、演技に乱れはありません。着地も一歩も動かず。最後、決めポーズはちょっと「おっとっと」となりましたが、アテネ五輪の冨田洋之さんやリオ五輪の内村航平さんのように、体操ニッポンのエースの伝統として、勝利の着地を決めました。
↓「おっとっと」は演技としては問題ありません！
張博恒さんは何を思っていたのか。一縷の逆転の望みをかけて「自分を超える演技」に臨みますが、必要な得点・必要な内容には及びませんでした。薄く微笑みながらこの現実を受け止める姿には少し胸も痛みますが、これが体操、これが五輪です。失敗しないで終わることなどない体操の競技のなかでは、何も起きないように尽くし、起きたことを受け入れるしかありません。互いにミスはあった。大減点はあった。最後に最大の波がきただけで、全部がつながってひとつなのですから、尽くすべきものがあるとすれば、全部のなかにあったのです。もし全部のなかで尽くすことができていなかったなら、そこには少しの後悔が残るのかもしれませんが……。
振り返れば、あの世界体操が中国にとって大きな失着だったかもしれません。確かに杭州で開催するアジア競技大会は勝ちたかろうと思います。そこに注力するという考えはわかります。しかし、メンバーを分散させたことで、あの世界体操で2015年以来となる優勝・世界一を日本に許してしまいました。「内村航平のいない」日本に勝利する経験を与えてしまいました。そして同時に、その大会で「鉄棒で2度落下」という記憶を自国の代表に植え付けてしまいました。そのときはそこまで目立たなかったけれど、深く刻まれた忌まわしき記憶として。日本にとっては「決して諦めない」希望になる記憶として。
やはり日本がずっと1番だけを目指してきたことが、この勝利につながっているのかなと思います。
そこが小さな隙を見せた中国と、諦めなかった日本の命運を分けたポイントだったのかなと。
目指さなければ勝てない、そんな当たり前のことをやり切った体操ニッポンに感服です！
↓諦めなかった人たちだからあり得た、あり得ないような勝利でした！
中国には大変お気の毒さまですが、大本番ほどやらかすものなんですよね！
